闇ルートの店
細い路地へ入れば、数歩行っただけでずいぶん雰囲気が変わる。
あんなに明るく活気づいていた表通りに比べ、幅が半分程しかない路地は薄暗く湿気がこもっているような臭いが鼻についた。数人の男が壁にもたれ、立ち話している様子があちこちで見受けられる。
そんな通りの雰囲気に不釣り合いな一行が現れ、鋭い視線が遠慮なく向けられた。
「この通りを真っ直ぐ、よね」
「うん、そのはずだよ」
トーリィに色目を使って声をかけてくる女性達に裏町のことを尋ねると、みんな一気に引いてしまう。そんな所へ行こうとしているなんて何者? という目に一瞬で変わるのだ。
これから面倒くさい声がかかったらこれで蹴散らせそうだ、などと考えたりもするが、今は情報をもらわないと困る。
盗品などが売りさばかれている店がないかを尋ね、盗まれた物を取り返したいのだと言うと、多少疑わしい表情が残りつつも「それは気の毒ね」と言って、ある婦人が場所を教えてくれた。
一行はその店に向かって歩いているのだ。
黒い木製の扉が現れ、その横に「ジュシャの店」という小さな汚い看板があった。文字がかすれて読みにくい。
中へ入ると、薄暗く狭い店内に所狭しと物が置かれている。店と言うより、これだと倉庫。よく見えないので、何が置かれているかもさっぱりだ。
服や人形だとはっきりわかる物はましで、動物の骨らしき物や作り物だろうと思われる魔物の腕があったりする。剣の鞘だけがあったり、ひび割れた盾も見えた。何に使うのだろう。
「売り? 買い?」
正面に座ってパイプをくゆらせている男が、ドスのきいた声で聞いてきた。顔がヒゲに埋もれ、表情が見えにくい。その分、目がギラギラしているのが強調されていた。
こういう店なら当然なのだろうが、客に対する愛想などかけらもない。
「この店に魔物ハンターは来るか?」
ツキが一瞬気後れしている間に、トーリィが店主に尋ねる。
「来るぜ。魔物がためこんだお宝を取って来て、妙な物を山程置いて行きやがる」
この店に妙な品々が多いのは、彼らのせいということだろうか。でも、置かれているということは、店主が買い取ったということ。売れる算段があったのか怪しい。
「その中にダイヤはなかったか? 大人の拳くらいのものは」
「……お前ら、何者だ?」
「ここではいちいち客の素性を確かめるのか?」
店主がぎろりとトーリィを睨む。
五十をとうに超えているであろう店主から見れば、トーリィは明らかに若造だ。しかし、風竜が人間に睨まれてひるむことはない。
「ご存じなら、教えてもらえませんか」
ツキが少し下手に出て尋ねてみる。店主はわざとらしくパイプの煙をツキ達に向けた。ツキは顔をそむけ、フウとハナちゃんがむせて咳き込む。
「さぁて、どうだったかなぁ。最近、ちと物忘れしやすくなっちまってな」
教えてほしければ情報料を払え、ということだ。しかし、ツキ達に手持ちはない。
「おじさん、まだ若いでしょ。がんばれば思い出せるんじゃない?」
にっこり笑いながら言うフウに、店主の目が向けられた。
そこを逃さず、フウは催眠をかける。店主の身体がわずかに揺れたが、すぐに元の体勢に戻って小さく頷いた。
「……確かにいたぜ、そういうのを持ち込んだ奴がな。四、五年前だったか」
妖精達から聞いた話と合う。やはりハンターはこの街へ売りに来ていたのだ。
「買い取ったのか?」
「いや、そこまでデカいと、うちじゃさばき切れねぇ。買い取るだけの金も、その時はなかったからな」
「じゃあ、持ち込んだ奴はよそで売ったということか」
「聞いた話じゃ、カメインの村の地主に渡ったらしいぜ。案外、田舎者の方が金をしっかり貯め込んでたりするからな」
イラギのような人間が手に入れた、ということだろう。イラギの入手ルートはわかっていないが、こういう代物だから恐らくまともな買い物ではなかったと思われる。
店主から得られる情報はここまでらしい。
「ありがとうございました」
ツキが礼を言う。
「せっかく来たんだ、何か買ってかねぇか?」
「ごめんなさい。今は荷物を増やせないから」
所持金がないことをうまく隠し、ツキは断った。
フウの催眠がまだ効いているうちに、さっさと外へ出る。
「!」
出た途端、ツキ達の動きが止まる。店の外の路地には、人相はあまりよくないが、がたいはいい男達がツキ達を待ちかまえていたのだ。軽く十人は超えている。
「よぉ。きれいなお兄ちゃんがこんな場所に何の用だ? かわいい坊ちゃんや嬢ちゃんを連れてよぉ」
