打ち上げ花火編6 千葉県銚子市 ???
光が収まった次の瞬間、時間が巻き戻ったように、レンズは無傷でそこに存在していた。
「・・・」
「・・・」
明もメイも何が起こったのか分からなかった。
確かなのは、光の中に見えた ‘IF’ という文字。これはまさか。
「見た?」
「見ました」
「さっきの、‘打ち上げ花火’の劇中の奴に見えたんだけど」
「私にもそう見えました」
メイはそういって黙る。何か考えているようだ。
この状況、明にはどうすることもできない。ほどなく、メイが話を始めた。
「結果のコアを確実に破壊した、にもかかわらず再生した。考えられることは、コアのバックアップ機能による結界の修復です」
「バックアップって?」
「可能性が高いのは、向こうの部屋のレンズです。」
そういってメイはもう一つのレンズの近くへと移動した。明もついていく。メイはレンズを手でペタペタ触り、うなずく。
「やはり、これがバックアップのようですね。ただ・・・」
「ただ?」
「いえ、まずは二つのレンズを二人で同時に破壊しましょう」
「二人でって言っても、俺、そんなことできないよ」
明はメイの腕を指さす。
「明さんにはそれがあります」
メイが示したのは、キーホルダー。先日の襲撃時に手に入れた神具である。
「貸してください」
キーホルダーを受け取ったメイは形状を刃渡り1メートルほどの西洋剣へと変化させ、明へと返した。明が剣に目を向ける。
[神具:霧刃
拡張スキルスロット;爪撃]
「スキルがついてる」
「一時的に私の力を付与しました。一度だけならいけるはずです。タイミングを合わせて、振り下ろしてください。明さんは、あちらのレンズをお願いします」
そういうと、メイは視線をもう片方の部屋へと向けた。
明が部屋を移動し、レンズの前についたことを確認して、メイが明に向って声を張り上げる。
「いいですか?いきますよ?」
「OK」
「1、2、3の3で攻撃してください。1、2、3!」
「3!」
二人が同時にレンズに切りかかる。明が振るった剣はナイフがバターを切るようにレンズを両断した。メイの爪はさきほどと同様にもう一つのレンズを両断している。
次の瞬間、再び光があふれだす。
――IF――
光が収まると、二つのレンズは壊れる前の状態で残っていた。
メイが戻って来る。
「効果なし。というかやっぱりアレは・・・」
明のつぶやきにメイが答える。
「ええ。この結界が‘打ち上げ’を見た人たちの想いに影響を受けていること可能性は高いですね。そうなると、ちょっと、いやかなり厄介ですね」
「・・・」
「現状を鑑みるに、コアを破壊した直後に、‘コアが破壊しておらず結界が壊れていない’という仮定の世界を上書きすることで結界を維持している」
「壊されなかった状態を自動で読み込んでいるのか」
「・・・仮定の状況を現実世界に再現するために、ここに聖地巡礼に来た人の'想い'が消費されています。蓄積された想いが尽きればこの再生はしなくなると思いますが・・・」
メイは続けた。
「一回の復元に必要な想いは極少量でしょう。加えて何年もの間の聖地巡礼者によって蓄積された想いです。そう簡単にはなくならないと思います。壊しつづければいつかは尽きると思いますが」
「どれくらいかかる?」
「少なくとも、単位としては日オーダーだと思います」
それは困る。岬に来て行方不明になるとか、失踪者ではないか。
というか、餓死の危機だ。
「なんとかならないの?」
「そもそもこの事象を引き起こした根本原因が取り除ければ・・・」
メイは明に向き直った。
「明さん、そもそも先ほど何をしたんですか?」
「何をって・・・説明を見てたときはなにも起きてなかったし、このレンズに目を向けただけだよ」
「覚えていることはありますか?」
「しいて言えば・・・この状況になる前に、レンズが光った気がするな。キラって。というか、メイはどうなのさ。何かしなかったの?」
「私は説明を読んでいる途中でした」
そうなると、やはり自分か、と明は考えた。というか、光と言えば。
「そういえば、今日色々な場所巡ったけど、なんだが眩しくなかった?」
「眩しい?」
「そう。写真撮るときとか、逆光ってわけでもないのにやけに眩しさを感じたんだよね。そのわりに写真はちゃんと取れているし」
「そうでしたか?私にはそんな感覚はありませんでしたが」
いや、そうだよ。と明はタブレットを取り出した。今日撮った写真を見返そうとする。
最初の写真を表示させたとき、状況が変化した。タブレットが発光し始めたのだ。
「明さん!」
メイがタブレットを明から取り上げると同時に、ディスプレーからあふれた光は光の玉を形成した。メイが明をかばうと同時に光球は収束、その場には小さな綿毛が現れた。
綿毛はその場で停止している。メイが警戒しつつ近づくが、何も反応しない。
「これは・・・何かの欠片?」
投げ捨てられたタブレットは未だ淡い光を放っている。
明は慎重に近づき、拾い上げた。
「別の写真を表示させてください」
メイが明に言った。明が別の写真を表示させると、先ほどと同様に光玉が現れやはり綿毛が現れた。
次へ、次へ、次へ、写真をめくるたびに綿毛が現れる。
最終的に先ほど灯台の上で取った写真を表示したとき、ひときわ大きな綿毛が現れた。小さな綿毛が大きな綿毛に集合していく。
集合後、そこには直径3センチ程度の白い綿毛が漂っていた。
見た目は密度の高いタンポポの綿毛。綿毛が展示されているレンズに近づいていく。
同時に、レンズが光りだした。光は収束し、もう一つ、少し小さい綿毛が現れる。と同時に、展示室の雰囲気が変わるのが明にも感じられた。全身に鳥肌が立つような強烈な敵意。ほどなく、展示物が明に向けて勢いよく飛んできた。
明に激突する、と思われたとき小さい方の綿毛から柔らかな光が発せられた。綿毛によって明の周囲2メートル程度が半円状の光の壁に覆われる。飛んできた展示物はその領域内に入った途端、勢いを失って床へと落下していた。
「明さん、今です!タイミング合わせてコアを!」
メイが向こうの部屋のコアへと走り出す。メイの周囲には大きい方の綿毛が空中を漂い、同様に飛んできた展示物を排除している。
メイが走りながらカウントする。
「1、2、3!」
「3!」
先ほどと同様に二つのレンズが同時に両断された。
光があふれだし、収まっていく。消える直前、小さな白蛇を見たような気がした。




