3. 謎の案内状
「⁉」 まただ。また誰かに見られている。
若尾美恵子と別れて帰路につきながら、どこかから視線を感じた。
振り返ったが、怪しげな者はいなかった。
背後は危険だ。さっきの駅みたいに、背後からやられたら堪らない。
だから駅のホームなどでは、なるべく後ろに立つようにしていた。
実はここ最近、誰かに後をつけられているような気配を感じていた。
通学の途中やコンビニから出たとき、信号待ちをしているとき、そのほか、いろんな場面でふと誰かの視線を感じていた。実際に不審な人影を見かけたことはないんだけれど。
そして今日、駅の階段で突き落とされた。
考え過ぎかもしれないけれど、なんか狙われているような気がする。
もちろん、若尾美恵子は無関係だ。
彼女が駆け付けてくれたとき、あの位置からでは俺を後ろから押すことなんて、できっこないんだから。
誰かに尾行や監視される覚えもなければ、ましてや、狙われたりする心当たりなど、まったくない。
人とハデにもめた事もなかった。
まあ、知らないうちに人の恨みを買っていれば別だし、稀にそんな事件はあるけれど……。
❖
安アパートに到着。
集合ポストを覗くと封筒が一通入っていた。
宛名は『頼光 涼介』様
差出人は『伊賀野茜』
確かに自分宛だが、差出人に心当たりがない。
「誰だろう?」
差出人の住所は鳥取県境港市となっているが、縁もゆかりもない地名だ。
部屋に入って、テーブルでコーヒーを飲みながら封筒を開く。
¬文面は次のようなものだった。
◆◇◆◇◆
案内状
日頃より 格別のおひきたてを賜り厚く御礼申し上げます
さて このたび 当地にて【悠久草庵】を開業する運びとなりました
ひとえに皆様方のご支援によるものと心より感謝申し上げます
つきましては これまでのご厚情にお応えしたく
開業の前に小宴を催したいと存じます
ご多用のところ誠に恐れ入りますが
何卒ご出席いただきますようお願い申し上げます
悠久草庵
代表 並びに スタッフ一同
◆◇◆◇◆
別紙には、水木しげる記念館から電話をかけてもらうと、迎えにいきます、と記されており、さらに、交通費・宿泊費は当方が負担するので、日程等の打ち合わせのため、下記の電話番号かメールアドレスにご連絡お願いします、とのことである。
そして、もうひとつの連絡先として、差出人の伊賀野茜の携帯電話番号とアドレスがあった。
——なんだ、これ?
まったく、心当たりがない。
わかっているのは、俺宛の封書だということと、【悠久草庵】の関係者に伊賀野茜という人がいるということだけだ。
ふと封筒の中を覗いてみると、写真が一枚入っていた。椅子に座った老人と右に若い女性、左に少年が写っていた。どの顔にも見覚えはなかった。
だいたい、俺の父親に送るのならともかく、ここのアパートの住所で俺の名前宛に送られてきている。不可解なことだった。
❖
暑く寝苦しい夜だった。
壊れかけの扇風機がカタカタ音を立てて、首を振っている。
まどろみの中、ふわりと顔に降りかかるものがあった。
「わっ——!」
俺は振り払うように、飛び起きた。
蜘蛛か蛾か、あるいはゴキブリか、何かが頬を這ったのだ。
寝ぼけまなこがタオルケットの上で見つけたモノは、驚くことに、例の案内状だった。
机の上からここまで、扇風機の風で飛んで来るわけがない。
就寝中とはいえ俺の感触が確かならば、この案内状は二度、三度と俺の頬を撫でたのだ。
薄気味の悪さに、ゾッとした。
俺は照明を点けて、ぼんやりとその案内状を眺めていた。
身体は冷汗でびっしょり濡れていた。