6. キノコ ~ 湖の恐竜
大人の背ぐらいあるカラフルなキノコが、まばゆい光を発していた。
草も短いし、開けた土地だった。
ゼウスが停止する。
『今日はここで休もうか』
源さんに、車を接続するように言われ、ゼウスを挟んでベガとアルタイルが左右に並ぶ。各車が磁力でガシャンとドッキングし、俺たちは合流した。
ゼウス内の会議室。
「車が引っ付いたら、大きなロボットになるといいのにね」
風太が空想を膨らます。
「それは良いアイデアじゃ。今度はそんなのにしよう」
孫に甘い、じいさんのようだ。
——今度なんか、あるかよ。
俺と風太で恐竜の話になった。
「似てるけど、ちょっと違うんだなあ」
今まで見たプテラノドンやティラノサウルスが、図鑑で見た絵と少し違うと風太が指摘する。尾がどうのとか、前足がどうのとか。
よくそんなに観察するヒマがあったもんだ。
結局、面倒くさいので、図鑑の名で呼ぶことにした。
❖
次の日、起きてみるとどの車も雪が積もったように白くなっていた。
「なんだ、これ?」
ワイパーが動かない。エアーでも飛ばせないし、ウォッシャー液でも落としきれなかった。
風太がドローンを飛ばした。
各車とも全面に、ホコリが被っているようである。ワイパーが動かないのは、
ホコリが堆積して重いからか、粘着質のためか、判断がつきかねた。
風太がドローンの画像を見て言った。
「ひょっとしたら、これって、あれじゃない?」
「何よ」 茜は風太の姉だが、保護者のような風格だ。
「あのピカピカ光ってた、キノコの胞子」
にわか学者の意見だったが、誰もそういう発想自体、思い浮かばない。
とりあえず、フロントガラスと窓ガラスだけを、ノズルで高圧洗浄した。
その間、風太がゼウスの前足を使って、せっせと何か作業をしていた。
誰も気にしない。彼は自由人だ。
❖
フロントガラスも綺麗になったし、気を取り直して出発だ。
相変わらず周りは密林だが、行く手を遮る木は少なくなっている。
ゼウスがそういうルートを選んでいるのかもしれないが。
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ。
力強くグラスホッパーが草むらを蹴っていく。
何度目かの休憩の後、右手に湖が見えた。
三台が湖畔に並んで停車した。
『この水でキノコの胞子を洗い流そう』
まずゼウスが湖に入っていく。
水面から見えなくなった直後、小刻みな波紋が広がった。
超音波での微振動により、車体を綺麗にしているのだ。
続いて、ベガが交代した。
水面から出て来た時には、風太の言う胞子は、すっかり洗い流されていた。
最後は俺のアルタイルの番だ。
微振動は車内でほとんど感じなかった。
防水や潜水機能は完備されているが、長い時間潜るのは酸欠になるので具合が悪い。
湖の水は、上から見るより遥かに透き通っていた。
❖
洗車を終了して、岸に上がろうと動き始めた時だった。
けたたましい警報音が響いた。
特に異常はない。誤報ではないかと疑った。
アルタイルが水面から半分以上出た時、車が大きく揺れた。
『逃げろ!』 源さんが叫ぶ。
窓に恐竜の牙が見えた。
恐竜の大きな口に噛みつかれていた。
『感電! 感電!』
ベガの真似をしようとしたが、アルタイルの反応がない。
『放電よ!』 茜の声が飛んできた。
ダメだ! 俺はパニックになっていた。
車がさらに大きく揺れた。湖に引きずり込まれそうだった。
沈みかけた時、湖畔からゼウスが走ってくるのが見えた。
前足で、収納ボックスから何かを取り出しては、せっせと恐竜の口に投げ込んでいる
あッ! アルタイルが湖面に沈んだ。
水中に潜るスピードがぐんぐん加速する。
源さんや風太、茜の声がスピーカーからしきりに聞こえる。
口々に叫ぶので、意味不明だ。
あれっ? 突然アルタイルが水中で停止した。そして徐々に浮き始めた。
潜水モードでないので浮いて良いのだが、恐竜に引きずり込まれていたはずだ。
そういえば、恐竜の牙が見当たらない。
プカリと水面に浮かび上がった。岸のベガやゼウスが目視できる。
ゼウスからワイヤーロープを付けたドローンが飛び立った。
アルタイルにセッティングされ、徐々に湖畔に引き寄せられた。
風太の心配をよそに、俺の車のグラスホッパーは緊急収納されて無事だった。
湖畔に戻って来たのはいいけど、疲労困憊だった。
『無線を切っておったのか!』 源さんにひどく叱られた。
切ってないよ。切ってないけど、頭がおかしくなっていたんだ。
少し落ち着いてから、俺は風太に聞いてみた。
『恐竜の口に、ポンポン放り込んでた物って何?』
『キノコの胞子で作った胞子だんご』
そういえば、前足で何か作ってたな。
『毒か眠り薬のような気がしたから』
——栄養剤だったら、どうすんだよ。