まにあってます。
人生ままならないものである。
これが幾度目かの人生なのか数えたことはないが、ド田舎どころか辺境の農村に生まれた鍛冶屋の三男坊というのはなかなかな難易度だと思う。家を継げるとは最初から双方考えていなかったので狩人の真似事をして害獣駆除をしつつ村に食料や山野草を提供していたが、消費しきれない皮革や角などの素材は懇意の行商隊を通じて売り払っていた。少しずつではあるが伝手と現金を得て行けば、いずれ村を出ていく事になったとしても働き口に困らないと考えて。
狩人としての腕前は人並み以上あるとのお墨付きを得ていたし、行商隊や父の師匠筋を経て少しずつ伝手を増やしてもいた。兄二人とは価値観が合わないことも多少あったが、肉や果物を定期的に確保できる弟をわざわざ敵に廻す旨味はないと理解してくれたのも無駄な労力が省けて助かった。
その辺の人生設計、見通しが甘かったと痛感したのは村を出て冒険者になったロドリゴさん達が戻ってくる話を聞いた時。
「これが『田舎の村付きハンターくらい俺様ちゃん達なら超ヨユーっすよ、なにせ王都でゴールドランクだったんだから』とかそういう人だったら問答無用で森の奥に置き去りにしたんですけどね」
「ははは、は――冗談、だよね?」
「身重の未亡人とかうちの村では特殊性癖過ぎて需要が無いそうです」
引継ぎ業務の一環として害獣駆除についてきたロドリゴさんは、悔しいほどに好人物だった。
元々食い扶持を減らすために自主的に村を出て行った家族思いの彼は、冒険者になってからも収入の半分以上を村の家族へと送金していた。その中には流行病の特効薬も含まれており、我が家の家族もその薬によって救われた。彼は大成できなかった三流冒険者と自嘲しているが、我が村に限って言えばロドリゴという名は英雄のそれである。
己もまたロドリゴという村出身の冒険者に対して幻想じみた期待を抱いていたし、複数の(!)恋人が全員妊娠したので村に帰ってくるという話を聞いた時には村付き狩人の交代を率先して申し出たくらいだ。
ちなみにヒトだけでなくドワーフやエルフに小人族から複数名の獣人に正体不明の女性型クリーチャーまで嫁にして孕ませたロドリゴさんは、村の男衆から既に「勇者」の称号が贈られている。女性陣は侮蔑の視線が半分くらいロドリゴさんと男衆に注がれたそうだけど。
「彼女達とは駆け出しの頃から苦楽を共にした、本当に大切な仲間だったんだ」
「ほうほう」
「彼女達は仕事の打ち上げではいつも『結婚を真剣に考えている相手がいる』って惚気話をしてて、みんな素敵な女性だからそういう恋人がいるのは当然だなって思っていたんだ。正直嫉妬もしてたけど、俺はいつも駄目だしされてたしチームの御荷物かよくて弟分扱いなんだろうなって」
「ふむふむ」
元々が地元民であるロドリゴさんへの説明は難しくない。
幼少時との違いを確認し郊外の森奥に関する注意点を実例と共に見せた頃、ロドリゴさんはふと視線の定まらない表情で話し始めた。
「悔しかったけど仲間の幸せを祝福するのがいい男だと思ってさ。結婚式に呼ばれるのは難しくとも御祝儀くらい包むのがチームメイトとしての仁義だから頑張って貯蓄してたら『相手が結婚の準備を本格的に始めた』って嬉しそうに言うようになって」
「なるほど」
「聞けば彼女達全員結婚まで秒読み段階で、こりゃチーム自然消滅不可避だなって考えたら王都で冒険者続けるのもしんどくてさ。村長に打診したらゴンザレス君一人では負担が大きいから戻ってくるのは歓迎だよって返事が来たんだ」
あー。
最初は一人で戻ってくる予定だったと。
「酒場のウェイトレスやってた馴染みの娘に事情話してさ、一緒に田舎暮らししないかって冗談半分で口説いたら割と好反応で――故郷で畑を耕しながら宿屋でも始めようとか、開業資金半分出すよってマリリンちゃんも言ってくれて」
あのー。
連れてきた恋人さんの中にマリリンという名前はいませんでしたよね。って聞いちゃいない。
「そんな感じで一足先に冒険者稼業から足を洗うよって仲間に報告したら送別会だーって酒盛り始まって。どういう訳かそこから一週間くらい記憶がぶっ飛んでて、気付いた時には仲間が仲間じゃなくなってて周囲にも相思相愛の恋人という扱いで故郷に凱旋することになっていたんだ」
