打ち上げ花火編5 千葉県銚子市 ???
立ち眩みのような感覚は一瞬でなくなった。メイに視線を移すと、メイも明に視線を投げてきた。どうも同じ違和感を感じたらしい。
「今のは・・・?」
「これは、結界ですね。取り込まれました」
真面目な顔になって周りを警戒しながらメイが明の近くにやって来る。明は周囲を見回すが、特に変わったことは見えない。
そのまま数分の間、警戒していたが、何も起こらないために移動することにした。
出口の扉に近づき、メイが慎重に扉を開ける。
扉を開けた先に広がっていたのは、期待した外の景色ではなかった。扉の先には今いる展示室と同じ展示室が続いている。部屋の奥には巨大なレンズも見える。
「え・・・?」
思わず明が振り返る。扉の先に見えるレンズは振り返った先にもある。一見すると全く同じだ。
メイが口を開いた。
「これは・・・合わせ鏡の結界、の亜種ですね」
「合わせ鏡?」
「鏡を向かい合わせにすると、写像が無限に続きますよね?魔力を使って結界を構成するときに、その理屈を応用したものだと思ってください。無数のダミーユニットを作り出して対象を閉じ込めるんです。今回はこの展示室がダミーユニットということでしょう。」
ほら、とメイが扉のむこう、もう一方の部屋にある掲示板を指さした。
そこに書かれている文字は鏡に映ったときのように反転していた。
「解決策は?」
「こういう結果の場合、核となっているものを破壊すればいいのですが・・・」
メイも振り返り、奥に鎮座するレンズへと視線を移した。ゆっくりと近づき、手で触れる。
「おそらくはこのレンズでしょうね」
「これを破壊するの?」
「そうです・・・ねっ!」
そういうとメイは拳をレンズに叩きつけた。拳はいつの間にか硬質の爬虫類のような見た目に変わっている。おそらくドラゴン本来の手なのだろう。ガンッという重量物を殴ったときの音がしてレンズが少し傷ついたが、一瞬の後、レンズが再生する。
「うぉっ」
突然の凶行に驚く明だが、メイは涼しい顔だ。
「まぁ、こうなるでしょうね」
「いきなりだな!」
「すいません。でも、分かりました。少し違和感がありますが、これがコアであることは間違いないですね」
「壊すのか・・・」
目玉展示物を壊さないとここから出られない。かといって壊したら確実に弁償案件である。正直詰んでる。
「これが敵の狙いか」
「いえ、そこはまだわかりません」
いつの間にかつぶやいていた明の独り言にメイが反応する。
「基本的にこの種の結界を採用する場合、目的は足止めと戦力削りの2つです。にもかかわらず、今回は戦力を削るための仕掛けが何もない。矢が飛んできたり、溶解液が降ってきたりしてないですよね。もっと致命的な状況を再現してもいいのに、この展示室が再現されている時点で不可解です。コアがむき出しというのも不自然です」
メイの言葉に対し、そんなに危険な結界なのかと背筋が冷えた明にメイは続ける。
「そうなると目的は足止めですが、足止め特化型の結界を発動する理由が読めないんです。私たちは直前まで何も気づかなかった。無駄に魔力を消耗して結界を発動するよりも、その魔力を使って不意打ちした方が効率的です。力が回復していないので不意打ちしたくないなら、そのまま何もせずに私たちをスルーしたほうが賢い。・・・私の見解だと、これは事故かもしれません」
「事故?」
「この世界にも魔力は存在します。ましてここは観光地かつ‘打ち上げ花火’の聖地です。色々な人が様々な想いをもってここに来たのでしょう。その蓄積した想いは象徴的な物体に宿る。今回はこのレンズですね。それが何らかのトリガーによって結界という形で発動した」
「トリガーって、まさか」
「それは私たちでしょうね。明さんは以前もここに来たことはあるのですよね。その時は発動しなかったということは、私か、あるいは‘奴’か」
やつ、というのは先日襲ってきた告死天使のことだろう。
「ここで悩んでも仕方ありません。まずはここを出ましょう」
そのことだけど・・・と明は続ける。
「このコア壊さないとダメ?そんなことしたら社会的に死んでしまう」
「これはあくまでも結界のコアです。本物ではありません。破壊して元の展示室に戻ったらレンズは結界発動前の状態で残っているはずです」
はず、という言葉に不安を感じるが、それ以外に手がないのであればしょうがない。
「壊せる?」
「全力を出せば、大丈夫でしょう」
メイは両手をドラゴンの腕に変化させ、右手の鋭い爪を2メートル近く伸ばした。
こういうときにチート持ち使い魔は頼もしい。
「いきます」
そういうと、薪を斧で割るように、爪を使ってレンズを上から下に両断した。
レンズが砕ける、と思った瞬間、レンズの中心から光が放たれる。
――IF――
光の中、その文字だけがやけにくっきり見えた。