男達が悪意を含んだ笑い声をたてる。こちらとしても笑いたくなるような、想像通りの展開だ。
「その顔なら、さぞかしモテんだろうなぁ」
「おこぼれでいいから、俺達もほしいよなぁ」
「ちったぁ俺達に幸せを分けてくんねぇか?」
男達の手には、ナイフや棒などが握られている。こちらが抵抗すれば、容赦なく痛め付ける気でいるのだ。
「そういうことばかりするから、幸せを掴めないんじゃないのか?」
ツキやフウが思ったことを、トーリィがはっきりと口にした。
「んだとぉっ」
「てめぇ、ナメてんのか」
「そのきれいな顔を傷付けられたくなかったら、さっさと持ってる物を全部出しな」
相手が自分達を怖がる素振りをまるで見せないので、男達は頭に血をのぼらせる。ここは恐怖で青ざめ、命乞いをするところなのに。
「計画実行しなきゃいけないみたいね」
トーリィが挑発しなくても、武器を手にしながらこうして店の外で待ちかまえている以上、彼らはツキ達に何らかの暴力的行為をするつもりなのだろう。
こういう時にどういう行動を起こすか、一応の計画はしておいた。こういう展開にならないように……と祈っていたが、どうやら実行の時だ。
「へ……? うわぁっ!」
トーリィが突然、その姿を変えた。白い鳥の姿になったのだ。目の前の青年がいきなり人間大の鳥に姿を変え、魔法の類を見たことがない男達は悲鳴をあげる。
トーリィはそのまま上空へ飛び上がり、その間にツキ達はその場から走って逃げ出す。だが、それに気付いた男達が追い掛けて来た。
「こ、こらっ、待ちやがれ、このガキ共」
立ち直りが早いのか、今のは自分達の目の錯覚だと思うことにしたのか。
これくらいの図太さがなければ、こんな裏町では生きて行けないのだろう。
「行くよ、ハナちゃん」
「うん」
フウがハナちゃんを抱えると、その背に白い翼を出す。また巨大な鳥が現れたのかと、男達の悲鳴が再びあがった。
その間に、残ったツキが逃げる。だが、男達は目の前で起きたことに混乱しながらも、獲物を追い掛ける猟犬のようにツキを追った。思ったより手強い。
ツキは魔法で周囲に火の幻影を出した。これはハナちゃんの父ジャスに教えてもらった魔法だ。
花竜は火との相性がよくないが、相手によっては火が有効になることもあるので、これは言ってみればこけおどしの魔法。火を使いたいが本当に使うと周囲に影響がある場合に使うといい、と言われた。
今は街の中。本当に火を出し、何かのきっかけで火事になっては大変だ。こういう時に有効な魔法である。
ちなみに、本当の火が出る魔法はネマジから習った。
突然現れた火に、追っていた男達がたじろぐ。だが、ツキがあまり大きな火にしなかったため、火を飛び越えてくる強者がいた。
幻影なので、熱くない。一人が飛び越え、熱くないと気付いた他の男達も火を飛び越えて再びツキを追う。
うわ、魔物よりずっと面倒かも。人間って案外強いんだなぁ。
感心している場合ではないので、ツキも逃げる。だが、男達の足は速い。
もう少しで一人の手がツキの肩を掴みそうになった時。
突然、その男が倒れた。その後ろから来ていた男達も次々に倒れる。
「な、何だ、こりゃあ」
男達は巨大な緑の糸巻き状態になって、地面に転がっていた。上空でフウに抱えられているハナちゃんの力によって、動きを封じられたのだ。
「ごめんなさい。しばらくしたら解けますから」
ツキは背中に男達の怒号を聞きながら、その場から走り去る。
そのまま、街の外へと向かった。少し離れた上空から、トーリィとフウがツキの行く方向を見ているはずだ。
ルマインの街を出て人気のない場所まで来ると、トーリィとハナちゃんを抱えたフウが降り立った。
「絵に描いたような展開だったな」
「本当に絡まれるなんてね。でも、ハナちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」
「ツキをまもるっていったもーん」
ハナちゃんは自分の力がツキの役に立って、とても満足そうだ。
「情報も手に入ったわね。カメインの村って言うと……ここからだと南東か」
フウが頭に地図を思い浮かべる。自分達が今いる場所からそう離れてない。今日中に十分向かえる距離だ。
「何度呼び出すんだ、お前は」
まるでツキの専属のように魔鳥のイーグが呼び出され、一行はカメインの村へと向かった。
村では目立ちすぎないよう、再びツキ以外は髪色を変える。