断面がまだ新しい切株に腰を下ろしたロドリゴさんは両手で顔を覆い声を震わせている。ちなみにその切株、晩春と早秋の時期においしいキノコが生える。焼いても煮ても美味だが日持ちしにくいので特別な収納魔法を使えないと村の外に持ち出すことも、他の季節に食べることもできない難儀な代物でもある。なお己の収納魔法空間にはざっと十年分の季節の様々なキノコがストックされている。
「冒険者ならではの馴れ初めだったんですね」
「違うよ! そんなの冒険者やっててもここまでひどい話とか聞いたことないし体験する身になるとも思ってなかったよ! あいつら全員しっかり交際相手がいたはずなのに口を揃えて『異性として意識してもらうために金で雇った当て馬の役者だった』とか言い出して!」
「さすが都会はそんな職業があるんですね」
「ないよそんな職業! 彼女達の交際相手には子爵家の令息で騎士団期待のルーキーとか、知識神殿の神殿長の甥で枢機卿候補とかもいたのに! 従者を介して牽制されたことも一度や二度じゃなかったんだよ!」
「では不本意な婚姻だと?」
「俺みたいな半端者には過ぎた娘達なんだよう。俺は、あいつらが幸せになるためには、俺みたいなのが近くにいちゃダメだって。そう思ったから冒険者の生き方もやめようと思ったんだ。身の程を知るっていうか、分かってしまったというかね。それが――」
そこから先の愚痴というか泣き言は出てこなかった。
毒々しい青い液体を塗った吹き矢の針がロドリゴさんの首筋に刺さっており、一瞬にして意識を喪失した彼は鼻提灯を膨らませつつ幸せそうに座ったまま眠っている。ペロっ。これは舐めちゃいけないタイプの睡眠薬。ぺぺっ。
刺さった吹き矢の角度から方向に見当つけて振り返れば、素朴な田舎村には似つかわしいとは口が裂けても言えない、豪華絢爛な意匠の防具や装飾具を身に着けた様々な美女たち。ロドリゴさんと適度に距離をとりつつ会釈をすれば、彼女達は警戒しつつも目礼で返してくれる。
『ロドリゴ、疲れてる』『わからせが足りなかったな』『今日もいっぱい、よしよししましょう』『嗚呼この方はどうして自己評価が低いのでしょう』『マスターに自信をつけさせましょう』『ロドリゴ様は適度に追い詰めてからのブチ切れベッドヤクザが最強なのですわ』『それな』
距離を保ったので唇の動きを読むしかないが、そんなことを口にしながら美女達――つまりロドリゴさんの冒険者仲間にして自称嫁さんたちはロドリゴさんを丁寧に担ぎ上げると音も立てずに去っていった。
……
……
「よし、村を出ていこう」
思い立ったが吉日とまでは言わないが、引継ぎの事もあって先延ばししていた計画を実行する時が来たようだ。既に主だった物資は収納魔法空間にあるので身一つで充分である。
意気揚々と、というよりもホラー映画や名探偵物で真っ先に殺される犠牲者に果てしないほどの共感を抱きつつ。己は生まれ育った故郷の村から逃げ出すことにした。
▽▽▽
斯様な事情を経て村を出た自分は王都に流れ着き、運よく小さな工房を借りることが出来た。
村を出ていく際にロドリゴさんの嫁さん達から餞別として頂戴したお小遣いは工房借り上げの頭金に化け、収集していた希少素材をある程度手元に残せたのは不幸中の幸いというべきか。村で世話になった行商人や父の師匠筋にあたるドワーフの親方の伝手もあり、商業ギルドで簡単な筆記と実技の披露で工房開設の許可が下りたのも幸運といえば幸運か。
人生何があるのか分からない。
幾度人生を繰り返しても、本当に分からない。
当初は冒険者の真似事をしつつ工房開業資金を貯めようと思っていたのだが、色々と前倒しになってしまった。精密な人生設計が成り立つほど安定した社会や家柄など生まれてこの方持ち合わせた記憶はない。
うん。
「あのさ、ゴンザレス君。俺、怒ってないから。結婚祝いに贈ってくれた剣と槍、仕事ですっごい助かってたし。切れ味も凄いし頑丈だから羆相手にも立ち向かえるなーって。
凄いよね、あの剣。
ドラゴンも真っ二つだったんだけど」
なんだか立派な服を着たロドリゴさんが工房にやってきた。
立派というかゴージャスというか、庶民が着用したら処罰対象になるようなやつ。胸に勲章とかついてるし。後ろの方に控えているのはいかにもセバスチャンとか名乗りそうな執事とメイドさん。
ほう。
たまたま冒険者時代に縁のあった御転婆王女様がバカンスと称して遊びに来て?
たまたま王女様を狙った悪い魔法使いが三体のドラゴンを召喚して?
王女様や嫁さん達が逃げる時間を稼ぐべく決死の覚悟で剣を掲げたら、何処からか神秘的で勇壮な音楽が流れ始めると共に刀身が輝いて?
