ラブコメとホラーは紙一重かもしれない
「やぁ、おはよう。良い朝だね」
「……」
朝。いってきますの挨拶をして扉を開くと白髪ゴスロリ女こと安心院が満面の笑みで右手をひらひらと振って出迎えた。
なにこれ夢?夢だな。悪夢の類いだ。二度寝しよ。
ベッドにダイブを決め込もうと踵を返す俺の肩がガッと万力のような力で掴まれる。そして、耳元でそっと囁いた。
「逃げたら……分かるよね?」
「……あい」
舌が回らずどこぞの空を飛べる青いネコみたいになってしまった。
クラスメイトで隣の席の美少女が朝、一緒に登校するために迎えに来る。
字面だけ見てみれば完全にジャンルはラブコメ。にも関わらずこの状況下においては完全にホラーだ。
その証拠に俺は美少女のお迎えとかいうイベントなのに全然ドキドキしてないしむしろゾクゾクしてる。夏場とか最高じゃん。お化け屋敷のバイトとか向いてんじゃない?
とかなんとか現実逃避をしていると扉の奥から微かな呻き声が聞こえた。
「うぅ……。頭痛い……。あれ、まだ行ってなかったのか」
今日もいつも通りぐしゃぐしゃの白衣とぼさぼさの長い黒髪。二日酔いに痛む頭を押さえながら玄関の俺の存在に気づくとそんなことを呟いた。そこで隣の安心院の存在にも気がついたのか僅かに驚いたような表情を見せる。
実際驚いたのだろう。経緯や実情はともかく誰かが俺を迎えに来るなんて前の学校ではあり得なかったこと。ニュアンスは違うが俺も驚いている。
しかし、あれだ。誰かが迎えに来たというだけで顔に出ずらい先生がここまでのリアクションを見せてくれるということは先生は先生なりに俺のことを気遣ってくれていたということなのだろう。
朝からちょっと気分が良い。今日はいい日になりそうだ。
「あのね……君の人生は君の自由だ。でも、さすがに朝からデリヘルを呼ぶのはさすがにちょっと……」
「呼ぶわけねーだろ」
なんかもう最悪の気分だわ。今日はろくな日じゃないぞこれ。
「誤解しているようだけど、ボクはデリヘル嬢じゃないよ」
安心院が否定の言葉を口にする。
当たり前の話ながら安心院にとってもその勘違いは喜ばしくないものだったらしい。なら、乗るしかない。このビッグウェーブに!
「そうそう。こいつはただの」
「ご主人様だよ」
「ただのクラスメイトだろぉ?」
いきなり梯子外されちゃった。
先生が顎に手をやり全て分かったとでも言うように一度頷いて見せる。
「なるほど。そういうプレイが君の好みというわけか」
「言いきりやがった」
なるほど、じゃねえよ。二日酔いで思考回路ゴミか。
◇◆◇◆◇
結局、先生は安心院のことを知っていた。知っていて俺のことをからかっていただけ。大人なんか嫌いだ。
ついでに色々と気付くことができる要素はあったはずなのに気付けなかったバカな自分も嫌いだ。
陰鬱な気持ちで車窓から流れる外の景色を眺めていると突然グイッと袖が引かれた。
「……なに?」
「『なに?』じゃないよ。隣にこんな美少女がいるのに外の景色なんか見てる場合かい? もっと見るべきものは他にあるだろ?」
「……あー。あれだ。凄い車だな。俺、リムジンとか初めて乗ったよ」
「……」
実際凄い車だ。音は小さいし快適だし車内に冷蔵庫積んであるし。こんな機会でもなければ俺のような人間には一生縁のない車であったことは間違いない。この機会に隅々まで頭に叩き込んんで今後の人生を生きるためのいい思い出にしたいものだ。
もちろん安心院が求めているのがそんな発言でないことは百も承知ではある。承知はしてるからそんな「こいつどうやって殺してやろうかな」みたいな目で見るのはやめてください。ほんと怖いです。
「つーか、あれだ。なんでわざわざ迎えになんて来たんだ? こう言っちゃなんだけど、別に仲がいいわけでもないだろ?」
大概この安心院という女はアピールが強い。んでもって自分で美少女とか言っちゃうくらいには自信家でもある。
要するに外の景色なんか見てないで可愛い自分を見て褒めろよってことなんだろう。恥ずかしいしなんか腹立つから絶対言わないけど。
なので話題を逸らす。どうやらこの作戦は功を奏したらしく安心院の表情から殺意は消えた。というかおかしくない?なんで一介の女子高生の表情に殺意なんか浮かんじゃってるの?
俺のそんな疑問への答えはどこから与えられる訳でもなく、微かに朱に染まった顔で照れくさそうに安心院は言葉を紡ぐ。
「それは……ボクが君を迎えに行きたかったから……」
「え……?」
わずかに跳ねる心臓。
安心院の白い手がそっと俺の手に添えられる。
「だって、せっかく脅してまで部活に入れたのに学校をさぼられたら腹が立つでしょ?」
「ですよね。分かってたよ」
うんうん。分かってた。分かってたからその手離して。ぎちぎちいってるから。