カメインの村へ入ると、ジュシャの店主が話していた地主を村人に尋ねたが、これまた予想通りと言うべきか。
ダイヤを手に入れた本人は、すでに亡くなっていた。どうやらここでも、イラギ一家と似たような不幸が立て続けに起きたようだ。
残された家族が気味悪がり、ダイヤを売ってしまった。それがおよそ二年前の話である。
売った先は、クバイの街の宝石商。ここ、イゲツの国で一番大きい街だ。ローバーの山や、ツキ達が今まで向かった街や村全てが、イゲツの国に属する。
カメインの村から東へ向かった先にクバイの街はあり、位置で言えばローバーの山から南へ向かってラミンの街やベンダーの街を超えた所だ。
ここまで来て、陽も傾き始めていた。クバイの街へは明日行くことにして、村を出て野宿しやすい場所を探す。
ツキと手をつないで歩いていたハナちゃんだが、ふと振り返った。
「どうしたの?」
斜め後ろにいたフウが尋ねるが、ハナちゃんの視線はもっと後ろだ。
「トーリィ、へんだよ」
ハナちゃんの言葉に、ツキとフウがトーリィの方を見る。
フウのすぐ後ろにいると思っていた彼は、少し離れた所で立ち止まっていた。その様子が何だかおかしい。呼吸が苦しそうだ。
「トーリィ、どうしたの」
気になったツキが、トーリィの方へ駆け寄った。
「すまな……少し……疲れが……」
「トーリィ!」
言葉が最後まで続かず、トーリィの身体はそばへ来たツキの方へぐらりと傾いだ。
☆☆☆
ハナちゃんが今日も出してくれた草のベッドで、青白い顔のトーリィが眠っている。
その様子を、ツキ達が不安そうに見ていた。
ツキの方へ倒れたトーリィは、そのまま意識を失ってしまったのだ。貧血を起こしているのか、白い顔がさらに青白くなっている。花竜の結界の中で落ちて来た時と同じだ。
ツキ達はトーリィを運び、休ませたものの、彼の様子が心配でならない。フウがトーリィの手を握っていたが、その手は冷たかった。
風竜はみんなこういうものなのか、それとも彼の具合が悪いからなのか判断できないから、なおさら心配になる。
「風の実がないと、鳥くらいの体力しかないって話してたよね」
「鳥にもよるでしょうけど、鳥って結構体力あるわよ。渡り鳥なんて、ものすごい距離を飛ぶし。今日の移動距離って、倒れる程にハードだったかしら。ルマインの街で魔法を使った訳でもないのに」
ベンダーの街から西の山へ行き、ルマインの街からカメインの村へ。
確かに朝からあちこちへと移動はしているが、それぞれはそんなに遠く離れている訳ではない。地道に歩いての移動ではなく、障害物もない空を飛んで、かなりショートカットできている。
大変さで言うなら、ハナちゃんを抱えて飛んでいるフウが体力を一番消耗しているはずだ。
「トーリィ、色がうすいよ」
「色が薄い? ハナちゃん、それってどういう……」
ツキは首を傾げたが、ふと恐いことを思い付く。
「まさか、生命力が薄いってこと?」
会った頃、ハナちゃんはツキを「あったかい」と表現した。今も意味は掴みかねているが、トーリィの状態とハナちゃんの表現の仕方から、そんな言葉が出て来たのだ。
「風の実がなかったら寿命が半分くらいって……そもそも、風竜の寿命って何年くらいなのかしら」
何年にしろ、今のトーリィは命の危険に近付きつつある、ということなのか。
「ん……」
トーリィがわずかに目を開けた。しばらく焦点が定まらない様子だったが、三っつの顔が覗き込んでいることにようやく気付く。ツキが声をかけた。
「トーリィ、気分はどう? 苦しくない?」
「いや……。すまない、また……やらかしたか」
トーリィには倒れる前後の記憶があまりないらしい。
歩くのがつらくなってきて、立ち止まったような気がする。そして、目を開ければみんなが心配そうに自分の顔を覗き込んでいた、という状態のようだ。
「ねぇ、トーリィ。もしかして……あなた、あまり時間が残ってないんじゃ……」
そんなことはない、と言ってほしかった。勝手に殺そうとするな、と。
「そうかもな」
しかし、返って来たのは、そんな弱気な言葉。
その表情にも力はなく、起き上がる素振りもない。起き上がれるだけの力さえ、今のトーリィにはないのだ。
「だけど、竜って長命だろ? 風の実がなかったら寿命が半分って言っても、何十年とかあるんじゃないの?」
「寿命なんて、所詮は個体差だ。短い奴もいれば、長い奴もいる。風の実がなくて、数年で果てた奴もいるし、百年近く生きた奴もいるらしいからな」
