14. 出発 間近
「八月十二日、決行じゃからな」 源さんが言った。
あと、一週間もなかった。
「満月の日に、メノウに入って、新月の八月二十七日に帰ってくる予定じゃ」
「絶対、戻れるの?」
俺はノートを閉じて尋ねた。
「もし戻れなければ、休学届を出すようにと、お前たちの親には伝えてある」
源さんは立ち上がって、ズボンのお尻をはたいている。
親まで丸め込んで、段取りを組んでいるようだ。ご丁寧なことで。
源さんが去ったあと、俺はぼんやりと考えた。
茜や風太の心情を思うと、察するに余りある。
そして、源さんが時々ため息交じりに、ふっと寂し気な顔をするのは、俺たちを巻き込むことへの罪の意識ではあるまいか。
このままだと契約書とか承諾書なんか、交わすこともなさそうだな。
でも、もういいや。乗りかかった船だ。
俺は缶コーヒーを飲み干した。
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いよいよ出発を明日に控え、俺たちは事務所で会合していた。
源さんは忙しそうだった。
庭に高級車が十台以上は止まっていた。
様子を覗いてきた風太が、偉い人がいっぱいいたよ、と言っていた。
しばらくして、やっと源さんが戻ってきた。
適当にあしらって帰らせたそうだ。
源さんは神妙な面持ちで席に着いた。
「いよいよ、明日、出発することになった」
そして、机に両手をついて、
「お前たちには、申し訳ない」
と深々と頭を下げた。
「それより」
俺が話題を変える。しんみりした話は、性に合わない。
「あのキャンピングカー、バス、トイレ付だけど、飲み水は足りるの? 宇宙飛行船なんかじゃ、小便を浄化して……その」
「いや、タンクの分で大丈夫じゃろう。宇宙食も困らんくらい積んであるし、ろ過装置や滅菌剤も完備している。ただ長引けば、バッテリーがちょっとな」
源さんの顔が一瞬、曇った。
バッテリーの容量を源さんは気にしている。
電気自動車でバッテリーが切れれば、ただの金属の塊だ。
この不安は、残念なことに、的中してしまうのだが……。
「サスケたちも連れて行く?」
いつのまにか、風太の横に柴犬のサスケがいた。
さっと、飛んできたのは、八咫烏のヤッターである。
「いや、置いていく」
源さんは即答した。
サスケは寂しそうに、鼻を鳴らした。
風太はサスケの頭を撫でた。続いて、体を撫でた。
そして、抱きついた。力強く抱きしめた。
もう会えないかもしれない。
風太はそんな予感がしていた。