変な部活と異常な部室
山城高校。今日から俺が通うことになったこの学校は聞いた話によると部活動が盛んな進学校らしい。
運動部、文化部問わず全国レベルで優秀な成績を残す生徒が多く在籍し、難関私立大学や国立大学への進学率も極めて高いのだとか。
それが影響しているのかは知らないけれど、この学校は生徒の数も学校の広さも部活の種類も他の高校に比べて多い。
「……なぁ、結局これどこ行くんだ?」
「言ったでしょ? 部室だよ、部室」
そんな広い敷地のなか、脅されて俺はついて行く。
体育館裏から玄関を通って校舎の中へ。玄関から正面に見える場所にある螺旋階段で二階へとあがると見えるのはなんのためにあるのかよく分からない用途不明の少し開けた空間。そこから三方向に廊下が伸びる。
左の廊下を進めば辿り着くのは職員室。右の廊下を進めば辿り着くのは一年一組から一年六組までの六つの教室。ちなみに二年と三年の教室は一階にある。
安心院が俺の質問に答えながら進んだのは右でも左でもない最後の一つ。螺旋階段をあがりきって、右斜め後ろへと続く廊下。
担任の先生が薄っすら言っていたのを思い出す。たしかその廊下の先にあるのは今は使われていない教室や特定の授業でのみ使われる教室とか言っていたはず。
安心院が俺を何部の部室に連れていく気か知らないけど、本当に連れて行かれるのは部室なんだろうか。部室と言い張っているだけの空き教室だったりしないだろうか。
「着いたよ」
俺のそんな心配をよそに安心院はそう言って立ち止まる。
安心院が立ち止まったのは何の変哲もない教室の前だった。
どこかのクラスの教室だったらプレートにクラスの名前くらいは書いてありそうなものだけど何もない。全くの白紙。それはそこがただの空き教室であるのだということを示していた。
やっぱりあれか。部室(自称)だったか。
内心で憐れんでいると安心院がカラカラと音を立てて扉を横に開ける。
「……っ」
――思わず息をのんだ。
安っぽいどこの学校にもありそうな薄汚れた横開きの扉一枚を隔てたその教室は別世界。
まず絨毯。床一面に赤い絨毯が敷き詰めてあった。よくある教室の四角形の木の板は見えない。
次にソファと机。教室の中央、そこから少し後方に黒い革張りの見るからに高そうなソファが向き合うように二つ。その間にガラス張りのこれまた高そうで大きな机が一つ。教室と言われて連想するであろう机や椅子はこの教室には一つもなかった。
そして家電。エアコンくらいなら今どきの高校なら公立であってもそこまで珍しいものでもないかもしれない。けど、教室の前方に並べられた冷蔵庫やら液晶テレビやらはどう考えたっておかしい。他にも電気ケトルとか色々置いてあるけどなにここ。家?
少なくともこれを見てここがとある進学校の一教室だと分かる奴は絶対にいないだろう。
そもそも教室にすら見えない。
窓から入る風で爽やかな海色をしたカーテンがたなびく様子なんかは螺旋階段を上がって廊下を歩いてきてなお、この空間が教室であることを疑わせる。いや、ほんとにここ教室だよね?
「ようこそ。八百万部へ」
くいっと袖を引かれる。つられてそちらを向くと安心院が微笑みかけてそう言った。
これまでのどこか背筋に嫌な感覚のはしる笑顔と違ってそれはどこまでも自然な笑みだった。
だから、安心院は本心から笑うと少し幼く見えるとかいうめちゃくちゃどうでもいいことを知ってしまった。
「……ん、八百万部……?」
反応が遅れたのはそのせいだ。
安心院の口から出た意味の分からない部の名前にすぐに気が回らなかったのはそのせいだ。
「まぁ、まずは入りなよ」
「……いや、けど……」
「いいから。早く」
「……はい」
促されるまま、というか脅されるままにソファに座る。なにこれめちゃくちゃふわふわじゃん……。
体が沈み込む感覚に俺が感動しているのを確認すると安心院は対面のソファに腰かけて笑みを浮かべる。
そして、おもむろに一枚の紙を取り出した。
「さて、それじゃあこれにサインしてくれるかな?」
「説明どこ行った」
「うんうん。とりあえずサインだけしておいてよ」
「サインだけ……?」
「早くしないと君の学校生活がぐちゃぐちゃになっちゃうけど」
「心は痛まない? つーか痛めろ」
なにキョトンとした顔で首傾げてんだ。
悪質な勧誘ってレベルじゃないだろこれ。いや、そもそも勧誘かこれ。
「せめて部の活動内容くらいは教えろよ。それも無しでとりあえず入部しろとかありえないだろ」
「どうせ入るしかないのに聞く意味ある?」
何言ってるのか分からないという目で安心院が首を傾げる。何言ってるのか分からないのはこっちなんだけど。なんで俺の入部先を決める権利当たり前みたいに奪われてるの?
想いが通じたのか、それとも話が進まないことにやきもきしたのか。安心院はため息を吐くと、少し崩れていた姿勢を正し、足を組んでこちらに向き直る。
「分かったよ。じゃあ、君が納得いくまで何でも質問していいよ。代わりにボクが質問に答えたら必ずこれにサインすること。いいね?」
「……断る権利は?」
「まともな学校生活を送れなくなってもいいのなら」
「……悪魔かよ」
たぶんこの辺りが安心院にとっての妥協点。
どうあっても俺をこのわけの分からん部活にいれることは確定で、あとはどれだけこの部に入るまでに安心院やこの部についての情報を得られるか。最悪あんまりにも酷い部ならまともな学校生活を捨てるって手がないわけでもない。
仕方がないから何から聞こうかと考える俺を安心院は興味津々といった様子で覗きこんだ。
「ボクに答えられることならスリーサイズから今の下着の色までなんでもいくらでも答えてあげるよ」
この状況で喜んでパンツの色とか聞き出したらただのバカだろ。
というかこれ以上弱味増やしてたまるか。
「その格好、どう考えたって校則違反だと思うんだけどなんで注意されないんだ? というかお前何者だ?」
フリルで可愛らしく装飾された黒いドレスに大きなリボン、赤と金のオッドアイ。腰まで伸びたウェーブのかかった白い髪。
どこからどう見ても学校指定の制服とは思えないその姿を指さして俺は尋ねた。
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