7. 妖怪屋敷
俺は、縁石に座ってスマホをいじっていた。
しばらく待っていると、黒塗りの高級車がスーッと前で停車した。
助手席からサングラスの若い男が降りてきた。
「頼光涼介さん、ですか?」
俺が頷くと、男は、どうぞと言って後部座席のドアをあけた。
運転席の男もサングラスをかけていた。
まるで要人のSP、いや、『逃亡中』って番組のハンターみたいな感じで、背広は着ていないけど、二人ともまったく愛嬌がない。
悠久草庵なんて、古めかしい名前のわりに、迎えに来た車や怪しげな奴らがなんだか不調和だ。少なからず違和感を覚える。
——まあいいや、行ってやろうじゃないか。
車は小高い丘のほうに向かっていた。
三十分ほど走っただろうか。右側の大きな門に、スピードを落とした車が吸い込まれていく。庭には鬱蒼と草木が生い茂っていた。
蝉がせわしなく鳴いている。
池のそばで、少年が犬と遊んでいる。柴犬のようだった。
玄関で車が停まると、その少年が駆け寄ってきてドアをあけた。
「らいこう、でしょ。待ってたよ」
——なんだ、こいつ。慣れ慣れしいんだよ。おまけに、呼び捨てじゃねェか。
荷物を持ってくれるというので、大きいリュックは俺が持ち、パソコンバッグをまかせた。
「落とすなよ」
少年は白い歯を見せて頷いた。
「お前、あれだろ、風太だろ?」
「そうだよ」 少年が頷いた。
足元でじゃれつく柴犬に、サスケ、ハウスとか言っている。
俺は風太に、あのサングラスたちが何者か尋ねた。
「ここの妖怪屋敷で内緒の仕事をしてるんだ」
さらに風太は小声で、国家機密なんだよ、と付け加えた。
国家機密? 仰々しい言葉だが、それより、風太が言った『妖怪屋敷』のほうが、衝撃的だった。
突然、黒い影がさっと目の前を横切った。
俺はのけぞって、倒れそうになった。
見ると大きなカラスが木の枝に止まった。
「でっかいカラスだなあ」
「『やたがらす』のヤッター、って言うんだ」
玄関に向うとする風太の後ろに続きながら、俺は何度が八咫烏を振り返った。
ここに来る前、妖怪などについて、いろいろ調べていたんだ。
にわか仕込みだったけど、予備知識を仕込んでおくことで、少しでも心を落ち着かせたかった。
八咫烏については、簡単な記憶しかないが。
日本神話に登場する。偉い人の道案内をした。三本足との説もある。
枝に止まったカラスの足を数えてやろうと思ったが、よく見えなかった。
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古風な邸宅を思わせる佇まい。『悠久草庵』と揮毫の、銘木らしき一枚板の看板。屋内に入っていくと、確かに古いが、どこか安らぎを感じる木造の重厚感があった。
廊下で写真の女性に会った。伊賀野茜である。
「いらっしゃい」
ショートカットに笑顔がよく似合う。写真より、遥かに若く見えた。
風太に招き入れられた部屋は、二十坪ほどの大きな窓があるフローリングの部屋だった。
荷物を床に下ろして、並んでソファに腰かけた。
「さっきの、お前の姉ちゃん?」
「そうだよ。あか姉。高校生」
「ふーん。それでお前は、小学生?」
「うん、三年生」
風太は、ひょいと立ち上がり、「おじいちゃん、呼んでくるね」と言って、部屋を出ていった。
——おじいちゃんって、まさか、子泣き爺じゃないだろうな……。
ひとり残されると、壁の絵画が、自然と目に入る。
四点の絵画。一点は、大きなカエルの絵。残りの三点は、背景の薄気味悪い藪に溶け込むように、おぼろな輪郭の人影描かれていた。
そういえば、玄関の上がり框にも、大きなカエルの置物が置いてあったな。
悠久草庵の児雷也源三の【児雷也】とは、自来也とも表記される妖術使いで、大きなカエルに乗ったり、変身したりするという伝説があった。