向かうべき場所
ようやく眠りについたエリスの額に、ハリーはそっとキスをした。
エリスの額はうっすらと汗ばんでいた。頭痛に耐えているせいだろう。本当は暑さのせいもあるのだろうが、少し苦しそうなエリスの寝顔を見ていると、汗が滲んでいる原因は頭痛だとしか思えなくなってくる。ハリーはエリスの真っ白なおでこを、愛しげに撫でた。
父子でこしらえた夕飯を食べているときに、突然地震が襲った。テーブルが乗っている食器ごと縦に跳ね、低い地鳴りが唸りを上げ、家中ががたがたと喚きたてた。地震など、エリスばかりかハリーにとっても初めて経験する現象だった。二人は飛び上がって驚いた。
ゆさゆさと家が揺れ埃が落ちてくる中で、最初は息を呑んで見守っていた。しかし、家が倒壊するかもしれないという嫌な推測が閃いた瞬間、ハリーはエリスを抱えて表に飛び出していた。
庭に飛び出したハリーとハリーの脇に抱えられたエリスが、しばらくの間、物も言えずにいると、地震は唐突に収まった。鳴動から一転、静寂へ。二人は呆気に取られた。
なんだこりゃ? これが地震というものなのか?
とにもかくにも、安堵した二人は家の中に戻り、食べ物がぶちまけられたテーブルといろんなものが散乱する床に呆れ果て、深い溜め息をついた父と娘は、同時に椅子に腰を落とした。その直後だった。エリスが頭を抑えて、痛い、と悲鳴を上げた。ハリーは再び飛び上がった。
初めはかなりの痛みだったらしく、エリスは可愛い顔をきつくしかめて、声も出せないほど痛がっていた。しかし、痛みは徐々に収まっていったようで、そのうち顔を上げて、大丈夫みたい、と言った。
「熱が出たときみたい」
エリスの顔は、ほんの短時間のうちに病んだような憔悴の色に染まっていた。
初体験の地震にびっくりしたのか。それとも暑い日中に帽子も被らずにいたものだから、熱中症にでもかかったのか。ハリーは頭痛の原因をそう推測して、エリスに言った。エリスはわからないと答えた。
「痛むかい?」
「ちょっとだけ」
エリスの顔色は冴えなかった。
「もう休んだほうがいい、もし、痛みがひどいようだったらダイダーの所にいこう」
ハリーは、頷いたエリスを抱きかかえて寝室につれていきベッドに寝かせた。
「眠るまで傍に居るよ」
いつもなら、恥ずかしそうな顔で怒って拒絶するのに、その時のエリスは、「うん」と答えた。エリスの頭の痛みは穏やかではないのかもしれない。エリスのいつにない素直さに、ハリーの心配は強まった。
「パパ…」
「なんだい?」
「ありがとう」
場合が場合ならハリーが号泣するような台詞を言って、エリスは目を閉じた。
ハリーは眠ったエリスの手が握る自分の節くれだった指を、そっと抜いた。心配だが、これ以上心配してもしてやれることはなかった。音を立てないように慎重に溜め息をついて、ハリーは腰を上げた。後でもう一度観にくることにして、ハリーはエリスの部屋を出た。
テーブルの上を片づけ、後の片づけは諦め、ハリーは自室に戻った。時間はまだ早い。それに地震や何やらで目が冴えていたし、エリスが心配で眠れそうもなかった。ぼんやりして過ごすのはハリーの趣味ではなかった。エリスの心配をして頭を抱えて過ごすというのも、なんだかハリーの趣味ではない。何かで時間を潰さなくてはならない。
部屋を見回しながら模索した結果、ハリーは栽培方法について書かれた本を読むことにした。本棚から手に取ったその本は、この数日集中的に読んでいる本だった。
読書は趣味ではないが勉強は好きだった。特に植物の栽培方法などの技術の手解きをしてくれる本を読むのは、実生活に役に立つので読む気が増す。しかし、今夜ばかりは、気を紛らわすためのものにしかならなそうだった。
徹夜をしようという決心をして、ハリーは手にとった本のしおりを挟んでいるページを開いた。いま読んでいる章の筆者の文章はかなり手強かった。昔に独学で勉強したおかげでかなり難解な文章でも読解できるが、この本の文章は語意が難しい上に文法も難しい。
「相変わらず読みにくい……」
ハリーは、眉間に皺を刻んだ表情で、横書きの文章を追い始めた。
右側の少し厚みが減り、左側の厚みが少し増えた頃、ハリーは気配を感じて頭を上げた。戸口に目を走らせたハリーは、驚きの声をあげて本を畳んだ。寝た時のワンピース姿で、エリスが立っていたのだ。
「どうしたんだ、エリス!」
本を机の上に放り投げ、安楽椅子から腰を浮かしたハリーは、異変を悟ってハッとなった。エリスの顔には表情が無かった。無表情な顔で棒立ちに立ち尽くし、瞳は虚ろだった。ハリーは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「エリス?」
エリスは無反応だった。微動だにせず、見開いた虚ろな目で、ずっとハリーを見つめている。
まばたきをしていない!
