ガードメイド学科 守屋蒼唯
「おーい」
「すう……」
「おーい、お嬢さん」
毛布の上から身体をゆすっても、起きる気配はない。
案内された部屋に入ったら、見知らぬ女の子がベッドにいました。これって事案ですか?
もしかして寝ぼけていただけなんじゃないか。そう甘い期待を抱いて、毛布を軽く捲る。
当然ながら、そこには少女の顔があった。頭まで被るタイプなのか、外からは確認できない。
人形のように美しい少女だった。透き通る白い肌は幻想的で、幼い顔立ちも一種の芸術のようだ。色素の薄いアッシュグレーのボブカットが、彼女の頬をくすぐる。
「いやいや、寝ている女の子に見惚れるとかやばいぞ、俺」
しかも、明らかに幼い子に、だ。見たところ小学生くらい。
俺は既に十八歳。つまり、完全な犯罪である。
「何してるんですか?」
「い゛っ」
その時、後ろから声がした。
振り向くと、自称スーパーメイドの珠季だ。
慌てて毛布を元に戻し、ベッドに腰かける。
「えっ、いや、何もしてないぞ? 本当に」
まだ何もしてない。ただちょっと、顔を覗き見ていただけだ。
……やましいことないのに、なんでこんなに慌てなきゃいけないんだ。
「ん~? 怪しいですね。布団に何か……」
「ない。何もない」
両腕を広げて、ベッドを隠す。じんわりと額に冷や汗が滲む。
短期間とはいえ、俺は珠季のご主人様として過ごすことになったんだ。そんなタイミングで、さっそく部屋に女の子を連れ込んでいたら?
以降、珠季と信頼関係を築くことは不可能だろう。この眠り姫がどこから来たのかは不明だが、こっそり処理するしかあるまい。
「すう……んっ、んー」
そんな俺の考えを打ち砕くように、背後から声がした。
「うるさい」
不機嫌そうな声がして、むくりと毛布が盛り上がった。
終わった……。新しい職場はたった一日で終わりみたいです。明日から幼女を連れ込む変質者にジョブチェンジ。
いつでも逃げられるように、そろそろとすり足で出口へスライドする。
「た、珠季。あのな? 信じてくれないかもしれないけど、俺が来た時には……」
「なんだ、蒼唯ですか」
「え?」
予想とは裏腹に、珠季はあっさりと納得した。ベッドに歩み寄ると、毛布を一気に引っぺがす。
「蒼唯。ダメですよ。ここはご主人様の部屋なので、自分の部屋で寝てください」
「世の中のベッドは全てわたしのもの」
「違います」
蒼唯と呼ばれた少女は、毛布のなくなったベッドの上で丸くなった。猫みたいだ。
てっきり変態の誹りを受けるかと思っていたので、普通に会話していることにほっとする。
おずおずとベッド際まで戻り、珠季に尋ねる。
「珠季、この子は?」
「この子は守屋蒼唯。幼く見えるけど、私と同じ二年生ですよ。ほら、さっき言っていた残りの班員の一人です」
「嘘だろ……」
毛布が剥がされ、全身が見えるようになってもなお、子どもにしか見えない。年齢を高めに見積もっても中学生がいいところだ。
服装は珠季と同じメイド服。しかし白いエプロンはついていないので、普通の黒ワンピース姿だ。スカートがめくれ上がり、太ももがさらけ出されている。
珠季は両手を腰に付けて、蒼唯に詰め寄った。蒼唯は寝転がったまま、目線だけ動かす。
「蒼唯、今朝話したでしょ? この人が私たちのご主人様ですよ」
「ご主人様……?」
「そうです。崎島怜介様。この人に逆らうと、なんと、蒼唯は野宿しないといけなくなります。怒らせたら大変です」
「の、野宿……!? ハンモックは……?」
「ないです」
「それはたいへん……」
目を見開いた蒼唯が、わなわなと震える。最初に心配するのがハンモックの有無って……。
しかし、こうして見ると二人は姉妹みたいだ。珠季は先ほどまでのポンコツっぷりは何だったのかと思うくらい、しっかりしたお姉ちゃんっぷりである。
「ご主人様」
「怜介でいいぞ、蒼唯」
「れーすけのために、温めておいた」
「秀吉かよ」
「なんとメイドの香り付き」
蒼唯が寝ころんだまま、俺の顔を上目遣いで見る。無表情で淡々とした声音だ。
咄嗟にずいぶんと大きく出たな……。
でもなるほど、たしかに女の子の甘い香りが……。すんすんと鼻を鳴らしていると、珠季が胡乱な目をした。まずい、本当に変質者になってしまう。
「こ、こほん。まあ今日は寒いからな。温めるのも大切な仕事だ」
「そう。主人を寒さから守るのも護衛の務め」
「護衛?」
あまり表情は動かないけど、どや顔していることはわかった。
しかし、メイドなのに護衛とはいったい。蒼唯は再び寝息を立て始めたので、珠季に視線を向ける。
「蒼唯はガードメイド学科です。側に控えながら護衛するのが仕事ですね」
「そんな学科もあるのか……。男のボディガードじゃダメなのか?」
「護衛対象が女性だと、女性の護衛が求められることもあるんですよ。それに、メイドだとどこについていっても不自然じゃないですから。意外と需要あるんですよ?」
たしかに、黒服のSPは威圧感あるからなぁ。その威圧感がプラスに働く場面も往々にしてあるが、どうしても“警戒している感”が拭えない。
その点、見た目がただのメイドなら空気を壊さずに済む。
問題は、この小さな少女が戦えるようには見えないところだ。
「わたしはベッドに仕えるメイド」
大丈夫かなこの子……。