「ぼく達は風竜の寿命を知らないけど……仮に千年生きられるとして、風の実がなくても五百年生きられると決まってる訳じゃないってこと?」
「ああ。運任せだな」
返す言葉にも、力がない。目がうつろだ。
「どうして話してくれなかったのよ」
「話してどうなる。それで風の実が早く見付かる訳じゃない」
「それはそうだけど……」
「でも、そうとわかったら移動はぼく達だけがして、何かわかればトーリィに知らせるって方法だってとれたじゃないか」
「俺に寝てろって? 捜してるのは俺の力だぞ。任せっきりにしておけるか」
「今まで何度も空から落ちたり、倒れたりしてるんでしょ。それで余計に寿命を縮めてるかも知れないじゃない」
「落ちたくらいで死ぬなら、とっくに死んでるさ」
花竜の結界で落ちて来たトーリィ。落下の衝撃は、あの音からしてもかなり大きかったはず。
いくら竜の身体が頑健であっても、果たして今のトーリィにいつまで通用するのだろう。あんなことが繰り返されれば、ダメージはかなり蓄積されるはずだ。
「それが俺の運命だってことなら」
「そんな悲しいこと、言わないでよっ」
触れていたトーリィの手を、フウは思わず強く握った。
「フウ……」
感情的になってきたフウの肩に、ツキが手を置いて落ち着かせる。相手は病人のようなものだから、ここで口論をすべきではない。
「トーリィ、ぼく達が一緒に見付けようと動くのは迷惑?」
「……お前達が付き合う義務はない」
「でもさ、ぼくは最初に言ったよ。気になるし、ちょっぴりでも関係あるって。風の実がどこに存在したかで、ぼくの運命は変わってたかも知れないんだ。ぼくはトーリィと会った。会わなければ何も知らないままで過ごしていたけど、知った以上は見届けたい。ぼくは義務でトーリィと一緒にいる訳じゃないんだ」
母と一緒にイナサの村で暮らしていたら、幸せだったろうか。風の実がなく、イラギが生きていたら、どうなっていただろう。
そんなふうに考えていけば、いくらでも仮定の話は出てくる。
しかし、現実に風の実と思われる物は村にあったとわかり、ツキはトーリィに出会ったのだ。
「トーリィ、利用したっていいんだよ」
「利用?」
トーリィが弱々しい視線をツキに向ける。
「ぼく達はトーリィから見れば、勝手について来ている状態でしょ。今までずっと自分だけで動き回って大変だったんだし、ぼく達を利用してトーリィは楽すればいいんだ。少しくらいそうしたって、構わないんじゃないかな」
「……ったく。お前みたいな奴を、お人好しって呼ぶんだろうな」
トーリィが力なくため息をつく。
「そうね。人に騙されて、いいように利用されるんじゃないかって、ネマジがいつも心配してるわ」
フウの言葉に、ツキが目を丸くする。
「え、ネマジがそんなこと言ってた?」
自分の性格をあまり自覚していないツキに、トーリィは笑みを浮かべた。
風の実を盗まれたこともあり、ほとんどの人間はどうしようもないと感じていたし、信用もできない。ツキがあれこれ言ったところで、所詮は興味本位でついて来ているのだろうと思う部分もあった。
だから、勝手にすればいい、と好きにさせていたつもりだった。フウに言われたこともあり、あれこれと余計なことを考えるのはやめよう、と。
しかし、多少は頼ってもいいのかも知れない、と思い始める。
たとえ全てが空振りに終わり、風の実が見付からないうちにこの命が尽きたとしても。
こうして誰かがそばにいてくれることで、落胆の気持ちのみで消えることはなさそうだ。
ずっと握られているフウの手の温もりが、とても心地いい。
「ハナちゃんねぇ、ツキがいちばん好き」
ふいにハナちゃんが会話に割り込む。
「でも、トーリィのことも好き」
「そう? ありがとう」
「だから、げんきになってね」
体力が極限まで落ち、同時に底辺まで落ちたトーリィの気持ちを、ハナちゃんの笑顔がふわりと浮かび上がらせた。幼い少女の顔に嘘はない。
「トーリィ、今はゆっくり休んで。明日、トーリィの調子を見ながら、みんなでクバイの街へ行こう。その後は状況によってぼく達が動くからさ」
「ああ……わかった」
トーリィは小さく頷き、目を閉じた。すぐに眠り込んだのは、やはりまだ相当つらかったのだろう。
「ツキ」
「ん?」
トーリィの寝顔を見ていたツキに、フウが声をかけた。
「トーリィの風の実、絶対に見付けましょうね」
「うん」