楽しめてる人が一番強い
できるだけ専門用語は省いたつもりですが、デッキ(ゲームをプレイするのに必要なカードの束)だけは外せませんでしたので、ここで説明を。
その姉弟の間では、幼い頃からとあるカードゲームで遊ぶ事が多かった。
二人共そのカードゲームが大好きで、何年もずっと遊び続けた結果、姉弟揃って地元では敵なしの強さになっていた。
しかし、成長するに従って二人の考え方に違いが生じ始め、両方が全国大会出場を決めたある日、それは起こった。
「姉貴、全国大会には出ない方が良い」
「どうしたの? もしかして、皆の前で私に負けるのが怖いの?」
「そうじゃねぇ。ここから先の相手は、俺の様に勝つ事しか頭に無い連中ばかりだ。そんな奴等とバトルをし続けて、姉貴がこのゲームを嫌いにならないか心配で」
「ふふ、弟のクセに私の心配? 大丈夫。そっちの意味でも、私はそんなに弱くないわよ」
確かに昔から弟にとって、堂々とした姉の姿は強さの象徴だった。
「それに私は、別にアンタの様な考え方を否定するつもりは無いわ。私みたいにバトルを全力で楽しむタイプもいれば、アンタみたいに勝ちにこだわる人もいる。それで良いのよ」
「それは……」
「でも、どうしてもと言うなら、今ここでバトルしようか。もしアンタが勝ったら、大会出場を辞退する……ううん、その時はこのデッキをアンタに渡して、私はこのゲームを辞める。アンタの言う通り、大好きなまま……」
「いや、何もそこまでしなくても」
「アンタが言った言葉って、それだけ重大な意味のあるものよ。さぁ、デッキを出しなさい!」
「……分かったよ、やってやらぁ!」
その結果。
「あ~あ、負けちゃった」
「姉貴……」
「そんな顔しないの。バトル中あんなに楽しそうだったのに」
「そりゃ、姉貴とのバトルはいつも楽しいよ。常に何が飛んでくるか分からないワクワクがあって。でも、俺にはそんなバトルは出来ない」
「だからそれで良いんだって。ほら、これ持って私の分まで頑張って来なさい」
姉に今相対したばかりのデッキを手渡された弟は、姉から奪った物の重さに歯を食い縛る。
「でもね、負けた私が言えた事じゃないけど、これだけは言わせて。バトルする事がただ勝つための作業になっちゃったら、辛いよ」
弟は無言で、苦々しい表情のまま自室に戻って行った。
少し後、物がぶつかる大きな音と共に、弟の独り言が聞こえてきた。
「クソ! そんな事、俺が一番分かってる! それでも、俺は……」
「 」
扉越しに弟に向けたその言葉は、誰の耳にも届かなかった。
そして全国大会当日。
優勝候補の一角だった姉の出場辞退に場が騒然となったが、大会は無事始まった。
弟は順調に勝ち進み、ついに決勝戦にまで到達した。
「大丈夫かなぁ? 何かすっごいやつれてるけど」
しかし観客席で見ていた姉には、弟がバトルの度にどんどん疲弊し、今にも倒れそうな危険な状態に見えた。
そして決勝戦が始まったその時、その事故は起こってしまった。
最初の手札を見た弟の表情がみるみる険しくなり、審判に報告した。
「持って来るデッキを、間違えました……」
そのデッキは、姉のデッキだった。度重なる緊張と疲労で、冷静な判断が出来なくなっていたのだ。
「うわぁ、最後の最後でやっちゃったよ。どうなるんだろう」
普段から飄々としている姉ですら固唾を飲んで見守る中、話し合いが続く。
その結果、そのデッキで決勝戦を行う、と言う事で決着した。どうやら対戦相手がそう主張したらしい。
「へぇ、そのまま不戦勝にも出来ただろうに。律儀な子ねぇ……あっ、あれは違うわね。あの顔はどうせ勝つなら、って顔だわ」
姉は、対戦相手が『どうせ楽に勝てるのならば、不戦勝にして場を白けさせる必要も無いだろう』と考え、あえてバトルを承諾した事を見抜いた。
「随分なめられたものね。でも、そんな相手にこそあのデッキは強いわよ……とは言え、それも弟次第ね」
姉のデッキは、内容からは想像出来ない強さを発揮する事で有名なのだが、同時に姉以外決して使いこなせないと言われている。
案の定、決勝戦が始まると一方的な試合展開になる。
「使えないとか良く言われるけど、あのデッキはちょっと気付けばすぐ使えるようになるんだけどねぇ。さて、間に合うかしら?」
どんどん追い詰められる内に、弟にちょっとした異変が起こる。
「アイツ、笑ってる? 気付いたのか自棄になったのか。どちらにせよ、勝ちは目前ね」
等と意味不明な供述をする姉の言葉通り、そこからの形勢が一気に変転していった。適当にプレイした様にしか見えない一見不合理な一手が、後々になって次々と噛み合っていく。
そして弟は、見事敗北寸前からの大逆転勝利を果たした!
