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3 社会人の休日(午前)

篠田明の起床時間は案外早い。

明は工場勤めだが夜勤というわけではない。日付が変わる前に眠り、ラジオ体操の時間には起きているのだが、当然理由はある。


就職してから何度か自己紹介をする場面があると考えた明だが、そこで一般的に出てくるのが出身と趣味の話だ。田舎出身で高校大学と帰宅部だった明には正直つらい。

熱中したものはゲームだけ、漫画も好きだがもっぱら美少女もので硬派に語れるものはない。その状態を開き直れるような性格でもない。

結局地元トークでしのぐしかないのが現状だ。


ということで、明はお一人様でもできる、恥ずかしくない趣味を模索した。

その中で継続しているのが筋トレ、自転車、そして某有名位置ゲームである。

きつい運動ができない人間が行き着く、最後の砦ともいうべき趣味である。


筋トレと自転車は漫画の影響、位置ゲームはゲーム好きをカモフラージュするためであったが、もともとコレクター的なことをやってきた明にはウマが合ったようで、大学卒業前からずっと続いている。


朝が早いのは筋トレのためだ。

筋トレは朝にやる、筋トレの1時間前には朝ごはんを食べる、を実践するために毎朝5時に起きている。


ルーティーンを終えてシャワーを終えると、呼び鈴が鳴った。

休みに入る前に同期との懇親会があったものの、今日は数少ない友人との約束もないし、実家から荷物が送られるという連絡もない。借り上げ社宅であるワンルームマンションへの訪問である。テレビ局の手先や怪しい勧誘、警戒に越したことはない。

明は息を殺してドアスコープを覗き込んだ。


そこに立っていたのは黒髪の少女だった。見た目は小学校に上がったくらいの年齢で、着物を着ていた。


(はい、宗教ですね。本当にありがとうございました。)


まわりに大人はいないが、きっと階段の陰にでも隠れているのだろう。

無視することに決めた明は息を殺してドアから離れ、ヘッドホンをつけてゲームを始めた。

その後も何度が呼び鈴は鳴ったが、すべて無視していると、数分後には鳴らなくなった。

あきらめたのだろう、そう思った明はそのままゲームに熱中するのであった。


2時間後、小休止を取った明はスマホを手にした。

「もうこんな時間か」


今日は休日、コンビニで昼食を調達しようと着替えてアパートのドアを勢いよく開けた明の前に先ほどの少女が立っていた。少女はじっと明を見つめつつ、若干不思議なイントネーションで挨拶をしてきた。


「はじめまして」

(これはヤバイ)


思った以上にしっかりとした、かわいらしい声に一瞬ドキッとしたものの、どう見ても怪しい。

後悔しても後の祭り、今更ドアを閉めて引き籠るのはバツが悪い。こうなってはスルーしかない、即座にそう判断し明は動いた。


「・・・」


素早く外に出て鍵をかける。

極力少女の方を見ないようにして、階段の方へ歩き出した。


「少々待ちましたが、ようやくご挨拶できました」

「・・・」

「何か御用時があるのですか?少しだけお話をさせてほしいのですが」

「・・・」。

「無視でしょうか、であれば私にも考えがありますよ」

「・・・」


階段を降りて、自転車乗り場まで少女はついてきた。その間、少女は話しかけてきていたが明はすべてスルーしていた。

自転車の鍵を外そうとしたとき、明は異常に気が付いた。後輪に見覚えのないチェーンロックがかかっている。


「え?」


想定外の事態にあせる。他人の自転車には特に異常がない。まさか、と少女に目を向けると、少女は小さな鍵を手に持っていた。鍵を変えられた、と理解すると同時に背筋に冷たい汗が流れる。


自転車置き場にある自転車は一台ではない。見たところ、鍵かかけられているのは自分の自転車だけ、ということは、明の自転車だと把握されている。明確に自分をターゲットにしているということを理解したからだ。


「話、聞いてください」


にっこりと笑う少女を、明は無言で見つめるのであった。


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