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花竜の結界

 世話係の歩く後を、ツキ達はついて行く。

 ハナちゃんはもちろん、ツキと手をつないでいた。さっきまでと同じように、その反対側をフウが歩く。

 ハナちゃんが幼いという点はともかく、ツキは両手に花状態だ。もっとも、ツキにそんな意識は皆無だが……。

 歩くと言っても、大した距離ではない。彼らがハナちゃんを捜していた場所から、ほんのわずかしか離れていなかった。

 とある太い木の前まで来ると、ふたりはそのまま木の中へと入ってしまう。

「このむこーにね、ハナちゃんのおうちがあるの」

 ここが結界の入口、ということらしい。近くに結界の入口があるのでは、というフウの推測は見事に当たっていた。

 ハナちゃんはここからツキ達の世界へ来て周囲をうろうろしているうちに、この木を見失って迷子になったのだ。

「大丈夫かしら」

「ぼくも木の中に入ったことはないからなぁ。でも、大丈夫だよ。入っていいって言われたんだから。結界は術者が許可したり、条件をクリアすれば危険はないからね」

 竜に人間の魔法の基本が通じるかはともかく、ここでツキやフウを傷付けることはしないはず。もし何かあれば、間違いなくハナちゃんが黙っていないだろうから。

「これって、すごい経験だよ。行こう」

 ツキがフウに手を差し出す。フウがもらした言葉を、不安ととったらしい。

 普段なら「平気よ」と言い返すところだが、フウは自分でもわからないままに差し出されたツキの手を握っていた。

 みんなでそのまま木の中へと進む。薄いベールが顔をなでたような感触があった。

 次の瞬間には、一面の花畑が目の前に広がっている。色とりどりに咲き乱れているが、どの花も二人が見たことのないものばかりだ。見渡す限りの花畑だが、漂う香りは優しい。

 さらにその向こうには、これまでに見たことのない大きな館が建っていた。

「あんなお屋敷、見たことないわ。お城みたい」

「あそこは……様のおすまいですが、見る者によってその形は異なります。その種族にとって、一番理解しやすい形となって目に映るのです」

「へぇ……。ぼくは本物のお城を見たことはないけど、人間の世界ではそれに近いってことなんだね」

 ツキやフウには城に見えるそれも、竜の目から見れば別の物になっているのだ。別次元とは聞いていたが、本当に世界が違うということか。

 世話係に連れられ、城へ向かって歩く。入って来た場所から広い花畑を突っ切る形になるのだが、その所々に大きな岩があった。

 暖かな太陽に照らされ、輝いて見える。いや、本当に輝いている。岩は金色で、まぶしい程によく光っていた。さらによく見ると、その岩が動いている。

「ツキ、あれってもしかして……」

花竜(かりゅう)……だよね」

 金の固まりのような岩は、花竜だった。

 少し離れているので正確には判断しかねるが、体長だけでも軽くツキの三倍近くありそうだ。尾まで入れればもっと。幅もかなりある。

 だとしたら、今はツキの腰辺りにハナちゃんの頭があるが、本来の姿になったらツキの倍くらいの大きさになるのだろうか。今はツキが見下ろしているが、ずっと上から見下ろされることに……。

「あんなに大きいんじゃ、ぼく達の世界の森や山にいたら大騒ぎになるよね」

「我々があちらの世界へ行く時は、必ず人の姿になります。大切な木々をなぎ倒しかねませんので。あの姿になるのは、必要な場合のみです」

 ツキは独り言をつぶやいたつもりだったが、律儀に答えてもらった。

 ハナちゃんや前を歩く世話係のふたりは人の姿だが、それはツキ達の世界へ行っていたから。そんな姿になる必要のない花竜達は、ありのままの姿で思い思いに花畑でくつろいでいる。

