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依頼は終わり部活は続く

 コーヒーのほろ苦い香りとクッキーの甘い香りが部屋を満たす。

 目の前に置かれたカップの中では白と黒が混ざりあい、小さな波を立てる。波紋が内から外に一往復、二往復としていくうちに白と黒の境目は曖昧になり、気づけばどちらも溶けて消えて無くなっていた。

 残った白と黒どちらでもなく、どちらの特徴も有したそれに口をつけていると、対面では訝しげな目をして安心院がそれを見る。


「……コーヒーは、ブラックに限るとボクは思うけどね」


「強いコーヒーもいいけど、優しいミルクも素敵だからな」


 どこぞのCMで円錐の先っぽ切り取ったみたいな形の女の子もそう言ってたから間違いない。


「まぁ、とりあえずお疲れ様」


「……おつかれ」


 微かに陶器同士がぶつかる音をたてながら、カップをソーサーの上に置いて小さく息を吐くと安心院は微笑を浮かべた。

 絵になる、なんてありきたりな言葉では足りないほどに神秘的なその姿と予想外の労りの言葉にほんの一瞬反応が遅れる。

 それを誤魔化すように、半ば強引に目を逸らして短く言葉を返すとクスリと小さく笑う声が聞こえた。


 あのあと、男性教員を数名引き連れて教室に戻ってきた委員長はそりゃあもう驚いていた。これが漫画ならリアクションで眼鏡かち割れるレベルで驚いていた。

 何があったのか。怪我はしていないか。

 心配やら困惑やらの感情がごちゃ混ぜになったような表情で詰め寄る委員長に、たぶん答える俺の顔はひきつっていたと思う。


 委員長が先生達を連れて帰ってくるのを教室の外で待っていたら急に崩れた。教室の外にいたので怪我は全くしていない。

 安心院がそんな感じの説明で話を纏めて、それ以上の追求も疑問も許さなかった。

 話はそれでおしまい。委員長の依頼もそのあと委員長が連れてきた先生を交えてあっという間におしまい。

 

 で、色々終わった俺と安心院はそろそろ完全下校のチャイムが鳴るであろう部室で呑気にコーヒーなんて飲みながらぐだぐだしている。帰るの超めんどい……。


「……」


 体力には自信がある。この程度の雑用で疲れるほど柔な体はしていない。というかこれまで一度たりとも体力的なしんどさというのは感じたことがない。

 だから、この頭に靄がかかったようなだるさは間違いなく精神的なもの。慣れないことをした反動。心地よい疲れ。


「……なんとなく、分かった気がする」


 いつぶりだろうか。人助けができたのは。

 ちゃんと人を助けられたのは。


「……何が?」


 助けようとして、力はあるはずなのにありすぎてうまくできなくて助けられなくて。

 そんなのを繰り返すうちにやめてしまった。ろくなことにならないと切り捨ててしまった。

 だから、忘れていた。


「人に感謝されるのは凄い気分がいいってこと」


 納得がいったというようにこくりと小さく安心院は頷く。


「……あぁ、そういうこと」


 最初は、意味の分からない部だと思った。

 気まぐれに頭のおかしい奴が頭のおかしいことをしている部だと。

 でも、今は少し違う。

 きっと、彼女も同じなのだ。

 俺も彼女も「普通」じゃない。

 多くの違いがあるけれど、およそその一点に関しては俺も彼女も等しく同じ。等しく異常。

 だから、普通を希う。

 普通じゃないから、普通に人を助けて普通に感謝されて普通にそれに満たされたい。

 だというなら、異論はない。文句もない。異議もない。

 これ以上ないほどに俺にぴったりの部じゃないか。


 これからもよろしく。そんな意味を込めて安心院を見るとそれに同意するように一度頷き、そしてとてもいい笑顔で言った。


「分かるよ。人に感謝されるのって気持ちいいよね。相手の弱み握ってるみたいで」


 やっぱなんも分かんねーや。退部しよ、退部。

完結です。

短い期間でしたがありがとうございました

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