何でもやる部なので映画は範疇に入るかもしれない
六限目の終わりを告げる鐘が鳴る。
担任であり現国の担当でもある冬月先生がゆるゆるふわふわした頭の悪そうな動作と声色でふわりんぽわりんと授業とSHRの終わりを告げる。するとまだ名前も碌に知らないクラスメイト達は帰りの準備を始め、彼らの「お、おい、もう帰ろうぜ」とか「放課後どこか寄ってかない?」みたいないかにも高校生といった会話でにわかに教室はざわめき始めた。
……さて、帰るか。
当然というか何というか。友達どころか知り合いすらまともにいない俺に話しかける奴なんて誰もいないのでカバンに教科書やらノートやらを詰め込んで少々乱雑に肩にかけて扉へと向かう。
ちょっとまずいなとは思わないでもない。何がまずいって転校して二日目なのに食事以外で口を動かした覚えがほとんどないのだ。今日とかさっき授業中に冬月先生に「えっとぉ~、今日はぁ~、五月のぉ~、十三日なのでぇ…………六道君!」と当てられて若干どもりながら答えたのが初会話まである。ちなみに俺の出席番号は三十番なので五月も十三日もまるで関係ない。なんなんあの人。
いや、しかし、ほんとにヤバい。何がヤバいってあれを会話にカウントしちゃう辺りがほんとヤバい。
存在しない友達と会話しだす前になんとかしなければ。
そんなことを考えながら、廊下をつかつか歩き、階段をタタタンと下り、下駄箱へとだらだら向かう。
勉強で頭を使ったからか、それとも慣れない環境に精神が疲れたのか、どうにもだるいのを堪えながら下駄箱から自分の靴を取り出した所で声がかけられた。
「こらこら。どこに行こうってのさ」
続いて肩に手が添えられる。
理由ははっきりしないけど、凄い寒気がするので今日のところは早めに帰った方がいいと思う。
「……まさか、部活をさぼろうってわけじゃないよね?」
なんだか心なしか胃も痛くなってきたので帰ります。
◇◆◇◆◇
入部二日目。
俺はソファに座って安心院に借りた少女漫画を読んでいた。
ここ漫研だっけ?
「……これ案外面白いな」
「それ、今度実写化するらしいよ」
「へぇ……実写化ねぇ」
少女漫画は女の子が読むもの。そんなことを思っていた時期が俺にもありました。
この作品がとりわけその傾向が強いだけかもしれないけれど、恋愛要素よりもコメディ要素が強いので思っていた以上に男でも読んでいて面白い。
と、別に誰に言ったわけでもなかったのだけど、ポツリと溢れた感想に安心院はどこか嬉しそうな表情でそう答えた。
漫画に集中していて何を言われたのかも曖昧のままかなり雑な返しをしてしまったのだけど、なおも安心院は続ける。
「ちなみにここにその映画のチケットがある。週末行こう」
「…………いや、週末は予定あるから」
「あるわけないじゃん」
「おい、人を勝手に暇人扱いすんのやめろ」
「でも、予定なんてないよね?」
「予定がないって予定があんだよ」
「……正気かい?」
ヤベェ奴見るような目で見るのやめろ。
「君さ、鈍感系なんて今時流行らないよ? 女の子がデートに誘ってるってなんで分からないのさ」
「バカにすんな。さすがにそれくらい分かるっての」
「分かってないからあんなふざけた理由でボクの誘いを断ろうとするんでしょ? それともなに? まさかと思うけど君分かってて断るつもりなの? 頭大丈夫?」
そりゃこっちのセリフだ。
頭大丈夫?何食ってたらこんな傲慢に育つの?前世堕天使か何か?
あまりにもな言いように返す言葉もない俺とは対照的に傲慢の擬人化さんは続ける。
「まぁ、どちらにせよ君の意見は聞いてないからね。土曜の朝十時に迎えに行くから」
「……つーか、何狙ってんの? 俺、あんま頭よくないから分かるように言って欲しいんだけど」
別にこちとら鈍感系でも難聴系でもない。ばっちり聞こえてるし言葉の意図も読み取れる。けど、安心院のそれはどうにもちぐはぐだ。噛み合わない。気持ち悪い。
好意を向けられること自体は別にいい。よくあることだ。よくあったことだ。俺を殺したいとか、俺を解体したいとか、能力を奪いたいとか。内に秘めた感情はそんなのばかりではあったけど、にこにこ笑顔を浮かべて何の理由もないのに好意的に接されることはよくあった。
だから、きっと安心院のそれにも何かしらの目的があるのだろう。あいにく頭が悪いので何を狙って安心院がこの好意に似た別の何かを俺に向けているのかまではさっぱり検討もつかないけれど。
一瞬、呆気にとられたような表情をして、まるで本当に傷ついているんじゃないかって錯覚してしまうくらいに悲しそうな表情を作ると安心院はそんな俺の疑問への答えを返す。
「……心外だな。ボクはこれでも緊張に震えそうになる声を押さえながら精一杯の勇気を振り絞って――」
規則的なノックの音が安心院の声を遮った。
「……だから、ボクは」
「誰か来たみたいだけど」
「……。…………どうぞ」
一瞬迷うような姿を見せて、それでも俺との会話を続けようとこちらを向き直った安心院の言葉を今度は俺が遮る。それでやっと安心院はノックの主に扉越しにそう声をかけた。
気のせいかもしれないけど、言葉には少々刺々しさがあったような気がした。
「こんにちは。安心院さん、お願いがあるんだけど助けてもらえるかな?」
カラカラと音をたてて扉を開けたのは黒髪ロングの少女。はて、どこかで見た顔のような……と思って記憶をさかのぼっていると彼女はにこりと人好きがするような笑みを浮かべてそう言った。
そーいやここそういう部だったな。やっぱ映画とかないわ。明らかに部活の範疇超えてるし。