18. 徒手空拳 ~ グッバイ ヒドラ
これから先、魑魅魍魎の森林を徒歩で抜けなければならない。
うかうかしている余裕はない。
源さん、茜、風太、そして俺の順で、パノラマの丘を目指した。
アタッシュケースは茜の背中に、括り付けてあった。
行く手を邪魔する奴は、俺が相手になる覚悟だ。
風太の背には布を貼り合わせた大きなリュック。これを茜と作っていたのだろう。
中には、ロボットの頭部が入っている。もちろん、ヒドラと共に。
重そうなので、代ろうかと何度か声をかけたが、風太は首を横に振った。
ヒドラにはプテラノドンを追い払ってくれた恩義がある。
パノラマの丘までは、三キロメートルほどの距離だった。
気力を振り絞って、足場の悪いジャングルを突き進む。
ザワッザワッと草むらで音がした。大きなムカデが出てきた。
その時、風太のリュックが光った。
近づいて来た大ムカデは、慌てて向きを変えて去っていった。
その後も何度か、草むらが揺れる音を聞いた。
そのたびに俺の前で風太のリュックが光る。何物も寄せ付けない威圧感があった。
前のふたりも、そのことに気づき始めたようだったが、ただ先を急ぐことだけに、俺たちは集中した。
❖
やっとのことで、俺たちはパノラマの丘を上り始めた。
源さんは、左腕に重症を負っている。また、高齢でもあった。
アタッシュケースを背負った茜は、頭を強打していて、バンダナが血で染まっていた。
風太は、重いロボットの頭を背中に担いでいた。まだ小学三年生なのだ。
もうみんな疲労困憊で歩いていた。
突然、スーッと降り立った二つの影があった。
ロボットだった。ヒドラといっしょにいたあの二体だ。
俺はあわてて、ロボットたちに立ち塞がった。
ここまで来て、お前らに邪魔させるわけにはいかない。
その時、茜の大きな声がした。
「風太、返しなさい!」
背中のヒドラをロボットたちに渡すようにと、厳しい口調だった。
姉に叱られた風太は、ロボットたちを睨みつけて怒鳴った。
「もうちょっとだから、待っててよ!!!!」
一瞥を送って、すぐに歩き始める。
みんな呆気に取られて見ていた。風太がひとり先頭を行く。
その時、風太の背中が眩しく光った。二度、三度、四度と。
全員、半信半疑で風太の後に続いた。
二体のロボットは、シンガリの俺の後ろを付いてきた。
カシャカシャと金属音がするが、襲ってくる気配はない。
ようやく、俺たちは妖怪円のそばに辿り着いた。
風太が背中からヒドラの入ったロボットの頭部を降ろした。
サンキューと、ヒドラに礼を言って、迎えのロボットに渡した。
立ち去ろうとしないロボットたちに、源さんは頭を下げた。
「お陰で、ぎりぎり間に合った。ただ、見送られるのは、苦手なんじゃよ」
源さんが照れ笑いをした。
理解したのかどうか、頭部が数回点滅し、ロボットたちは飛び立った。
「気を付けて、って言ってたね」
風太は笑っていた。
(ほんとかよ?)
「ヘリコプターの中でも、自分を殺さないのかって聞くんだよ」
「ほぉ。それで、何て言ったんだい?」
俺が尋ねると、風太はこう言った。
「当たり前じゃない、友達だもん、って」




