7. 予定は未定 ~ 大蛇
『さあ、行くぞ』
また一列になって、グラスホッパー隊が森を行く。
特に代わり映えのしない森の中、同じ道をぐるぐる回っているような錯覚に陥る。
並ぶほどのスペースが無く、三台バラバラで就寝する回数も増えていた。
一人で宇宙食をとっている時、いきなりフロントガラスに、バンッと衝突音がした。身体がビクンと反応するのが悔しい。
よくあることなのに、未だに慣れない。
始めは鳥かと思ったが、蝶か蛾だ。生き物が巨大化していた。
鱗粉がフロントガラスに付着している。
白夜だから目視できるが、これが暗い夜なら、心臓が止まるかもしれない。
茜や風太たちだって、蝶や蛾、いやもっと多くの生物を見たことだろう。
でも、度胸があるのか、騒ぎ立てたりしたことがない。
自信はないが、なるべく見習おう。
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次の日。というか、今が何日目か分からなくなる時がある。
朝も夜も同じ明るさだから、体内時計が乱れてしまう。
まあ、得体の知れない生き物と、暗い夜に会わないだけでもまだマシか。
暗い夜は、それ自体が恐怖なのだ。
白夜があるなら、極夜の時期もあるのか、と源さんに聞いて叱られた。
『わしに分かる訳がないじゃろ!』
出発前に茜が弱気な発言をする。
レーダーでアマビエたちを確認したのは自分だけなので、不安になって来た、というのだ。
『あっはっはっは』
源さんが豪快に笑った。
『そんなこと、心配しとるのか。仮に見間違いだったとしたら、やりなおせばいいだけのことじゃ。それに、子泣き爺たちも九尾の狐に恨まれているから、容易に外を出歩けんのじゃ』
あれ以降、アマビエたちが出現すれば、レコーダーが起動し、お知らせブザーが
鳴るように設定してあるが、未だに、反応はなかった。
源さんが言うように、どこかに身を隠しているから、滅多に妖気レーダーに映らないのだろう。
しかし、正直なところ、俺もかなり不安だったのだ。
茜を責めるつもりなど毛頭ないが、折り返しの日数はすでに過ぎている。
予定は未定、二十七日に戻ることは不可能だ。
でも源さんの豪放磊落な人柄に、みんな救われている。
小柄でハゲてはいるけれど、安心感というか、男気があるのだ。
自信はないが、なるべく見習おう。
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『出発進行!』
みんなを元気づけるように、風太の声が響く。
彼なりに姉の気持ちを汲んでいたのだろう。
大木をうまくかわして進める状況が続いたが、起伏が厳しくなってきた。
グリスホッパーは大変なのだが、乗り手だって、船酔いみたいな気分だ。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
車内に警報が鳴る。
異変を察知してのことだが、恐竜が出現する気配がないのだ。
『よく分からんが、用心しよう』
源さんも半信半疑だ。一端、各車とも停止したが、ゆっくりスタートする。
俺の前のベガが、グラリと大きく傾くのが見えた。草むらに車体が消えた。
ベガが自動緊急警報を発する。
ゼウスが方向転換した。俺も急いで駆けつける。
鱗状の表皮、冷酷そうな目、鋭い牙、先が割れた長い舌。
シャッー、シャッー。
ゼウスとアルタイルが、噛みつこうとする威嚇を受けた。
ベガに巻き付いていたのは、褐色の体に黒い斑点が並ぶ、大蛇だった。
いまさら、シールドは間に合わない。
ベガが光った。
しかし感電したはずの大蛇に、特に変化はない。
(鈍感か!)
ギ、ギッギッ。胴に力を込めて、ベガを締め上げていく。
『カマキリ! カマキリのカマ!』
アルタイルから、キラリと光るカマキリのカマが出現した。
ところが、俺より先にゼウスが行動を起こした。
大蛇の頭に、掴みかかったのだ。
グラスホッパーでガチッと抱え込んでいる。
『スタンガン!!』
風太の声が無線に乗る。
バチバチバチ、バチバチバチ。激しい電気スパークの光と音。
大蛇がビクッと反応した。
『百万ボルト!!!!』
バチバチバチ、バチバチバチ、バチバチバチ。バチバチバチ、バチバチバチ。
風太は無我夢中だ。
容赦なく一気にスタンガンの電圧を百万ボルトにまで上げた。
ゼウスは他の二車より、バッテリー容量が大きい。
放っておけば風太は、大蛇が黒焦げになるまで続けそうだ。
すでに大蛇はかなり弱っていた。
俺がカマキリのカマで大蛇の胴を引っかけて、ベガから離そうとすると、大蛇の巻き付きがほどけだした。
ザザー、ザザー。大蛇が草むらを擦りながら藪の中に消えていく。
ベガが起き上がった。
『茜、大丈夫か?』
源さんが心配そうに声をかける。
『はい』
茜のベガが数歩、歩いてみた。
歩行の様子から、グリスホッパーに異常なさそうだ。
俺たちは、すぐにこの場を立ち去ることにした。