人のことを指でさしたらいけないけどへし折るのはもっとよくない
冗談みたいなラブコメ。
安心院が持ち込んで、まんまと俺がどはまりしてしまった少女漫画。
ジャンルはコメディ寄りのラブコメであり、大まかなあらすじとしては、嘘を見抜ける超能力を生まれながらに持った主人公と嘘をつけない異星人のヒロインが非日常な日常を繰り広げていくといったもの。
嘘がないからこそ成立する冗談みたいなコメディと嘘がないからこそ響くピュアな恋愛が世間様でも人気らしい。
アニメ化、アニメ映画化とメディアでの展開を広げ、そして今回の実写映画化。
ネットの前評判は期待半分恐怖半分といった様子だったが……。
「凄く良かったね!」
「うんうん。金がかかってるだけはあったね」
「もうちょい言い方あんだろ」
映画が終わり、ちょっと休憩しようってことになって訪れたカフェ。
興奮気味に頬を薄い赤に染める委員長に身も蓋もないことを安心院は抜かす。
委員長の言う通り、映画は実際かなり面白かった。
そして、あながち安心院の言っていることも間違ってはいない。
原作の人気が人気だけに失敗は許されないというのもあったのだろう。主要キャラは演技力に定評のある話題の俳優、女優で固められていたし、素人目に見ても相当に演出は凝っていた。
そして何より、映画という限られた枠のなかで完璧に原作の世界観とストーリーを作り上げていた。制作に携わった人のなかにかなり原作愛の強い人でも居たのだろう。
「楽しめた?」
良い映画だった。
感傷に浸っていると不意に意識を現実に引き戻す声がかけられた。
咄嗟のことで返事に詰まる俺に、カラリとアイスコーヒーの氷を鳴らしてもう一度安心院は尋ねる。
「映画、楽しめた?」
「ん……ああ、うん。面白かった、と思う。特にほら、あのシーンとか」
「あぁ、あのビデオカメラの」
「それ映画泥棒じゃねえか」
「じゃあ予告?」
「じゃあ、じゃねえんだわ。なんでよりによってそこなんだよ。他にももっとあんだろ。というかせめて本編から選べよ」
「いや、ボク展開に一喜一憂する君を見るのに忙しかったからそこまで内容ちゃんと見れてないんだよね」
「映画に謝れ。つーか、恥ずかしいからやめてくんない?」
何しに映画来てんだこいつ。
「六道君、そんなに面白い顔してたの?」
「キスシーンで恥ずかしいのかちょっと顔逸らしてたのとか最高に童貞って感じで面白かったよ」
「ちゃんと映画見て!?」
◇◆◇◆◇
「……さて、この後どうする?」
一頻りからかって満足したのか、スッキリとした顔で安心院はそう切り出す。
「もう帰りたいんですけど……」
「土に?」
「お前が還ればいいのに」
散々人のことをからかって楽しんだ奴と違って、からかわれた側は満身創痍もいいところ。
本心から出た提案に返ってきた自殺教唆に偽りのない本心で応えているとカランとグラスの中で氷の落ちる音が聞こえた。
自然、そちらに視線を吸い寄せられると委員長が何が面白いのかニコニコと笑みを浮かべて俺と安心院の間に視線を向け、もうとっくに中身のなくなったグラスを傾けているところだった。
「どうかしました、委員長?」
何が面白いのか。
もし笑っている理由が俺が精神的に追い詰められているのを見るのが楽しいとかそんなのだったら土に還ろうと思いながら尋ねる。
「あ、ううん。全然大したことじゃないんだけどね、二人とも仲いいんだなぁって」
「目大丈夫ですか? 眼球の代わりにピン球とか入ってません?」
眼鏡してるから目が悪いんだろうとは思ってたけど、どうにも見えないだけじゃなくて見えちゃいけないものまで見えているらしい。俺、体質が体質だけに良い脳外科とか知らないんだけど調べて紹介した方がいいかしらん。
とかなんとかわりと本気で心配している俺をよそに当の本人は呑気にニコニコ笑っている。
「照れなくてもいいのに」
「この目を見てもまだ照れ隠しで言ってるように見えますか?」
「どれどれ……ドブみたいに濁った目だね。ザリガニとか飼ってる?」
「飼えるか。ほらね、委員長。こんな呼吸するみたいに罵倒してくる奴ですよ?」
会話に割り込んできてそのままついでとばかりに一発殴ってくる通り魔みたいな女を指さして訴える。
微笑ましいものでも見るような表情をしているのを見るに訴えが届いているかは怪しいものだけど。
「こんな罵詈雑言の具現化みたいな奴と仲良くできるのなんて訓練されたマゾくらいですよ」
「君じゃん」
「誰が訓練されたマゾだこの野郎。いい加減にしとけよ」
「というか君、人を指でさしてはいけないって教わらなかったの? へし折るよ?」
「お前こそ人の指はへし折っちゃいけないって教わらなかったの?」
慌てて指を引っ込めるときょとんとした顔で安心院が首を傾げていた。
あぁ、可哀想に。お金じゃ倫理観は買えなかったらしい。