最大の敵は無能な味方
「……まぁ聞けよ安心院。たしかに俺はあの書き込みの原因を突き止めるって話を引き受けた。でも、一人でやるなんて言ってないだろ? それに考えてもみろ、俺は控えめに言って『今は』友達と呼べる奴がいない。そんな俺が一人で人間関係のゴタゴタの原因を探る。そんなことできるだろうか。いや、できない。よって、俺が委員長を頼ったのは間違ってなんかないしなんなら委員長は乗り気なのでその手に持ったペンチを下ろしてくださいお願いします」
部室に入るとにっこにこの安心院と無愛想な顔をした冬月先生が居た。
俺の思い上がりでないなら、きっと安心院がにっこにこなのは俺が何の成果も得られないまま部室にのこのこやってきたと思ったからだろう。
だから、俺のすぐ後ろから委員長が現れるのを見るや否やすっと笑顔は引いて代わりとばかりに手にはペンチが握られていた。
今更すぎるけど失敗の代償重くない?いや、まぁそもそもあんなペンチで俺の爪を剥ぐとか無理だから安心院なりのジョークだと思うけど。
……ジョークだよね?
「えっと……六道君? 私はなんで呼ばれたのかな?」
安心院の真意を図りかね、万が一に備えてそっと手を後ろに組む。
そんな俺と安心院に視線を行き来させたのち、委員長が困ったように首を傾けてそう切り出した。
「あー、その、教えてほしいことがあって……」
とりあえず、用件だけでも先に伝えてしまおう。
そう思い、前置きをしたところで不意に思い至った。より正確に言うのなら、委員長が見えてからはいつもの『冬月先生』になっていた先生がほんの一瞬だけ酷く冷たい目で俺を射抜いたところで思い至った。
これ、あんまり人にペラペラ話していいことじゃないよねたぶん……。
「……あの、冬月先生。今更なんですけどこれって他の人巻き込むのは良くない……ですよね?」
「うふふ。ほんとに今更ですねー。困りました。……どうしましょうか?」
目が怖い。笑顔なのに目が怖い。
どうしましょうかって言葉がこの状態をどうするかじゃなくてお前をどうしてやろうかって意味にしか聞こえない。
とはいえ、これは普通に俺の浅慮が招いた事態なので反論などできるはずもない。たぶん仮に俺が全くわるくなかったとしても反論なんて怖くてできないだろうけど、それはともかく反論なんてできない。
安心院にばかにされたくないからって余計な意地なんて張るんじゃなかった。
後悔後先に立たず、後の祭り。
どうしたものかと途方に暮れていると助け船は思わぬところからやって来た。
「ま、いいんじゃない? ここまで連れてきておいて『やっぱりなんでもありません』なんて通るわけないし、下手な憶測で変な勘違いをされても困る。そこの人の形をした間抜けが思わせぶりなことを言って連れてきた以上、忘れてくれと言っても無理な話だろうしね」
肩を竦めて安心院はそう言った。
てっきりボロクソになじられた挙げ句、更にボロクソになじられて人格を否定されるものとばかり思っていたので俺を擁護するような内容にちょっと驚いた。
いや、どのみち人格は否定されてるんですけどね。人格どころか生物であることすら否定されて間抜けとかいう下から数えた方が早そうな不名誉な概念にはされちゃってるんですけどね。
人のこと擁護するの初めてかな?
「……でもね、安心院さん」
「それに先生、委員長は同じクラスなんだから無関係って訳でもないよ。委員長の性格上、ずっと気づかないなんてことも考えられないし、勝手に気づいて動かれるよりあらかじめ知らせておいた方がいいんじゃない?」
「それは……」
思いがけない安心院の擁護。それは俺にとってはありがたくとも、わざわざ安心院のような人格破綻者に頼んでまで早期解決、問題の露呈を避けようと動いた人にとってはこれっぽっちも許せる話じゃない。
やんわりと、しかし確固たる意志で否定の言葉を口にしようとした冬月先生。けれど、それを遮るようにして続けた安心院に言葉を詰まらせる。
「……分かりました。では、黒崎さんにも聞いて貰いましょう」
数秒の間があって、考えは纏まったのか冬月先生はそう言った。
苦渋の決断とまでは言わずとも、まだ迷いがあるような声に聞こえた。
ほんとに申し訳ない。
「その……ほんとにすみません、冬月先生」
「ふふ、六道君。大事なのは間違えたあと、それを次にどう繋げるかですよ。……次は、期待していますね?」
「……ひゃい」
おかしい。良いこと言ってるはずなのに『次はねぇぞ? 分かってんだろうなおい』としか聞こえない。
二度と余計なことはしないようにしよう、うん。
「えっと……」
「黒崎さん。こちらへどうぞぉ」
状況を飲み込みきれていない様子の委員長。冬月先生は人好きのする笑みを浮かべると自身の対面の席に委員長を促した。
委員長は巻き込むし、結局当事者たちの関係性は何も掴めてないし、依頼者の冬月先生の意向も全然汲めてないし、我ながら散々な結果だ。委員長の依頼をこなせてちょっと調子に乗っていたのかもしれない。
ちゃんと自分にできることなんてたかが知れてるって肝に命じておかないとな。




