13. ゼロエミッション CV
離れを出て、裏側に回ると、重量シャッターがあった。
広い駐車場に車は、三台しかなかった。
二台はフルサイズバン、あとの一台はマイクロバスほどの大きさだった。
中で作業していた男たちが振り向いた。
「ご苦労さん」 源さんが片手を上げると、作業員たちは一斉に頭を下げた。
少し話して、作業員が去っていく。一段落ついたとのことだった。
「この車で我々は、メノウの中に入る」
つかつかと、源さんが車に歩み寄りながら説明する。
「この大きいのが、ゼウス号、わしと風太が乗る。このピンク色が、ベガ号、茜の車じゃ。そしてこれが、アルタイル号、らいこうが乗る車じゃ」
——恐れ入ったね! これであの勾玉、じゃないメノウに入るのかい。
「わしは目が悪いから、風太に運転してもらう」
一番大きな車だ。
俺はまだ免許は持っていないが、風太なんて義務教育の小学生じゃないか。
当然、茜だって無免許だ。そのことを源さんに聞いてみた。
「メノウの中では免許はいらん。それに、運転手の判断をコンピューターが制御してくれる。ただ、最低限のことは覚えてもらわんといかんがな」
わりと、デカいなあ、と印象を言うと、キャンピングカーみたいなものだが、人類の英知を結集した車だと、源さんが解説する。
「高いの?」 風太が価格に興味を持った。
「ベガとアルタイルは、それぞれ百億円、ゼウスは、二百億円」
孫のような風太の驚く顔を、源さんが楽しそうに見ている。
「最高二千億円のステルス戦闘機があるらしいが、ある意味あれより高性能じゃ」
「さあ、みんな、自分の車に乗り込んでみなさい」
源さんに言われて、それぞれの車に向かう。
俺はアルタイルに近づいた。
運転席側に立つと、何もしなくても、スライドドアが自動で開いた。
席に着くとやはり、ドアが勝手に閉まる。
驚くべきは、計器類の多さである。さらに、スイッチやレバーなど、まるで飛行機のコックピットを思わせる操縦室、いや運転席に圧倒される。
「まいったな、こりゃ」
助手席には、六法全書のような取り扱い説明書が積んである。
(バカじゃないの?)
車から降りようとすると、自動的にドアが開いた。俺が出ようとするのを、車が理解している。
車から離れて、振り向いた。そして、呼んでみた。
「アルタイル!」
ヘッドライトが数回点滅した。
反応している。愛着が湧くというか、自分の従順な相棒のようだった。あとで聞いたところ、俺たちはどの車にも登録されていて、自由に乗り込めるそうである。
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それからが、大変だった。いくら車の性能が良いといっても、ある程度、機器を理解して、最低限の操作手順を覚えなければならない。
マニュアルは、フロントガラスのスクリーンに表示され、音声が流れる。
いまいましいのは、何度もしくじると、音声の語気が強まることだ。
相棒が自分のことを、叱責しているように感じるのは、気のせいではないはずだ。
茜や風太は、休憩も取らず、懸命に取り組んでいる。
俺は、木陰で缶コーヒーを飲んでいた。息抜きも必要だ。
それでも、要点をメモしたノートを手放さず、ちらちら見ていた。
「勉強しとるのか」 源さんが横に座った。
(ほかに、どう見える?)
「前から聞きたかったんだけど、お金とか、どうしてるわけ?」
俺は気になっていた。
おそらく、莫大な費用がかかっている。個人で賄いきれるのだろうか。
「それはじゃな」
源さんが語る。
人間と妖怪とは、その存在にバランスがある。そのバランスが壊れると、この世に災いが降り注ぎ、暗黒の時代がやって来る。つまり、子泣き爺たちは、メノウの外、こっちの世界に連れ戻さないといけない。
逆に九尾の狐などの凶悪な妖怪は、封印せねばならないのだという。
「根拠を示して脅せば、組織は動くんじゃよ」
源さんは、朗らかに笑った。
どう根拠を示したのか興味が湧いたが、煙に巻かれるに決まっているので聞かなかった。
捉えどころがなく、どこまでが真実なのか、さっぱり分からない。
しかし、最も多忙な時期には、コンピューター室や車の製造、メンテナンスにかなりな人数が携わっていて、外人もいたと風太に聞いたことがある。