ある勇者とヘルメットにまつわる思い出
私の実家から車で20分そこそこのところに成田空港がある。
大学時代に遠方の友人を実家に連れてきたときには、飛行機の爆音(と豚の鳴き声w)に、とても驚かれたものである。
先日久しぶりに実家に向かうため、近所を通ったのだが、時々飛行機の爆音がする以外は、ごく普通の田舎になっていた。ずいぶん様変わりしたものだ。
私の少年時代はそこかしこに看板やら監視塔やらが建ち並んでいたり、ごく普通に見える民家の門に機動隊員らしき人が立っていたりと、大変物々しい雰囲気だった。
『過激派が空港内にロケット弾を打ち込んだ』なんていうニュースもよくあったし、機動隊と過激派を含む反対派の衝突は毎年のように起こっていた。
これは、そんな時代の思い出である。
ある日、私は友人と遠方に出かけることになった。普段は駅までは自転車かバスを使うのだが、この日は友人の父親の都合が良く、京成成田空港駅(現在の東成田駅)まで車で送ってもらえることになっていた。
空港周りの主要なルートは限られているので、時間帯によっては混雑することもあるのだが、流石にそこは地元民。友人の父は一般にはあまり知られていない抜け道をたくさん知っていて、それに助けられたことが何度もあった。
その日も我々を乗せた車は主要道を避けて裏道を走り、順調に空港に向かっていた。
ところが、駅まであと数キロとなったところで、運悪く目の前で機動隊と白ヘルメットをかぶった反対派集団との衝突が始まってしまった。
もうこれでこの道はしばらく通れない。引き返して大回りしたら電車の時間は間に合いそうもない。それを悟って落胆する私たちを見て何か思うことがあったのか、友人の父は車を転回させて路肩に止めると、「ちょっと待ってろ!」と言って車を出た。
そして、私たちが止める間もなく、警官隊と過激派のもみ合いの中に突入していった。
しばらくして帰ってきた彼は、車を急発進させると、「お土産だ!」と某過激派名が入った白いヘルメットを後部座席の私たちに投げてよこした。
唖然として口を広げた私たちを見て、彼は「何だ!?足りなかったか?」と言って戻ろうとしたため、今度は必死になってそれを止めた。
そんなこんなで、結局電車には間に合わず、その日に予定していたことはできなかったのだが、それ以上のすごい思い出ができたので、全く不満はなかった。
そして、戦利品となったそのヘルメットは友人宅の納屋に安置され、遊びに行くたびに話題にしては笑い合ったものである。
その後、その友人とは別の高校に進学し、連絡も途絶えてしまったが、今でもあのヘルメットはあるのだろうか。そして、友人の父にヘルメットを奪われてしまった名も知らぬ過激派のメンバーは無事に機動隊から逃れられたのだろうか。そんなことを今でも時々思うことがある。




