意外によく見てる先生
あぁ、本当はこういう人なんだな。
ポチポチやってる先生に、そんなどうでもいい感想を抱いているとこの部屋の主が口を開く。
「遅かったね。何かあったのかい?」
「冬月先生に雑用頼まれてな。今は引き受けたの後悔してる。自分でやらせりゃよかった」
「ふーん、雑用ね。……先生、言っておくけど、ボクはさっきの話、彼にも聞かせるつもりだからね?」
それまでは俺が扉を開けたことなんて意に介さずポチポチやっていた先生だったが、安心院に言われると指を止める。
それから俺に視線を向けたあと、再び安心院の方を向いて口を開いた。
「どうせ、止めたって言うこと聞かないでしょ」
「うんうん、話が早くて助かるよ先生。そういうところ、大好きだよ。ほんとに良い先生だ」
「……」
友好的な笑みを浮かべる安心院。
そんな彼女とは対照的に能面のような無表情で先生は応じる。怖い怖い。
「……あの、さっきの話って何の話?」
「話すから、まずはそんなところで立ってないで入りなよ」
「……うん」
できれば入りたくないんですけど。
なんて言ったところで無駄なのはさすがに学んだので大人しく教室に入る。
しかし、どうしたものか。冬月先生が座ってる場所はいつも俺が座ってる場所だ。つまり、座るとこがない。
……帰っちゃダメかな?
とかなんとか考えていたら、うっかり先生と目があった。
「……なに?」
「いや、俺いつもそこ座ってるんでどこ座ろうかなと」
言えば、一瞬心底鬱陶しそうな表情を見せる先生。ちょっと傷ついた。それ生徒に、というか人に向けていい表情じゃなくないですか?
これでも聞き分けのよさ諦めのよさには自信のある俺だ。「お前は立ってろ」って優しく口で言ってくれたら分かるのに。
「ここ座る?」
「……いや、やめとく」
一人座ったくらいで埋まるようなソファじゃない。気を利かせたのかポンポンと自分の隣を叩いて招く安心院の誘いを少し考えて断る。
別にそこ以外座る場所がないわけでもないし。
結局居場所に困って安心院の座るソファに身を預けるようにして立つと、安心院はのけぞるようにしてこちらに視線を向けた。
「そういえば君、驚かないんだね」
「ん?」
「先生のこと。普段とはかなり違うと思うけど」
「……あぁ。まぁ『容姿がよくて物腰穏やかで天然で生徒想いな先生』なんて現実にいるわけないし」
「……だ、そうだよ、先生?」
からかうような笑みを浮かべる安心院。
それに心底めんどくさそうに整った眉を歪めて冬月先生は口を開く。
「……なんでもかんでも疑ってかかって分かった気になってるひねくれたガキにどう思われようが心底どうでもいい」
「酷い言われよう……」
危うく心が折れるところだった。
体は頑丈でも心はわりと繊細なんだからもうちょっと優しくしてほしい。いや、まぁ仮に優しくされても次はその優しさを疑ってかかるからあんまり意味ないんだけど。
なんだ。先生、俺のことよく分かってるじゃん……。
「そもそも、別にあんた達だけが気づいてるわけじゃないから。うちのクラスの、学年の、学校中の全員が薄々なんとなく気づいてて、それでもわざわざ口に出して言うことじゃないから意図的に騙されてるだけ。それが全員にとって都合がいいことだから。それで全員楽しく過ごせるから。あんた達みたいにそれをわざわざ口に出して台無しにするような奴は、ただの空気の読めない嫌な奴か、自分のことを特別だって勘違いして他人を見下してるだけの凡人だから」
「ちょっと、オーバーキルやめてくれません?」
なんてことを言うんだ。
わりと自覚あるから傷つくじゃないか。
「……聞き捨てならないな」
いや、でもさすがに他人を見下してるつもりはないよ。ちょっと空気を読むっていうのが下手なだけでそこまでめちゃくちゃなこと思ってはないよ、ね?
自問自答していると、斜め前からどこか聞き覚えのある冷たい声が聞こえた。条件反射で背筋がゾクッとなった。
おそるおそる声のもとへと視線を落とすと不機嫌そうに腕を組む安心院の姿があった。
先生、逃げて!人の尊厳を保ってるうちに逃げて!
「たしかに彼は空気が読めないし友達もいない憐れな生き物だ。それは認めよう。でも、先生は『あんた達』と言ったね? ボクを一緒にしないで貰いたい。訂正を要求するよ」
「ねぇ、今俺のこと傷つける必要あった? つーか、勝手に俺が空気読めなくて友達いないこと認めんのやめろ。安心していいよ。訂正の余地とかないもん。お前は満場一致で嫌な奴だよ」
そもそも、お前も似たようなもんだろうが。
友達いるかどうか怪しいし、空気に関しては確実に読めない。読まない。なんならぶっ壊すまである。
……やっぱ、似てない気がしてきた。