「縦一文字切り・袈裟切り・横一文字の雄たけびと共に繰り出した三連撃が、それぞれ凶悪なドラゴンを真っ二つにしたと。いやあ文字通りの英雄的偉業ですねえ、しかも王族の目撃者付きで」
「ゴンザレス君あの剣なんなの! ドラゴン真っ二つにして刃こぼれしないし! 証拠品でもあるし王女様に献上したらすっごい装飾つけられてドラゴンスレイヤーとして国宝認定されたんだけど!」
「はっはっはっ。それで代わりの武器が必要になったんですね? なるほど、竜討伐の実績に王女様の救出と宝剣献上のダメ押しで貴族になったと」
「い、いやあ。剣の力に頼った功績だから直ぐにメッキがはがれて平民落ちさ」
「なるほど貴族の世界も厳しいものですね」
「まったくさ! あーあー残念だなあ! あの剣に匹敵する武器があれば俺も貴族として活躍出来て王女様の降嫁を断らずに済むのになー、残念だー」
「え、ありますけど」
「なんでだよおおおお!」
何故か泣き崩れるロドリゴさんだが、此方としてはお祝いを贈らない理由もない訳で。
普段はホーロー鍋や鍛造鍋を売っている当工房だが、稀に武器を作ることもある。そしてロドリゴさんに贈りドラゴンを屠った片手剣【宙明】には対となる剣がある。やや細めの造りのため田舎の狩人が持つには華奢かと思い死蔵していたが、貴族としておそらくは騎士団などにも参加するであろう立場ならば問題はあるまい。
銘は【俊輔】。
此方も自慢の一振りである。
「なんであるんだよ! あんな凄い剣二つとないから自分は雑魚雑魚ザァ~コ♡ですと断って貴族籍も返上して田舎の狩人に戻ろうと思ったのに! ついでに嫁さんが愛想尽かしてくれるかもしれなかったのに!」
「がんばっ」
「いやだあああああ」
なんだかんだ言って剣を帯びに差すロドリゴさん、言葉とは裏腹に身体は実に正直である。
そんなロドリゴさんであるが、後日王宮を襲った悪の秘密結社の刺客たちを次々と成敗したことで益々その名を高めたそうな。故郷の英雄は国の英雄に上り詰めたので、これで居酒屋でねーちゃん口説く時の話題が増えたということで自分的にも万々歳。
え、似たような剣が欲しい? 作れ?
無理です、ホーロー鍋の注文予約だけで十年待ちなんで。
【登場人物紹介】
・ゴンザレス
この話の主人公。幾度か転生を繰り返しており、現代日本やファンタジー世界やSF世界などでも暮らした記憶と経験と技術がある。ホーロー鍋を造ったり鍛造中華鍋を造ったり磁器を造ったりして、技術の出所を故郷の父に押し付けた。
・父
主人公の父親。ドワーフの下で修業したがコネが無いので故郷で野鍛冶をしていた。腕はいいが活躍する場所がなかった。生活するために鍛えた包丁は、行商人が訪ねてくる程度には人気。主人公の素質を見抜いていたが自分が教えられることは何もないと理解もしていた。
・兄
主人公の兄。長男と次男。積極的ではないがゴンザレスが家に居づらくするよう誘導していた節がある。田舎なので。狩人になった主人公が肉を廻してくれるようになったので多少は態度は軟化したが、主人公が狩った獲物の希少素材などを勝手に横流しして私腹を肥やしたりもしていた。ロドリゴが村に戻り主人公が王都に行ってから色々と苦労する事になる。
・ロドリゴ
農家の小倅だったが弟妹が口減らしにならないよう早い頃から村を出て冒険者になった。善良かつ誠実っそして突込み気質のため、実力はあるが性格に難のある冒険者の教育係兼ストッパーとして重宝された。本人は超人共を見てて三流冒険者と自嘲しているがあくまで自己評価に過ぎない。
呼吸するように異性とのフラグを立てしかも無自覚であるため、親愛の情を抱いていたパーティーメンバー(全員女性)がそろそろ結婚を意識していると知って冒険者引退を決意。軽く王都はパニックになった。冒険者ギルド商業ギルド騎士団に宮廷が相談と談合の結果として酒の席で「わからせ」られてしまった。
適当な理由で貴族として取り立てられる予定だったが、様々な要因が重なった結果、竜殺しの英雄として凱旋。また王宮に忍び寄る秘密結社の陰謀も見事に暴いて解決するなど、順調に後戻りできなくなるような功績を重ね、最終的には辺境伯として故郷の村を含めた広大な領地を治めることになる。本人の意思とは無関係に。
・【宙明】【俊輔】
主人公がロドリゴに贈った二振りの片手剣。然るべき者が大いなる勇気をもって強大な敵に立ち向かうとき、世界の祝福と共に処刑BGMがガンギマリ状態となって絶対的な勝利を確定する。これは世界の意思であり、武器素材の強度や攻撃力の優劣など一切の意味を持たない。なお同時期に贈られた槍は【公平】とも【マサヨシ】とも呼ばれているが前述の二振りほどのトンチキな伝説はなく、傷つき迷える人々の前で掲げられたその穂先は光り輝き勇者たちを鼓舞していったと言われている。
・ロドリゴの嫁(自称)
何かある度に増えていく。
過去の善行が明らかになる度に増えていく。
敵も改心の余地があれば嫁になる。性別とか嫁になってから不思議なことが起こるので誰も気にしない。
主人公が駄々をこねて田舎に留まった場合には彼も嫁になる可能性があった。
・マリリン
今度は真面目に生きて真面目に結婚出来たらいいなと頑張っていた。
ある意味でロドリゴが結婚する引き金になった恩(?)人でもあるが、その後彼女を見た者はいない。多分別の大陸に行った。