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三節 陽暗詩(ひぐらし) : 余章 カゾクの団欒

「ご飯だよ、出夢お兄ちゃん」

 加奈はノックもせずに、部屋の中に入る。

 出夢お兄ちゃんは、椅子に座って彫刻ちょうこくみたいに動かない。

 いつも通りの光景なんだけど、今日は珍しくその目は虚空こくうじゃなくてカタチ・・・あるものをじっと見つめているみたいだった。

 視線を辿ってみると、その先には黒く半透明な小さなケースがあった。

 にわかに、加奈の胸の内にもやもやしたものが湧き上がってきた。

「ちょっと、出夢お兄ちゃん。何度もご飯だって言ったでしょ」

 だけど出夢お兄ちゃんは、ケースから目を離そうとしない。声はちゃんと聞こえているはずなのに。

 あのケースのせいだ。

 ケースがあるせいで、出夢お兄ちゃんは……。

 何かいいもの・・・・はないかなって部屋を見渡してみると、部屋の隅に液体が入ったボトルを見つけた。

 貼られているラベルには『RONRICO』と書かれていた。

 ロンリコ、って読むのかな。

 多分お酒なんだろうけど……。出夢お兄ちゃんって、お酒は飲まないはずなのに。

 変なの……でもまあ、いっか。

 ボトルを手にして、加奈は出夢お兄ちゃんの元へ行った。

「ねえねえ、出夢お兄ちゃん。何を見てるの?」

 出夢お兄ちゃんは決まって返事をしない。

 それでも今日は本当に、声が聞こえていないみたいだった。

 わかるの。まだ一緒にごした時間は全然長くはないけど、加奈達は愛し合ってる・・・・・・から。

 このケースが悪いの。

 ケースに心を奪われているから、出夢お兄ちゃんは加奈のことを見てくれない。

 それなら、こんなもの……、こんなものッ――

 加奈は握りしめたボトルを振り上げて……。

 ブンッ――ガシャァアアアアアンッ!!

 砕け散る、ボトルとケース。あたりには中の液体が飛び散って、消毒薬みたいな鼻がツーンってする臭いが立ち込める。

 その瞬間、いつもは無表情な出夢お兄ちゃんがはっと弾かれたように加奈の方を見てくれた。

 でも違う。今の出夢お兄ちゃんの目は、加奈を見てくれてない。

 この目が向けられた先は――

「まち……こ? 真知子なのか――」

「違うよッ!」

 出夢お兄ちゃんの鼻先にピッと指を突きつけて、加奈は笑った・・・

「キキッ、キキキキキキ、キキキキキッ……!」

 出夢お兄ちゃんは、加奈の笑い声が好きなの。

 加奈が笑うとね、ほら、こんな風に、出夢お兄ちゃんは加奈のことを見てくれるようになるの。

「……………………」

「出夢お兄ちゃん、ご飯できたよ。加奈・・が頑張って作ったの。だから一緒に食べよ。ね?」

「……………………」

「ほらっ、ちゃんとうなずいて」

 加奈がお願いすると、いつもみたいに出夢お兄ちゃんはうなずいてくれる。

 うんうん、よかった。ちゃんと元の・・出夢お兄ちゃんに戻った。

 加奈が手を取ると、出夢お兄ちゃんはゆっくりと立ち上がる。

 ヴァージンロードって、こんな風に歩くのかな――そんなことを考えながら、加奈達はダイニングへと向かった。

「You、You、You……夢を見ていたのよ。寝ぼけた顔をしてるわよ、顔を洗っていらっしゃい」

 お気に入りの歌を歌うと、出夢お兄ちゃんは洗面所の方へ行こうとしちゃう。

「もうどこに行くの。これからご飯なのに……あっ、お手て洗うつもりなの? えらいね、出夢お兄ちゃん」

 出夢お兄ちゃんのやりたいことがわかって、後をついていく。

 ご飯の前は、きちんと手を洗う。これって、人として当然のことだもんね。ちゃんとやらないと。うっかりしてたなぁ。


   ●


 テーブルの上には、こんがりがったがお皿の上に載って並んでいる。

「最近、昆虫食って流行はやってるんだって」

 出夢お兄ちゃんの分をよそってあげながら、加奈は話しかける。

「今日は蝉づくしだよ。いっぱい食べてね」

 そう言いながら渡すと、出夢お兄ちゃんはワンちゃんみたいに、直接蝉にかじりついた。

「もう、そんなにお腹が減ってたの? でもダメだよ、日本人なんだからちゃんとお箸を使って食べないと」

 注意すると、出夢お兄ちゃんは素直にお皿を置いてから箸を持ってくれた。

 うんうん、お箸の使い方は下手だけど、ちゃんと人として普通に食べてくれてる。

 それを真似して、加奈も蝉を箸をつまむ。

 加奈の方が、箸の使い方は上手い。頑張って動画を視て練習した成果かな。

 サクッところもくだいて、蝉を食べる。

 蝉の触感がして、蝉の臭いがして、蝉の味がする。

 美味しいかどうかは、わからない。

 でも嬉しい。

 こうして出夢お兄ちゃんと一緒に、蝉を食べれていることが。

「ねえ、どうかな出夢お兄ちゃん。美味しい?」

 ザクッ、ザクッ、ザクッ……。

 出夢お兄ちゃんは箸を止めることがない。

 食事の邪魔をしちゃダメだよね。

 それに、言葉にしなくても出夢お兄ちゃんの言いたいことはちゃんとわかるよ。

「蝉の触感がして、蝉の臭いがして、蝉の味がする? すっごい、加奈も同じことを思ってたんだぁ」

 いいな、家族の団欒って。

 ねえ、加奈。加奈達って、どんな風に見える?

 ……お兄ちゃんと、妹?

 確かに呼び方はそうだけど、実は違うの。

 ほら、よく見て。左手の、薬指。

 出夢お兄ちゃんの指には、紅いハートの指輪。加奈の指にはピンクの桜の指輪。

 これね、エンゲージリングなの。

 エンゲージって、わかる? 日本語で、結婚っていうんだよ。

 つまりね、加奈は出夢お兄ちゃんのお嫁さんなの。

 結婚式はまだげてないけど、それでもいいかなって思うの。

 だってこの世界には加奈と出夢お兄ちゃん以外に、誰もいないから。

「このままずーっと、加奈と一緒に暮らそうね。出夢お兄ちゃん」

 ザクッ、ザクッ、ザクッ……。

 蝉が砕ける気持ちいい音が聞こえる。

 加奈も新しい蝉を箸でつまんで、口に運んだ。

 ザクザクッ……うん、すっごく美味しい。

 加奈って料理の天才だな? キキキキキッ、とっても嬉しいよ――出夢お兄ちゃん。


   〈了〉

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