8. 砂かけ婆(ばばあ)
その時、いきなり、部屋のドアが開き小柄な老人がズカズカ入ってきた。
白髪というか、ほとんどハゲあがっている。
「よおっ」と手を上げて挨拶すると、ソファの後ろを通過して、デスクに腰かけた。
「よっこいしょ」
椅子の背にもたれて、こっちを見た。
「お若いの、よく来たね」
「はァ」と俺は会釈した。
ここでは誰に対しても、あまり気を使わなくて良さそうだ。
堅苦しいのは、窮屈だからちょうどいい。
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そこへ高齢の女性がお茶を運んできてくれた。
マスクをかけているので、顔はよくわからないが、白髪で和服姿だった。
しわの目立つ手で、俺の前に高価そうな陶器の茶碗を置いてくれる。
備前焼のような落ち着いた風合いを感じる。
「どうも」
と俺が会釈したとき、お茶のいい香りが漂った。
「遠かっただろ?」
高齢の女性は、俺の顔をまじまじと覗き込んだ。そして、とても満足したような笑顔で去りかけて、振り返った。
「懐かしいのぉ。しかし、よう似とるわ。面影がある」
女性が部屋を出ていくのを目で追いながら、源三に聞いた。
「奥さんですか?」
「えっ、」
源三は、目を丸くした。
「違うよ。知らんかね?」
「ええ」と頷くと、源三は、あっさりと言った。
「あれは、砂かけ婆じゃよ」
「‼」 体を電流が突き抜けたような衝撃だった。
どう表現したらいいのか、言葉がみつからない。
まるで金縛りにあったように、しばらく俺は動けなかった。
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これまでは妖怪についての知識なんて全くなかった。
俺の中では、天狗や河童、鬼などとは別物だった。
繰り返すけど、水木しげるさんの創作だとばかり思っていた。
それが昔、伝承として語り継がれていたと知って驚いたものだ。
《砂かけ婆》
これも諸説あるらしい。
奈良県・滋賀県・兵庫県などで語られていた。
人が神社や森を歩いていると、
砂をかけて脅かすとされる。
夜、鳥居をくぐると、上から砂をかけられる、など。
類似のものに『砂ふらし』『砂まき狸』などがある。
どこか可愛らしい『どっきり』好きの、イタズラばあちゃんじゃないか、と調べたときに笑ったものだ。
ただ何の前触れもなく、いきなり彼女が目の前に現れたのだ。
びっくりするのも無理はないだろう。