「とう様はね、あそこにいる……や……よりもっと大きいよ」

 遠目で見ても大きな花竜達。ハナちゃんの父親は、それよりもっと大きい。

 今は余計とも言える情報を、ハナちゃんは提供してくれた。

 ハナちゃんに頼まれて安易に了承し、ここまで来てしまったが、巨大な竜を前にして交渉できるのだろうか。

 城の巨大な門扉は開かれており、何の障害もなく進む一行。近くまで来ると、天にそびえる巨大な塔に見える。

 本当の城なら中庭にあたるのであろう場所は、これまた広大な花畑になっていた。

「あの、質問してもいいかしら」

「何でしょう」

「ハナちゃんのお父さんって……もしかして花竜のトップだったりするの?」

 城に住むのは、人間の世界では普通「王」と呼ばれる者。ハナちゃんの家が城に見えるということは、人間で言うところの「王」がいるからではないのか。

「トップというものが何を指すかは判断しかねますが。ここは我々花竜族の(おさ)のおすまいです」

「じゃあ、ハナちゃんはお姫様ってことだね」

 ツキがのんきに言う。そんなツキの脇を、フウが肘でつついた。

「ちょっと、ツキ。わかってるの? 私達、お姫様をお城から自由に出してあげてくださいって、王様に談判しに行くようなものなのよ」

「あ、そうか。何だか難しそうだね」

「何をのんきに……」

 フウが横を向いてため息をついた時。

「あ、とう様」

 ハナちゃんがつぶやき、ツキとフウが前を見た時にはすでに金の鱗がひときわ輝く花竜がいた。頭ははるか上。こんな大きな身体なのに、ハナちゃんがつぶやくまで近くに来たことすらわからなかった。

「やっと戻ったか。心配したのだぞ、……」

 何度もハナちゃんの本名を耳にしているはずなのだが、やはり誰が言っても聞き取れない。

 それよりも、視界におさまらない竜の身体に、ツキもフウも言葉がなかった。

 ハナちゃん情報の通り、遠くに見ていた花竜(かりゅう)より絶対に大きい。ツキを五人、縦に並べても足りるかどうかの体高だ。幅もあるが、それは太っているのではなく、体高に見合った幅である。金の鱗は、宝の山が目の前にある錯覚を起こさせる美しさだ。

 見上げていると首が痛い。だが、ツキが見た花竜の瞳は優しい緑をしていた。

 ハナちゃんと同じ目だ……。

 色だけで言うなら、ツキも緑の瞳。だが、そういうことではなく、姿や雰囲気が隣で手をつないでいるハナちゃんとよく似ている。

「ああ、客人がいたのだったな。失礼した」

 ツキと目が合い、(おさ)はその存在に気付いたらしい。その言葉の一瞬後には、目の前に長身の男性が立っていた。

 三十代前半、といったところだろうか。緩やかに波打つ豊かな金色の髪は、金の鱗と同じ輝きを持っている。

 金髪という点では世話係のふたりもそうなのだが、長の前では彼らの美しさすらもかすんで見えてしまう。整った容姿も桁外れで、この世のものではないように思えた。

「……、お帰りなさい」

 長の後ろから、二十代前半くらいに見える女性が現れた。この状況だと、ハナちゃんの母親だろう。

 世界で一番画力のある絵師が、世界で一番高級な画材を使ったとしても、彼女の肖像画を描くことは不可能。

 そう思わせる程に美しい女性だ。彼女の髪は真っ直ぐだが、色は長と同じく金色。そして、瞳は緑だ。花竜が人の姿になるとこういう姿である、という話は正しかった。

「とう様、ハナちゃんねぇ、またツキと一緒にいたいの」

 ハナちゃんはいきなり結論を言い出す。

 事情を知らなければ「何だ、それ」と返したいところだが、長は頷いて娘からその隣にいる少年に視線を移した。

「ツキとは、きみのことか?」

「は、はい。ハナちゃんが迷子になっているのを見付けて」

「この子も言ったが、ハナちゃんとは娘のことかね?」

「どうしても言葉……と言うか、名前が聞き取れないので、そう呼んでいます。名前がないと、呼びにくいので」

 ツキは素直に答えた。緊張はするが、威圧感はない。花竜の穏やかな性格が表に出ているせいだろうか。

「では、きみ達の前では娘のことはハナと呼ぶことにしよう」

 長くて聞き取れない名前を連呼されることを思えば、その提案は非常にありがたい。

 ゆっくり話を聞かせてくれと言われ、ツキ達は城内へ入ると広い部屋へ案内された。

 ツキの住む家がすっぽり収まりそうな部屋に、華美すぎないソファや小さなテーブルが置かれている。人間仕様で言うところの応接間だが、ツキもフウもこんな部屋など見たことがない。偉い人の(人ではないが)住む所は違うんだなぁ、とひたすら感心するばかりだ。

