ウマの〇と精〇と俺
「よし。 魂の定着はうまくいったみたいだね! よし! よし!」
最初に聞こえた声は、子供が嬉しそうにはしゃぐ声だった。
俺は佐々木 勇 25歳 会社員。
就活に失敗しやりたくもないゼネコンの下請けのサラリーマン、ホワイトカラーを希望したはずが昼夜問わず現場と事務仕事を繰り返すそんな毎日を送っていた。
日々の仕事に忙殺されたある日、空いた時間に取った仮眠中に違和感を感じ起き上がろうとすると酷いめまいに襲われて立てないことに気付いた。
後は一瞬だった。そのまま意識が混濁としその先は覚えていない。
そして気付けば今の状態だ。
瞼が開かない。脳卒中っってことなのだろうか? 身体が上手く動いてくれないのだ。
ここは病院だろうか? それにしても聞こえるのは子供の声だけだ。
いくら何でも、子供がはしゃぎまわる場所が病院とは考えずらい。
しかしどういうことなのだろう? 動けない状況で声だけは聞こえる。
もしかしてここは死後の世界とでもいうのだろうか?
それにしては、聞こえてくる声は思ったよりも神秘的なものではなかった。
俺が身じろぎもしないことに、子供の声は不思議そうな声を上げる。
「うーん? 神経系に不具合でも出たかな? それとも人格定着に対して脳の容量が足りない? やっぱその辺の浮浪者のおっさんから拝借した精〇じゃアニマが足りなかったかなぁ?」
浮浪者? 精〇? いきなりの不穏なワードに俺は思わず声が出る。というか出た。
「え? 何精〇!」
声が出るのと同時に瞼や手足の感覚が鮮明になる。
いままで重たかった身体は嘘のように軽くなったのだった。
しかし開いた目に入る光は異常に眩しかった。
ぼんやりと人影が感じられるくらいだ。そのほかは逆光を見るように真っ白な視界が広がる。
手術台の上かと錯覚したが、自分の身体は膝立ちしている感覚がある。
どうやらライトが眩しいというより、眼の機能がおかしいようだ。
光の調節ができていない。感覚的にそう感じた。
俺が手のひらをぐーぱーと握ったり開いたりする。どうやら手足は動くらしい
そしてまた子供の声がまた聞こえた。
「体のチェックは終わった? 我が愛しの実験体、私が君のマスターだ!」
ドヤッとオノマトペが見えるような、自信にあふれた声だ。
俺はその声に対し、眼が見えないことを口にする。
すると子供の声は「ちょっと待ってね」と口にすると少し離れてがさごそとなにやら部屋をひっくり返しているようだ。
数分待つと、「よっし見つけた!」と嬉しそうにこちらに駆けてくるのを感じた。
目の前に子供が立っているようだ。すると急に頭に金具が取り付けられたのを感じる。
ガチャリ、ガチャリと大きな錠前が取り付けられる音が聞こえた。
俺はその金属質な音に身震いする。
処刑台に立つ罪人の気分だ。もう首は動かすこともできない。
瞼も固定されている。眩しい光が容赦なく眼を焼いた。
がちがちと恐怖で歯を鳴らす俺に子供は猿轡をする。
そして、
「大丈夫。大丈夫。痛くないから」
耳元で俺にそう優し気に呟くのだった。
瞬間、右眼に何かが入れられる感覚。
突然、ぷつりと右目が真っ暗になった。
何かされたらしい。しかし痛みはない。ごりごりといじくりまわされる不快な感覚は、ある。
まるで局所麻酔をされて手術されているような、不思議な感覚だった。
少しすると、少し瞼閉じててと右眼の拘束が外れた。
俺は違和感をごまかすようにすぐに眼を閉じた。
左眼も同様だった。
二回目ともなると慣れたものでもはやされるがままだった。
「ちょっと、身体洗ってくるから大人しくしててねー」
一通り作業が終わったのか無邪気な声が聞こえ俺は戻ってくるまで待つことになったのだった。
子供は戻ってくると、すぐに「もう眼を開けていいよ!」と宣言した。
すると、眩しいという事はなく今度は普通に見ることができた。
だが、おれが別の理由ですぐに眼を閉じることになる。
それは、先ほどから聞こえてくる子供もとい、少女の裸が眼前に広がっていたのだ。
その肢体は全体的に細身で、傷一つのない肌が少し日焼けしていた。髪の量が多く地面に付きそうな、オレンジ色のくせ毛でところどころは隠されているが、それでも裸なのは間違いなかった。
顔立ちは幼いながら、その表情には確かに高い知性を感じ俺の反応を観察しているようにさえ見えた。
俺は一瞬見とれるも子供の裸に対して何とか、理性を取り戻す。
「おおおおおおい! 服を着ろ! 服を! はしたない!」
恥ずかしがって眼を閉じる俺に少女は「疑似生殖機能問題なしっと!」と特に気にした様子もなく何か項目を確認するようにつぶやく。
その言葉に俺はさらに恥ずかしさが増大する。
確かに彼女のいうように俺の股間は激しく主張をしていたのだから。
(はぁ少したまってんのかな?)
