結局俺の出る幕はない
「とにかく、この件はボクと彼が解決する。それでいいよね、先生?」
「…………安心院さん、これは遊びでは」
「冬月先生、俺からもお願いします。ちゃんと、確実にやりますから」
反射的にそんな説得力の欠片もない言葉が口をついて出た。
安心院の話や俺が見た冬月先生のこれまでとを合わせて考えるに、冬月先生は安心院相手には抵抗などせずに好きにやらせるのが最善だと悟っているのだろう。
無理に抑え込んで被害を広げるよりもある程度許容し受け入れる姿勢を見せて最低限コントロールをできるようにした方がまだマシと考えるのは安心院のことを理解したうえでの話なら分からないでもない。
そして、そんな冬月先生だからこそ、安心院は彼女を気に入ったしこの部の顧問に置いている。
ただ、そんなよく言えば放任主義の冬月先生ですら容認できないのがこの依頼だ。
理由なんて改めて考え直すまでもなく分かる。そもそも、クラス内のトラブル、それもいじめにつながるようなデリケートな問題を一生徒に任せるなんて普通に考えてありえない。しかも、やろうとしているのはこんな遊び半分の奴だ。誰がどう考えたって止めるのが正解に決まってる。能力不足で何もできないのならともかく、こいつの場合はもっと状況を悪くしかねないのだから。
とはいえ、それを説明したところで止まるような奴じゃない。
なんなら自分の意見を通すために邪魔する奴を排除しにかかるまである。そんなことになるくらいだったら、やりたいようにやらせてしまった方がいい。どうせ、こいつがやると言い出した時点でやることになるのは分かりきったことなのだから。幸か不幸か俺を巻き込むのは安心院の中では確定事項らしいし、状況の悪化を避ける最低限のブレーキくらいにはなれるだろうし。
「ほら、彼もこう言ってることだしさ。それに、いくら先生が抵抗したところで先生にボクの行動を制限なんてできないんだから時間の無駄って先生だって分かるよね?」
「…………はぁ。分かりました。……でも、絶対に引っ掻き回すようなことだけはしないでくださいね」
「もちろん。約束するよ」
嘘じゃん。絶対引っ掻き回すじゃん。
喉まで出かけた言葉をなんとか呑み込んだ。口は災いの元って奴だ。
「さて、じゃあ話を戻そうか。まずは、どうして樋口茜がこんなくだらないことを書き込んだのか、その理由を探るところからだね」
玩具を手に入れた子供のような笑みを浮かべ振り向いて安心院は言った。名前知ってんじゃねえか。
すこぶる不安だ。ブレーキになろうとか思ってたけどやっぱ無理なんじゃないかな。
「あの……」
これから先、巻き込まれるであろう災難にうんざりしていると完全に話に置いて行かれてしまっていた委員長が手を挙げる。
全員の視線が自分に向いたのを確認すると委員長はふたたび口を開いた。
「私、分かったかも。茜ちゃんが怒ってる理由」
「……え? マジで?」
「うん。マジだよ」
無意識のうちにこぼれた言葉。
それを拾うといつになくドヤ顔で委員長はこちらを向いて首肯して見せる。
「二人は茜ちゃんと葵ちゃんが幼馴染だって知ってる?」
「いや、初めて知った」
「ボクもだね。樋口茜の両親の勤め先なら知ってるんだけど」
「なんでそんなの知ってんだよ。怖えよ。何に使う気だよその情報」
しれっと怖いことを言い出す安心院に曖昧な笑みを浮かべて委員長は話を続ける。
「それでね、二人とも家が隣同士の幼馴染で小学校から高校までずっと一緒だったみたいなの。教室での様子を見ていれば分かるかもしれないけど、本当に仲がいいんだ」
「あー、それは分かる。めちゃくちゃ仲良さそうだった」
だからこそ、あんなに仲良さそうなのに片方がもう片方の悪口書き込んでるとかちょっと引いた。
ほんとに人間怖すぎる。
「でも、最近ちょっと葵ちゃんが忙しいんだよね。ほら、うちの学校って運動部活発でしょ? それで葵ちゃんってスポーツ得意だから、あちこちから勧誘受けたりそれがダメならせめてって助っ人を頼まれてるみたいで。葵ちゃん、頼まれたら断らないし」
「自己紹介かな?」
「ち、違うよ。私、運動は好きだけどあんまり得意じゃないし」
「頼まれたら断らないのは否定しないんだね」
「あ、えっと、それは……その……」
あわあわと視線を泳がせる委員長。不意にその様子を眺めていた俺と視線がぶつかった。
いや、そんな縋るような目で見られても困るんですけど……。
「……それで、結局なんで樋口さんはあんな書き込みをしたんだっけ?」
「あ、うん。だからね、茜ちゃんは――」
「もう、大丈夫ですよ黒崎さん。言いたいことは分かりましたから」
話を戻す意味もかねて出した助け舟に乗っかって話の続きを口にする委員長。
しかし、それは穏やかな声に遮られる。
「それから、安心院さん、六道君。やっぱりこの件は先生が預からせてもらいますね。もう、解決しますから」
自信ありげにそう言って、冬月先生は教室から出ていった。