 もっとも、竜の目にはこれもまた別の物に映っているのだろう。

 これまでの説明は、ツキより順序だてて話せるフウが担当した。尋ねられるより先に、これこれこういう事情でハナちゃんがこう言ってます、というところまで話す。

「結界を出入りするには、まだ早い」

 ツキがハナちゃんを保護したことについては、両親の口から礼が述べられた。

 しかし、ハナちゃんが希望する「結界の出入り」についての許可は下りなかった。

 やっぱり無理だよなぁ、と予想通りの答えだったが、ツキとフウはそれなりに落胆する。やはりハナちゃんはお姫様であり、簡単に許してもらえる訳がないのだ。

「やだやだやだ。ハナちゃんはツキと一緒がいーの。ぜったいなのっ」

 当事者のハナちゃんは、落胆よりも怒りの方が強い。ツキにしがみつき、絶対離れまいとしている。

「ねぇ、ハナちゃん。さっきから聞きたかったんだけど、ツキの何がいいの?」

 聞き方によってはひどい言い方に思えなくもないが、その点はツキも不思議だった。

 ハナちゃんと出会って話はしたが、特別彼女が気に入るようなことを言った覚えもないし、した覚えもない。村の子ども達の面倒を時々みることはあるが、初対面のハナちゃん程にここまで懐いてもらったことはなかった。

「みんな」

 丸ごと好きだと言ってもらえるのなら、それはそれでツキも嬉しい。

「たまたまツキが、ハナちゃんの好みのタイプだったってことかしら」

「人間が珍しいから、とかじゃないかな」

「ああ、それもありそうね」

 ハナちゃんがずっと結界内ですごしていたなら、人間を見るのは恐らく初めて。物珍しい、という部分も少なからずあるだろう。

「ツキ、あったかい」

「そう? ハナちゃんもあったかいよ」

 ハナちゃんの手は温かい。もし花竜の体温が低いなら、温かい物に触れて気持ちいいのだろうと推測できるが、そんなに変わらないようだから体温の問題ではなさそうだ。

「フウもあったかい。でも、ハナちゃんはツキのあったかいのが好き」

 フウはハナちゃんと手をつないでいないから、温かいうんぬんはわからないはず。やはり体温のことではないようだ。

 それはともかく、両親の許可が下りない以上、一緒にいることはできない。

「ハナちゃん、今はちょっとだけ辛抱しようよ。お父さんは早いって言っただろ。早いって言われなくなるくらい大きくなったら、またお話しようよ」

「ツキはハナちゃんのこと、きらい?」

 ハナちゃんが上目遣いでツキを見る。

「え? そんなことない。ハナちゃんのこと、好きだよ」

「でも、一緒にいてくれない……」

 言いながら、ハナちゃんはしゅんとなる。

「今はね。ハナちゃんが大きくなったら、一緒にいられるよ」

 ハナちゃんは父親の方を振り返って睨む。

「にい様もねえ様も、好きな時に出てる。どうしてハナちゃんはダメなのっ」

「勝手に出て行って、戻れなくなったのは誰だい?」

 ちゃんと結界の位置を覚えていられないうちはダメ、ということだ。

 それより、今の話で人間の世界に花竜達が出入りしていたらしい、という事実を知り、ツキとフウは驚いた。花竜は滅多に姿を現わさないと言われているが、実はどこかですれ違っているのかも知れない。この姿なら目立ちそうな気もするが、実際に行動する時はもう少し容貌を変えているのだろう。

「じゃあ」

 突っ込まれたハナちゃんがあきらめると思いきや、とんでもない代替(だいたい)案を口にした。

「ツキがここにいればいーよ」

「ええっ」

 言われたツキの方が驚いた。まさかそう来るとは。

「ああ、それならいいかな。ツキが来る分には問題ない」

「ええっ」

 あっさり許可する長に、今度はフウが驚いた。

「花竜の結界って、そんなに軽いものなのっ? 私達が簡単に出入りしていいものなんですかっ」

「人間を拒絶している訳ではないからね。ただ、あまり大勢に出入りされると、花畑が荒れてしまう。ここにある花々は私達の力の源、他の生物で言うところの食糧だ。それに緑の妖精達がよく出入りしているので、心ない人間に連れて行かれたりするといけないからね。結界を張るのは、言ってみれば柵をしているようなものだよ。だが、きみ達二人くらいならそういうことにもならないだろう。面倒をかけるが、娘と遊んでやってくれないか」

「はあ……」

 花竜がこんなにもフレンドリーだなんて、誰が想像するだろう。それとも、(おさ)が娘に甘いだけなのか。

 どちらにしろ、ハナちゃんは自分の希望が通って満足そうだ。

「わーい、ツキといっしょー」

 ハナちゃんがツキに抱きつく。ツキが呆然としながら、隣にいるフウを見た。

「いいのかなぁ」

 聞かれたフウは肩をすくめた。

「いいんじゃない。花竜が言ってくれてるだもん」

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