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ベッドの中に……

 割れた食器を片付け、珠季とともに階段を上がる。


「一階は共用部で、二階はメイド用の部屋があります。三階はまるまる怜介様のお部屋ですよ。他にもいくつか施設がありますが、その辺は追々」

「ワンフロア全部自室なのか。無駄だな」

「とは言っても、三階は一回り小さいので」


 高校時代は家賃三万五千円のワンルームに住んでいたから、その差は歴然だ。まあ、実家の屋敷や別荘はもっと大きいけど。


 広くても持て余すだけだ。三階だと外に出るだけでも遠いし、荷物を運ぶのだって一苦労だ。

 その点、ワンルームだと生活に必要な全ての物が、十歩以内の場所に揃っている。あの便利さには感動した。


「毎日三階まで上がるのも大変だな。鍛えておいてよかったぜ」

「荷物は運んでありますので! お食事の準備ができたら呼びに来ますね」

「あれ? スルー?」


 世の中の男たち、筋トレ自慢はほどほどにするんだぞ。俺みたいに心に傷を負うことになるから。


 怒涛の展開でずっと気を張っていたから、ようやく一息つけるな。おんぼろアパートが既に懐かしい。

 無駄に意匠の凝った黒い扉を開けると、中は洋室だった。モノクロ調のシックな内装で、嫌いじゃない。


「広いな……十畳くらいありそう。もっとかも」


 私室にしては広すぎる空間に、感嘆の声が漏れる。


 カーテンや家具、寝具に至るまで内装と調和している。

 いつの間に郵送したのか、俺のワンルームにあったはずの所持品が運び込まれていた。


「ったく、手際の良い事で」


 プライバシーはどこに消えたんだ。


 荷物の確認をしたいところだが、正直疲れた。

 数日前の卒業式が終わり、三月中はバイトをして過ごそうと思っていたのに、気づいたら謎の学校にいる。自分で言っていてよくわからない。


「少し横になるか……」


 部屋の端にあるキングサイズのベッドに目を向ける。

 で、でかい……。ワンルームで唯一不満があるとすれば、あまり大きなベッドが置けないことだ。俺の場合、スペースが足りないので敷布団で我慢していた。布団だけだと硬くて身体が痛いんだよな。


 対して、このベッド。どう見ても高そうな毛布に、柔らかそうなマットレス。今すぐ飛び込みたい……。


 ごくり、と喉を鳴らす。


「ま、まあすぎに出ていくつもりとはいえ、今は俺の部屋なわけだし? 別にベッドが大きいからって懐柔されるわけないし? そう、これはあくまで、旅行先のベッドを堪能するようなもので……」


 などと、ぶつぶつ言い訳をしながらベッドに近づく。

 毛布を少し持ち上げ、腰かける。足を差し入れると、春の太陽みたいな温もりが俺の足先を包み込んだ。


「ふっ……俺を倒すとは、なかなかやるな……」


 最後の抵抗とばかりにカッコつけて、そのまま肩まで滑り込んだ。


 最高級の肌触りだ。マットレスも身体の形に合わせて適度な弾力を持ったまま沈み込む。下からも上からも、俺の全身を余すことなく覆う。


「幸せ……」


 しかも、キングサイズだから横幅が驚くほど広い。寝返りで二回転くらいできそう。

 俺は身体をねじり、寝返りを打とうとして……何かにぶつかった。


「ん?」

「むう?」


 目を開けると、目の前に女の子の顔が。

 あまりの柔らかさに、俺はいつの間にか眠っていたのだろうか。そう思い、何度か瞬きをすると、女の子も同じように瞬いた。


「わたしのベッドに、だれかいる……」


 あどけない顔付きの少女が、小さくそう呟いた。

 そして――。


「えいっ」

「ぐほあっ」


 彼女に手を掴まれたかと思うと、次の瞬間にはベッドからはじき出されていた。

 ベッド脇に背中から落下する。え、今なにされた?

 不思議と痛みはない。でも、全身を包む温もりが一瞬にして消えた。


「守り切った」

「……あれ、ここ俺の部屋なんだよね?」


 冷たいフローリングに寝転がりながら、疑問を口にする。

 返って来たのは、少女の安らかな寝息だけだった。


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