仲が良さそうな二人
「やぁ、おはよう」
「……犯罪だが?」
無駄にニヒルな笑み浮かべて安心院が勝手に俺に貸しを作った翌日の朝。
視線を感じて目を開けると件の女がいた。ベッドの上に。馬乗りになって。満面の笑みを浮かべて。
恐怖が一定値を越えると逆に冷静になれるのが人間という生き物らしい。今も今日の朝御飯は何かなぁとかどうでも良いこと考える余裕あるし。
決して怖すぎて現実逃避してるとかそういうのではない。
そういうのではない。
◇◆◇◆◇
「で、朝から人の家に不法侵入してなんの用?」
「不法侵入とは心外だな。窓が開いてたから入っただけだよ」
「一般的にはそれを不法侵入って言うんだよ。つーか俺の部屋窓ねえよ。地下だよ。しょうもない嘘吐くな」
前方の信号が赤になり、車は緩やかに止まる。
軽く慣性に持っていかれた体をもう一度座席に落ち着けて口を開いた。
安心院が大概ぶっ飛んだ奴であることは今更改めて言うまでもないこと。ただ、それはそれとして勝手に家に入られて何も思わないわけではないし、勝手にベッドに馬乗りになられてモーニングコールなんてされたものなら文句の一つも言いたくなる。
それもあってやや刺のある言い方になった自覚はあった。当の本人はそんなことまるで気に止めていないようだけど。
「まぁ実際のところはね、あの書き込みをしたのが誰か分かったから教えに来たんだ」
「……マジか。もう見つけたんだ」
こいつやっぱり凄いな。頭はおかしいけど。
「この程度五分あれば余裕だって言っただろ? ボクは嘘は吐かないよ」
「さっき超吐いてたけど」
嘘吐きじゃん。嘘吐かないって嘘吐くとか筋金入りの嘘吐きじゃん。
「さて、ボクは君の頼みを聞いて特定を済ませたんだ。次は君の番だよね?」
「…………え?」
◇◆◇◆◇
「ねえねえ、これ見て! ヤバくない!? 行くしかなくない!?」
「え、やばっ! マジヤバじゃん!」
「いいねー。行こ行こー!」
生まれてこの方友達なんてできた試しがないのでよく分からないのだけど、高校生の友人同士って奴は放課後にどこかに寄らなきゃいけないノルマでもあるのだろうか。
放課後、毎日あちらこちらから聞こえてくる楽しげな話し声の一つにそんな益体もない疑問が不意に持ち上がった。
しかし、あれだ。
本当に楽しそうだ。
これぞ青春って感じだ。
あんなに仲がよさそうに見えるのに、裏では悪口が飛び交っているなんてほんとに信じられない。
樋口茜。
明るく利発的でちょこまか動く小動物的な印象を受ける少女。
ぶっちゃけ話したこともなければ、そもそも今日の朝、話を聞くまで存在すらまともに知らなかったので他は何にも知らない。
安心院曰く、彼女が書き込みの犯人らしい。
そして、その標的となった被害者がそんな樋口の隣で仲良さそうに微笑む少女。
聖葵。
受ける印象でいえば、樋口と聖はよく似ているように思う。違いといえば、樋口が小柄な少女であるのに対して聖がスラッと背の高い少女であるといったところ。
とはいえ、結局俺はどちらのことも大して知らないどころか全く知らないので、なんの参考にもならないが。
「……どうしたものか」
安心院が俺に課したのは、彼女らの関係性の調査。もっと言うなら、なぜあんな悪口が書き込まれたのかの調査。失敗したら爪を剥ぐとか言ってた。
冬月先生からの依頼はあくまで特定なので、これに関しちゃ明らかに依頼の範疇を超えてる。あと、爪を剥ぐのに至ってはどんな理由があってもやっちゃだめ。いい子も悪い子も真似しちゃダメだぞ!
とまぁだから、それを理由に断ることは可能か不可能かで言えばたぶんできると思う。
ただ、今回に限っては俺が言って安心院に安心院のやり方を変えてもらった以上、あまり邪険にもできない。
俺にできる範囲のことで。そんな条件で嫌々ながらま引き受けたわけだが、これはもう無理かもしれない。
だって、俺何も知らねえし。今日一日二人のこと見てたけど、とりわけ他の友達と話すときに比べて刺々しいとかそういうのもなかった。なんなら樋口は他の友達と思わしき女子と話すとき以上に聖と話すときは楽しそうにすら見えた。
少なくとも端から見ている限りではとても仲が良さそうにしか見えなかった。
だったら、直接話して確かめてみればいい?
ははっ。俺を殺す気か。
そんなこんなでもう放課後である。なんの成果も掴めないまま放課後である。
……部室、行きたくねぇなぁ。
「どうかしたの、六道君?」
どうすれば穏便にことが運ぶか。具体的にはどんな仮病なら帰っても許されるかを思案していると、不意に頭上に影がかかる。
続いて聞き覚えのある声に顔を上げるときょとんと委員長が首を傾げていた。
「…………委員長」
「はい……?」
「ちょっと、お願いがあるんですけどいいですか?」




