8. レーダーアゲイン ~ ほぼ無理
その日の就寝場所も、木立の狭い間に散らばって停車した。
手頃な広場が見つからなかったのだ。
センサーライトの感度やレンズの点検に回るため、俺は車から出た。
複数のセンサーが標的を定めると、白夜とはいえ強烈な連続フラッシュライトを浴びせるのだ。直視すると、恐竜もすぐに視力は戻らない。
ゼウスとベガをさっさと済ませて、後はアルタイルだけだ。
ボタッ。
肩を叩かれた。
源さんが出てきたと思った。
だが重みがあった。手で触れた。フニャリとした感触だ。
慌てて、振り払う。
地面に落ちたのは、俺の腕くらい大きさのイモ虫だった。
『ひぇっ————』
身体が硬直した。
『らいこう、どうしたの?』
風太の声がした。
俺の悲鳴をピンマイクが拾っていたのだ。
『いや、べ、別に』
ここでは冷静を装う必要がある。風太に弱みを見せるのは禁物だ。
翌朝、スタート前、俺はボンネットを見つめていた。
アルタイルのボンネットの上に、イモ虫がいるのだ。
昨日のイモ虫かどうか分からないが、じっと見てみると、案外可愛らしい顔をしている。
そのままイモ虫を乗せたまま、森を進んでいく。
詳しく調べてみれば、この森にもいろんな生き物がいるんだろうな。
妖怪じゃなくて、妖精なんかもいるのかな。
車の操作に気を取られていたら、いつのまにか、イモ虫がいなくなっていた。
源さんからの無線で、小休止を取ることになった。
訳の分からない生物がいるから、なるべく車から出ないほうがいい。
多少のストレスはあったが、やむを得ない。
エコノミークラス症候群予防のため、水分の補給やベッドで横になるのは大切だ。
俺は仮眠しすぎて、よく叱られるが。
❖
『あっ! 映った!』 茜が叫んだ。
俺はベッドから飛び起きた。
寝ていたわけじゃないから動きは速い。
運転席に行くと、ディスプレイの妖気レーダーがアマビエを捉えていた。
正確にはアマビエとは限らないが、その仲間たちに違いない。
『確認できたよ。今、消えたけどね。——さすが、あか姉』
姉思いの風太は内心ホッとしたのだろう。この姉弟には強い絆を感じる。
『茜。こっちで間違いなかったな』
源さんも褒めた。
俺はアマビエの消えたディスプレイを眺めていた。
これは、身体に染み付いた癖になっていた。
九尾の狐の現在地を、確認しておかなければならない。
これまでは、ほとんど北方面にいたが、それが今、西に移動している。
少し、胸騒ぎがする。
❖
打ち合わせをすることになり、車を結合させてゼウスに集合した。
みんな、茜とグータッチをする。茜も照れて応じていた。
茜は自責の念から解放されて、安堵の表情だった。
「うむ……。ここから約五キロメートル先、海の近くじゃな。穴でも掘って、隠れているのかもしれん。もうレーダーからは消えたが、記録は残っているからな」
源さんが説明した。
ここで、俺は疑問をぶつけた。聞かなければならないことだった。
「二十七日に戻るのは無理だよね」
単純に、ここまで来た日数の倍以上はかかるということだ。それに俺たちには、まだ遂行すべき重要な任務を果たしていない。カプセルに妖怪たちを収納して、連れ帰ることだ。
「成り行き次第じゃな」
これから先何が起こるのか、源さんにも読み切れないのだ。
「遅れちゃ、ダメなの?」
風太が聞いた。茜が横で、自分の代弁者のような弟を見守っている。
「前後しても帰れるよ。だが、危険じゃ。まともな身体で帰れないかもしれん」
源さんは真剣な顔で返答した。
「約一か月後なら安全じゃが、今度はそれまでバッテリーがもたんよ」
アマビエの請け売りか知らないが、今は源さんの言うことを信じるしかなかった。
二十七日帰還は、まるで神の啓示のように深く心に刻まれた。
でも、それは不可能だ。
それから、森を抜けるまでが大変だった。
巨木が何本も倒れていて行く手を塞いだ。
『チェーンソー! 丸ノコ! 斧!』
風太がゼウスに命じた。
左右の電動ノコが角度を変えて、器用に丸太を切っていく。
グラスホッパーの前足とハンドアームが、伐採された木を処理する。
『慌てるな』『落ち着け』『冷静に』
これらの言葉を源さんは、ことあるごとに繰り返すようになった。
まるで自分に言い聞かせるように。
なんだか俺にも、決戦が近づいているような予感があった。
九尾の狐が南に進路を取っていた。
❖
二日がかりで、俺たちは森を抜けて、岩場に出て来た。
遠く海が望める。
『やっと、到着したな』
岩場の手前の砂地で三台は停車した。
ディスプレイが示していたのは、まさにこの辺りだ。