遊び感覚
「じゃあ、頼んだから」
言って冬月先生は立ち上がる。
心底やる気のないだるそうだったその顔は、立ち上がって顔を上げた時にはいつもの『冬月先生』に戻っていた。
「何か分かったら教えて下さいね?」
人好きのする笑みを浮かべてそう言うと、そのまま先生は出ていく。
もはや別人格でしょあれ。
「……で、どうすんの?」
「ん? なにが?」
「や、冬月先生的には俺に余計なことはしてほしくなさそうだったけど、お前はわざわざ聞かせたってことは俺のこと巻き込む気なんだろ?」
「よく分かってるじゃん」
こいつほんと微塵も悪いことしてるって自覚ないよなぁ……。
「俺は、やめといた方がいいと思う。冬月先生自身がそれを望んでないし、転校してきたばっかでろくにクラスメイトの名前も覚えられてない奴がいても邪魔にしかならないと思う。それでも巻き込むのか?」
書き込みとやらは見た。
まぁまぁドぎついことが書いてあったけど、それはそれとして正直誰のことか俺にはさっぱりだった。
同じクラスの女子のことらしいけど、さっぱり分からん。
そんな奴がいたところで何もできないし、むしろ安心院が依頼をこなす邪魔をしかねない。
安心院がかなり自分本意な人間だってことは知ってるつもりだ。自分よければ全て良しを地でいくとんでもない奴だってことも分かってるつもりだ。
何がやりたいのかは知らないが、それでも俺のことを巻き込みたいのはここまでの成り行きからもよく分かる。
だが、だとしても依頼そっちのけで好き勝手やって失敗をするリスクを負うのは安心院にとって得策とは言えない。俺を巻き込んで嫌がらせをして楽しみたいだけなら、他にやりようはいくらでもあるはずだ。
「うん、巻き込むよ。というか、君は部員なんだから依頼を一緒に解決するのは当たり前だろ?」
「いや、お前な……」
「そもそも、君は勘違いしてるみたいだけどさ。ボクはその気になれば人間が可能なことは大概こなせるんだよ。必要か不要かで言えば別に君がいないからって困ることなんてありえないね」
随分と傲慢な物言いながらも正直全く否定できる要素はなかった。
しかし、それならそれで思うところはある。
じゃあ解放して貰えませんか。
「とはいえ、君を手放すつもりはもちろんないよ」
口に出すまでもなくダメらしい。
完全に俺への執着が珍しいオモチャに執着する倫理観がまだ育ってないタイプの子供なのが怖すぎる。そのうち腕とかもがれちゃうんじゃないかしら。
「ボクがその気になればこんな依頼は五分あれば片がつく。そもそもがボクの作って運営してるサイトでの話で匿名なんてあってないようなものだからね」
「……それ、書き込みしてる奴らが知ったら泣くぞ」
「完全な匿名なんてありえないよ。少なくとも学校のなかなんて狭い枠組みじゃあね。そんなことも考えられないならこんなもの使うべきじゃない」
「いやまぁ、そもそもこんな裏でこそこそ人の悪口書くこと自体やるべきじゃないと思うけどな……」
表でいい顔をして、裏であれこれと企まれていると気づいた時の気持ちを知って欲しい。わりとマジで人間不信になるからねあれ。
そういう回りくどいことをされるくらいならまだ安心院のように真正面から脅迫される方が……別にマシではないな。むしろやっぱりこいつが一番凶悪だわ。脅迫、ダメ、絶対。
「とりあえず、君はまずはクラスメイトのことを知るところからだね。このままじゃ名前を聞いても誰のことか分からないだろ? そんなのはつまらない。それが済んだら書き込みから誰のことなのか推測していこう」
「……」
「……? なに?」
「……いや、なんかほんとに楽しそうだなって」
常日頃から部室では、特に俺に嫌がらせをしているときは楽しそうな安心院であるが、どうにもそれに輪をかけて楽しそうな雰囲気を感じる。
こいつにとってはわりと深刻な気配のあるこの依頼も娯楽の一つに過ぎないってことなんだろうけど……。
「俺やお前にとっては無関係なことでもさ、それで今困ってるかもしれない奴がいるならちゃんと助けるべきなんじゃねえの? ここってそういう部活なんだし」
「……」
「なに?」
「いや、君が思ってたよりちゃんと部活動しようとしててちょっと驚いてる。辞めようとしてたくせに」
言葉の通り、驚愕を顔に張り付けて安心院は言った。
珍しく素の表情に見えた。
だからこそ、一瞬反応が遅れた。
「……そりゃ、半ば強制とはいえ部員である以上はちゃんとやるよ」
「……ふーん」
「なんだよその顔。なんか腹立つな」
若干言葉に詰まりながらもそう返せば、普段通りのどこか演技じみた悪い笑みを浮かべて安心院は思わせ振りに呟いた。
そして、続ける。
「まぁ、君がそこまで言うなら仕方ないね。今回はボクが折れてあげよう。貸し一つだよ?」