脅迫はダメだけど買収もダメ
「似合ってるよね?」
「……は?」
「似合ってる、よね?」
「……まぁ。うん」
答えると安心院は満足そうに一度頷いた。
別に嘘じゃない。人を選ぶなんて次元じゃないくらいに人を選びそうな恰好だ。並大抵の容姿の人間が着れば格好に個性を呑み込まれて浮くこと間違いなしだろう。
その点安心院はどうか。雪のように白い肌はどこまでも黒いドレスによく映えている。パッチリ開いた大きな二重から覗く赤と金の瞳は格好も相まってどこか妖艶さすら感じさせられた。ついでに肩口から伸びた細い腕や少々短いスカート丈から伸びる細く長くしなやかな足には恥ずかしながら視線がついつい引き寄せられてしまう。
格好に呑まれるどころか完全にそれを自分の容姿を引き立てるための道具として使いこなしているのだ。
ここまで完璧だと似合っていると言わざるを得ない。
まぁ、それはいい。
問題はまるで俺の質問に答えていないのに何やら満足げに安心院が座っていることだ。
え、なに。この学校似合ってたら学校指定の制服着なくても校則とかあるの?ねえよ。あってたまるか。
おい、紅茶と茶菓子の準備しだすのやめろ。俺の質問に答えろ。
「最初はね、注意する先生も居たよ。でも、お願いしたら分かってくれたんだ」
俺の無言の圧力が通じたのか。はたまた準備が整ったからか。たぶん後者。
ともかく安心院はクッキーに頬をほころばせると一呼吸おいてそう切り出した。
なんでだろうね。「お願い」が「お願い」にしか聞こえない。
「分かってくれた、ね……」
「あ、信用してないね? ほんとだよ? 弱みも握ってないし脅迫もしてない」
「それがよくないことって自覚はあったんだな」
「ちょっと両頬を札束で叩いただけだよ」
「どっちにしろ最低じゃねぇか……」
脅迫ではなかったけど買収だった。どのみち最低だし高校生がやることじゃないだろそれ。
この教室見た時から薄々気付いてたけどこいつ絶対金持ちじゃん。それも金で買っちゃいけないものまで買うタイプの。
「お金で買えないものなんてほとんどないよね」
「いい笑顔で言うことじゃないぞ」
うっかり人間不信になりそうなくらいにいい笑顔で安心院は言う。たぶんこの様子だと安心院は色々とこの学校では自由が利くのだろう。下手すれば学校の外でもそうなのかもしれない。なにこの子怖い。
色々と削られていくのを感じながらも立ち止まることなど許されるはずもないので姿勢を正して質問を続ける。
「じゃあ、次の質問。結局この部って何するの?」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑顔で安心院はぐいっと身を乗り出す。
「何でもさ」
「……は?」
「清掃活動、部活動のピンチヒッター、悩める生徒の相談。ボクにとって興味をそそられることなら何だってやる。それがこの部の活動内容さ」
言い終えると乗り出していた身を引いて安心院はまた一枚クッキーを口へと放り込んだ。
つまりあれだ。何でも屋じみた部活動ってわけだ。
違うのはたぶんお金は発生しないということと、依頼を受けるかどうかが安心院の関心に完全にゆだねられているというところ。
縛られて殴られたあとのある怯えた少女とかよく分からない白い粉とか運ばされるイメージしてたのでそれに比べたらよっぽどまともな活動内容だった。変な名前で変な活動には違いないので部員は絶対増えないだろうけど。
「……えっと、ここに名前書けばいいんだよな?」
「もういいの? てっきり質問にかこつけてスリーサイズや下着の色を確認するために脱がしにかかってくると思ってたのに。あ、入部届書き終わってからの予定だったのかな? ごめんね、調子狂わせて」
「お前は知らないかもしれないけど、俺って実は紳士的なんだよね」
入部届の名前の欄を埋めながらほとんど意味のない確認を取ると失礼極まりない答えが返ってきた。
こいつの中で俺はどういう人間だと思われているのか。というかそのきょとんとした顔やめろ。中身悪魔なのにうっかり可愛いとか思いかねないだろ。
これはいけない。一瞬浮かんだ好意的な感情を抹消するために安心院にされた校舎裏での脅迫を思い返して憎悪を集めていると、安心院は会話を続行する。
「ま、ボクとしては君が欲情して襲ってくれるならそれはそれでいいコトなんだけどね」
「……は?」
「いや、弱みは何個握っておいても困らないから」
「……」
安心院が部屋の天井の隅を指さす。
よーく目を凝らして見てみると何やらレンズのような物が見て取れた。
悪いコトするのに手慣れすぎだろ。
「それに既成事実があれば絶対に君はボクから逃げられなくなるし」
「うわっ……」
にこりと今日一番の穏やかな笑みを浮かべて内容全く穏やかじゃないことを言ってのける。
何が怖いってたぶんこいつ本気だからね。ブラフとか冗談とかそういうのじゃなくて本気でそうなったならそれはそれでありとか思ってる。
改めて少なくともメンタルの部分では勝てないと察したのでこれ以上余計な地雷を踏まないように黙って机の上で入部届を滑らせた。
「うん、完璧。じゃあ、これから毎日よろしくね」
受け取りさらりと目を通すと安心院はそう言って微笑む。
もうなんか条件反射で背筋に悪寒がはしった。