10. 源さんの話 (殺生石)
源さんの話が続いている。
妖怪の世界に大激震が走る事態が発生した。
人間界でも気味悪がって、次のような取上げ方をしたのだが。
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それは、今年の三月五日ごろ起きた。
栃木県那須町、那須岳の標高八百五十メートル付近の斜面にある殺生石が真っ二つに割れたのだ。この石には、平安時代に妖狐が退治されて石になったとの言い伝えがある。長さ八メートルほどのしめ縄が巻き付けられていた。
この石は、那須湯本温泉付近に存在する溶岩である。石の名の由来は、昔の人々が生き物を殺す石だと信じたからである。
有毒な火山ガスが噴出しており、ガスの噴出量が多いときには立ち入りが規制された。石は毒を発して、人々や生物の命を奪い続けたため殺生石と呼ばれるようになった。
鳥羽上皇が寵愛したという伝説の女性、玉藻前が九尾の狐の化身(妖狐)で、陰陽師に見破られて武士らに追い詰められ、退治されると毒石に姿を変えた。
しかし、殺生石はいつまでも近づく生き物の命を奪い続けるため、玄翁和尚によって叩き割られ、その破片が全国に飛散した。
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「玄翁和尚が石を打ち砕いたことから、大きな金槌のことを『げんのう』と呼ぶのだが、妖怪たちが言うのには、玄翁和尚の活躍によって大人しなくなったが、まだ九尾の狐は那須の殺生石の中に居たらしい」
「へえー、その石が割れたんだね」
風太が目を丸くして尋ねた。
「そういうことじゃ。六百数十年経って、真っ二つにな」
「しかし『げんのう』の語源ってことは、よっぽど衝撃的な出来事だったんだな」
俺も興味を持った。
「おい、喰い付くのは、そこじゃない!」
源さんが難しそうな顔をして、俺のピント外れを指摘すると、茜と風太がうれしそうに笑った。
「問題は、九尾の狐が石から出てきたことじゃ」
源さんが眉間にしわを寄せ、言葉をつなぐ。
「那須の殺生石が真っ二つに割れたことで、封印が解かれ、九尾の狐が現世に蘇ったのじゃ。妖怪たちは、大騒ぎになった」
「強いの?」
風太が尋ねた。
「そうさ、なんせ、九尾の狐といえば、日本三大悪妖怪のひとつと言われておるから、太刀打ちできん」
源さんによると、あとの二大悪妖怪は神社などで祀られているらしい。
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「しかしその九尾の狐は、今頃、どこにいるんだろーな」
俺は砂かけ婆のお茶をゴクリと飲んだ。すっかり冷めていた。
「隣におるよ」 源さんがさらりと言った。
「えっ!——————————!」
「こっちじゃ」
源さんがデスク横のドアに向かったので、俺たちは、恐る恐る後に続いた。
隣の部屋とつながっている扉だった。
部屋の中央に木の台があった。はじめは、猫でも座っているのかと思ったが、近づくと、赤い毛氈の上にあったのは、丸みを帯びた石のようだった。表面がなめらかで、天然石のような異様な光沢があった。
この中に、九尾の狐が幽閉されているらしい。
「まるで、大きな勾玉だな」
俺には、そんなふうに見えた。
「ここに、閉じ込めたの?」
風太たちも、これを見るのは初めてなのだ。
源さんの説明によると、妖怪たちが満身創痍で九尾の狐を捕まえて、この『メノウ』の中に引きずり込んだとのことだ。源さんは、勾玉のことをメノウと呼んでいた。
「入ったんなら、出て来れるんじゃないの?」
俺の素朴な疑問だった。
「ああ、戻れる予定じゃった。しかし、恐竜のような生物に襲われて、妖怪たちは三々五々に散らばった。なぜか奴らには、妖怪の姿が見えていたんじゃな」
妖怪は消えたり現れたりできるのだが、メノウの中では、消えることができなかったらしい。