表彰式を終え、晴れて頂点に立った弟は、優勝者インタビューでこう語った。
「お気付きの方もいると思いますが、決勝戦で使ったデッキは、全国大会の出場を辞退した私の姉の物です。つまり私は、私自身の手で、ライバルでもある姉こそが頂点に立つべき存在である事を証明してしまったのです」
『な、なんだってぇえ!?』
いきなりのトンデモ発言に、姉は思わず叫びそうになった。
「姉は誰よりもバトルを楽しみ続け、そんな姉のデッキを使った私も楽しかった。しかもそれで勝ててしまったのだから、今まで何をやってたんだろうとさえ思います」
発言の真意が読めず、静かに次の言葉を待つ観衆達(姉含む)。
「皆さん、このゲームを目一杯楽しんで下さい。私が、このデッキが頂点にあると言う事はつまり、誰よりも楽しんだ人が一番強いと言う事の証明なのですから!」
かなりの飛躍はあるものの、全国大会優勝者のこの言葉は、ゲームの環境に少なからず影響を与えた。
どうやら誰よりも影響を受けたのがカード製作陣らしく、後に追加されたカードには、一見本当に意味が分からない物が増えたのだとか。
そして後日……
「なぁ姉貴、たまには一緒に遊ぼうぜ」
そう言って弟は、あのカードゲームの最新パックを姉に見せる。
「もうバトルはしないって言ったじゃない……」
口ではそう言う姉の表情には、明らかな未練が見て取れる。
「バトルじゃねぇって。これはただのおみくじだ。ちょっと遊ぶ機能が付いた、な」
「おみくじ? どう言う事?」
「ルールはこうだ。互いに一つずつパックを取り、入ってるカードをデッキとする」
「デッキを作る、じゃなくて?」
「そうだ、残さず全部デッキだ。これなら、戦術も何も無いただの引き勝負だから、バトルじゃないだろう?」
「へぇ……おみくじならしょうが無いわね、一緒に引いてあげるわよ(ニヤリ)」
「そうこなくっちゃ!」
こうして、後に弟曰く『人生で最も面白かった一戦』が始まった。
「じゃあ私はこれ」
「よし、始めるか!」
「今こんなカードがあるのね……ふむふむ」
「えっ、姉貴そんなカード引いてたのか!」
「今のコンボ、実戦でも使えるレベルだったぞ」
「いや、姉貴ちょっと待っ……」
結果はもちろん。
「俺のボロ負けか」
「アンタ、弱くなったんじゃない?」
「いやいや、姉貴の引きがエグ過ぎただけだって!」
「ぷっ」
「「あっははははははは……」」
気が付けば二人は、一緒に笑い合っていた。
「……ありがとな。お陰で覚悟が決まった」
「何、アンタも辞めるの?」
「バカ言え、逆だよ。俺は姉貴の分まで徹底的にこのゲームを楽しみ尽くす。誰が来ようが全部はね除けて、俺こそが誰よりも楽しんでるって事を証明し続けてやる!」
「ふふっ。今なら、アンタに託して良かったと堂々と言えるよ」
「姉貴も次の楽しみを見つけなきゃな。さしあたって、彼氏とかなってくれそうな人いないのか?」
「余計なお世話よ!(ゲシッ)」
それぞれ道は違えても、絆はそこに残る。
強い決心の元に歩む二人の先には、決して交わらぬ、しかし自分達が信じた『楽しい』に満ちた未来が待っている。
このカードゲームのモデルはおそらく……