何より情けなさが半端なかった。いっそ殺してくれ。
涙が一筋流れてきた。
「からかってごめんね! 意思のあるホムンクルスの作成なんて初めてでさ! つい色々、試したくなっちゃってさ」
と俺が落ち着くのを待って少女は話始めた。
「私は1000年を生きる大魔女にして、錬金術の大家、ストリーだよ! 異世界の来訪者さん!」
彼女はない胸を張り、高らかに自己紹介をしてくれる。
さきほどと同じくドヤァというオノマトペが聞こえてきそうなほど鼻高々だ。
子供が見栄をはってるみたいで正直かわいい。
「あ、これはご丁寧にどうも……。 って異世界? 魔女?」
「あー、状況つかめてないよね? 教えてあげる?」
「はいぜひ」
どうやら経緯は説明してくれるらしい。
おそらく俺は、やはりあのめまいの後死んだのだろうということ、魂がたまたまこの地球とは違う世界に迷い込んだということ、そしてストリーが自分の研究のために俺を捕まえたとのこと……、ただの意思のないホムンクルスではなく意思のあるホムンクルスが作りたかったそうで輪廻の輪から外れた俺はうってつけだったそうだ。
うーん。まぁ新しい生をくれたんだしいいことなのだろう。
「いやーいきなり輪廻の輪に戻ろうとし始めたときは焦ったよ! 天上の楽園に未練があったのかな? まぁ無理やり堕落の呪いで天門の番兵騙して閉じさせたんたからよかったよ」
ん?
「あんまだましても居られないからさ! 私も急ピッチで作業したわけ! 馬の〇を集めてさ、浮浪者のおっさん捕まえて精〇取り出して煮詰めてさ! もうほんと大変だったよ!」
んんんー?
「つまり、俺ほっとけば天国にいって生まれ変わってたってこと?」
俺は事実確認を開始する。
その言葉に少女は「そだよー?」と軽く返す。
こめかみがぴくぴくと動くのを感じる。
あと聞きたくはないが、本当に聞きたくないが念のため確認する。
「おれの身体馬の〇と精〇でできてんの?」
「うんうんそうそう、いやー昔ながらの製法も馬鹿にできないねー? まぁありがたく使ってよ! あ、お代は身体で返してね?」
「ふ・ざ・け・ん・なー!」
俺は怒りが爆発した。
勝手に生き返らせた挙句、馬の〇でできた体に詰められ、しかも金銭まで欲求してくる厚かましさに生前でも類を見ない怒声を発した。
すると、周囲は俺の怒りが具現化したように渦を巻く。
血が頭に登った俺は、周りの被害などとくに気にはしなかった。
食器や高そうな機材が宙を舞い、割れていく。
その光景には少女も慌て始めた。
「いやいやいや、異世界人よおちついて? ねぇ落ち着こう? 器具とか高いんだよ? てかここ借家なんだよ? 魔女っていってもそんな貯蓄ないんだよ? 追い出されたら身内死んでるから、保証人とか大変なんだよ? わかる?」
妙に現実的な説得だったが俺が知ったことじゃない。
「知るかぼけぇ!」
俺は怒りのまま、拳を床に叩きつけた。
その瞬間、魔女の住んでいた家は跡形もなく吹き飛んだ。
俺は怒りを発散したあと結構な時間放心していたようだ。
気付けば焼け野原となった平原の上に立っていた。
すごい力だ。焼け残ったのは梁の一部くらいだ。
あの腐れ外道魔女は、放心しているが身体はぴんぴんしているようだ。
気付けば全身フルプレートの兵隊が数人駆け寄ってくる。
騒ぎを聞きつけたようだ。
俺は逃げようかとも思ったが、一旦はついていくことにする。
一度終わった命だ。処刑されて輪廻に戻るのが正道だろう。すがすがしい気持ちだった。
とりあえず聴取が終わるまで、独房に入ることになった。
しかし、暗い独房で一晩過ごすだけで、俺の予想とは裏腹にお咎めなしという事で釈放された。
釈放の時、「がんばれよ」と看守が書類を渡してきた。
一人で生きていく事にだろうか?
確かに一人はつらいが、あのドぐされと一緒にいるよりはましだろう。
まぁ拾った命だ。なるようになるさ!と少し楽観的に考えてみることにした。
さてそうなるとこの書類が俄然気になる。
俺はとりあえず中身を確認すると、愕然とした。
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請求及び催告書
魔女ストリー及びその使い魔は住居の破損その他の賠償として 即時、金1000万枚の支払いを命じる。
なお、支払いに応じぬ場合は東部開拓地での無期限労働とし、その成果をもって対価を支払い回収することとする。
なおこの文書は国王の裁可により作成しており、正式な文書として扱うこととする。
異議の申し立ては国家反逆罪として取り扱う。
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俺は乾いた笑いで立つ尽くした。
収支報告書
借金 1000万枚
収入 0
合計-1000万枚