4. 子泣き爺(じじい) 救出依頼
翌日の昼過ぎ、俺は意を決して、スマホを手に取った。
悠久草庵の案内状が気になったからだ。ほったらかしにしておこうかな、とも思ったが、また真夜中に頬を撫でられてはたまらない。それに何らかの手違いだから、早目に伝えてあげたほうが良いだろう。
まず悠久草庵に電話をしたが、留守番電話になったので、伊賀野茜の携帯電話にかけ直した。
俺が名乗ると、若い女性が弾んだような声で応答した。
茜『こっちには、いつ頃来られます?』
俺「いや、そうじゃなくって、人違いじゃないかと——」
茜『いえ、頼光涼介さん、あなたなんです!』
フルネームで断言されて、俺は呆気にとられた。
俺「……あのね、まったく、心当たりがないんだけれど」
茜『詳しい話は、こちらに来られてから、ご説明します』
納得できないので食い下がったが、茜はこの一点張りで、取り付く島もない。
茜『お手当も、はずむそうですよ』
お手当って、交通費も宿泊費もいらない上に、お金までくれるというのか。
いかにも怪しい。
何らかの犯罪に巻き込まれるのではないだろうか。
少し間があいて、子供の声が聞こえてきた。
『お姉ちゃんが、また後で電話するって』
写真の少年かもしれない。俺は、了解と言って電話を切った。
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伊賀野茜から電話がかかってくるのを、部屋で待つことにした。
パンをかじりながら、机の上の目をやると、封筒に入っていた写真があった。
その写真を取ろうとして床に落とした。ひらりと舞って裏返しになった。
名前が書いてあった。 (伊賀野茜) (児雷也源三) (伊賀野風太)
途中で代わった少年の声は、この風太だろう。
小学生くらいの子供が、写真の中で笑っている。ショートヘアの茜と少し顔が似ているような気がする。苗字も同じだから、姉弟かもしれない。
茜との会話を思い出す。
最後のほうで、手当をはずむって言われた。しかし、いくら喉から手が出るほど困窮していても、ここで嬉しそうな声をだしてはいけない。
これは鉄則だ。早くアルバイトを探さなきゃいけない身ではあるけれど、武士は食わねど高楊枝だ。
いや、そんなことはどうでもいい。些細なことだ。
釣り針の餌に惑わされてはいけない。
現地へ行かないと詳細を説明しない、ということ自体、胡散臭いのだ。
ある程度の内容を聞かされないと、この話は断ることに決めた。
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しばらくすると、伊賀野茜から電話がかかってきた。
茜『先ほどは失礼しました』
意外にさばさばとした口調だった。あの写真の児雷也源三という人と相談してきたのだろうか。小柄で白髪、いや、ほとんどハゲ上がった高齢のおじさんだ。
茜『お願いしたいのは、実は、子泣き爺さんたちを助けてほしいんです』
俺「⁈ ……子泣き爺って、あの《ゲゲゲの鬼太郎》の?」
茜『ちょっと違うけど、だいたいそんな感じです』
——まいったね。
俺はバレないように、ため息をついた。
茜『あとは来られてから——あっ』 途中で、風太の声に代わった。
風太『ぜったい来いよ』 電話が切れた。