2. 女子大生
喫茶店内。
女性は背中のリュックを横において、席に着いた。
「あ、これ買って返しますね」
腕を抑えるために、新たに貸してくれていたハンカチだった。
「いいんですよ。それより、本当に大丈夫ですか?」
「ええ」
数日たてば、治るだろう。
「R大学の学生さんなんですね」
ふいにそう言われて、俺は戸惑った。
——なんで、知ってんの?
ああ、あれか。
階段で散乱した荷物の中に、大学名の分かる物があったのだろう。
確かに今年からR大学の経済学部に通っている。
第一志望じゃなかったが、今年落ちたらヤバいので、滑り止めだった。
もともと理科系の大学だったが、数年前から経済学部が併設された。
地方育ちの若者が、都会の空気を吸いにやってきただけのことで、父親だって、受かったんなら行けばいいよ、と承諾してくれたものだ。
「ええ、一年生なんです」
「私もなんですよ」
うれしそうに、ICカードを取り出した。学生証である。
学籍番号で、入学年度が分かる。
——工学部 電子工学科 若尾美恵子
「あ、ホントだね」
とは言ったものの、まさか学生証を出すとは思わなかった。
仕方なく俺もICカードを出した。これが平等ってもんだろう。
「頼光涼介……さん」
俺の経済学部の学生証を、まじまじと見ている。
少し意外だったのは、何のためらいもなく、《らいこう りょうすけ》と読んだことだった。
「二浪してるんだけどね」
なんでも見透かすような大きな瞳を前にして、俺は聞かれもしないことを口走っていた。
「じゃあ、お兄ちゃんなんですね」
屈託のない笑顔に、少し癒されたような気がする。
三十分ほどして俺たちは、喫茶店をでた。
少しは痛みも引いていた。
「それじゃ」
去ろうとする際、若尾美恵子の顔が一瞬こわばった。
「実は私、事情があって休学届を出したんです」
——休学届?
少し驚いた。理由は何だろう?
でも会ったばかりで、こっちからあれこれ聞くのは、はばかられる。
彼女は多くを語らず、
「また会えるといいですね」
と微笑んだ。
くるりと背を向けた若尾美恵子の長い髪が、さらりと揺れた。
でもこの日以降、この町で、俺たちが出会うことはなかった。