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森に発つ日は朝から身支度にかなり時間がかかった。何せ泉にいらっしゃる神様のような存在に会いに行かれるのですから、とササキさんはテキパキ指示を出しながら語った。ゲームとかでみるローマの人みたいな白くて長くて、そしてめちゃくちゃ肌触りのいい服を着せてもらった。ただ布の重なりがすごくてひとりで着れない設計らしく、そこで動かず立っててください!と言われて身ぐるみ剥がされた時は恥ずかしさでどうにかなりそうだった…
すでに我が物顔で春を連れ出すアランを横目に部屋を出るとシンプルだが気品のある装飾がなされている馬車が用意されていた。あまり目立つのは良くないからと、シンプルなものをこしらえたそうだ。十分良い馬車だけどな。馬は馬で良かったが馬車は外の景色を楽しめていい。ここに来たとき馬に乗ってきたが、馬が駆け出した時はその勢いのあまりのよさに思わずセドの腕をきつく握ってしまった覚えがある。だが馬ならばこの目の前のいちゃいちゃする2人を見なくてすんだかもしれないとは思う。
「春、もっと顔をよく見せてくれ」
「ちょっと!アラン顔が近いよー」
いわゆる顎クイをされている春には軽く化粧が施されていて、春のほんのりと色づいた頬やイチゴのように赤くてぷるんとした唇はそれによりいっそう磨きがかかっていた。ちなみに俺は全力の抵抗の末に根負けし、うすーく化粧を施されている。
「アラン様、はしたないことはおやめください」
「む、ここにいるのはお前らしかいないのだから良いではないか」
確かに俺の向かいに春、隣にアラン、その向かいがルカという座り位置で、アランにとっては気の知れたものばかりである。が、そういう問題ではないらしい。
「普段行なっている言動はふとした時に出てしまうものです。常に上品な行動をお心掛けください。」
「分かっている。ちょっと興がのっただけだ。」
アランは春に差し出していた手をすっと引き、面白くなさそうに窓の外に目をやった。春も名残惜しそうにその手を見つめたあと窓に目を移した。
森があったと記述されるところに来て降りてみるとあたりにはだたっ広い草地が広がっているだけだった。がしかし何がトリガーだったのかは全く分からなかったが、数歩歩いた俺と春の前に突如として森が現れた。それは大地が揺れるように出現したのではなく、霧が晴れるように穏やかに美しく現れた。
中にはいるのは俺と春だけ。他の者が入ると出てこられなくなることがあるらしい。やっぱりアランは春の頬にキスして、ルカに睨まれて、やっと森の中に入った。
森は明るくて空気も心地よく、時折鳥のさえずりが聞こえてきた。道があるわけではないが、なんとなく進む方向が示されている気がする。春は森に入ってからいつになく暗い表情をしていたが、ひとことぽつりとつぶやいた。
「やっぱりルカってアランのこと好きなのかなぁ」
"そういう話題"でテンションの上がっていない春を見るのは初めてかもしれない。いや、まぁ悲恋ものを読んだらしい後はこんなテンションなことはままあるけど。
「なんでそう思うんだ?」
「僕とアランが話してるとすごく睨んでくることがけっこうあって。さっきだってそうだよ、やきもち焼いてたのかな…」
それはお前の気のせいだと思うぞ…あの不機嫌な顔でアランをせっつく様子は姑のようだ…とは真剣に悩んでるらしい春には流石にいえず、
「ルカの気持ちは分からないけど、俺からしてみると王様になる身のアランを思って宰相としてアランの周りに気を配ってるだと思うけどな」
「…たしかにそれもそうかもね」
再び黙り込んでしまった春が変な着地点を見つけないように早く泉まで行ってしまおう、と思う怜だった。