ぎょっとなったハリーは、エリスに駆け寄った。ハリーの手がエリスの肩を掴むか掴まないかの時に、エリスの口が開いた。
「フラットヤンハー」
ハリーはゾッとして手を引っ込めた。間違いなくエリスの口から出た声は、間違いなくエリスの声ではなかった。
「フラットヤンハーに向かえ」
その声は、やや低い少年のものであった。
エリスが瞬きをした。目に光が点った。だが、その目はハリーの見慣れているエリスの目ではなかった。自我の存在をはっきりと感じさせるその両眼は、ハリーの両眼をまっすぐに凝視してきた。
「僕の名はアトリー」
「な…何‥」
こいつは何だ?
戦慄のようなものを感じて、ハリーは身をひいて半身に構えた。
「フラットヤンハーに行き、僕を解放してほしい。この子の中に取り込まれてしまい、自力では分離できない」
ハリーの全身は汗を吹いていた。
「ど……どこに、だって…?」
声は掠れて、音になっていなかった。喉がからからに渇いている。ハリーが言い直そうとしたとき、エリスの中の「何か」が遮るように答えを返した。
「フラットヤンハー」
そう言うと、得体の知れない両眼は目蓋を下ろしていった。
目蓋が落ち、気配が消え、エリスの体が力を失う。ぐらっと揺れたかと思うと、エリスの体はぺたんと座り込み、そのまま仰向けに倒れていった。我に返ったハリーが、床にぶつかる直前の、エリスの頭を受けとめた。
ハリーの腕の中、凝視する中で、エリスは静かな寝息を立てていた。まるで何事もなかったかのようだった。エリスは寝ている。寝顔と寝息は当然のことだった。その尋常さに、ハリーの混乱は増した。
混乱は急速に収まっていった。代わって、恐怖と危機感が頭をもたげてきた。下を見れば、エリスの寝顔。顔を上げれば、その先に、あの得体の知れない何者かがいた。確かにいたのだ。エリスの中に、誰かが。ハリーの脳裏に、ついさっきの記憶が蘇ってきた。
解放しろ? 分離できない? 同居? ふざけやがって!
ハリーの奥歯が、鈍いきしりを上げた。
「エリス! エリス!」
ハリーはエリスを揺さぶった。かなり激しく揺さぶり続けた。しかし、エリスは目を醒まさない。エリスの名を半ば叫びながら、ハリーの顔は蒼白になっていった。
これだけ揺すっても目を醒まさないのは、死んだ奴だけだ!
「ちくしょう!」
ハリーはエリスを抱きかかえ、机の獣脂ランプの把手を掴み、部屋の外に飛び出した。
悪霊だ。悪い精霊が憑いたに違いない。もしくは、妖魔がとり憑いたに違いない。このままでは、エリスはとり殺されてしまう。アーチをくぐったハリーは、星と月の光だけが照らす夜道へ走りだした。
目的地は祓師のダイダーの所だ。ダイダーは魔術士であり魔導士であり村の薬師であり祓師でもある。ダイダーならば除霊もできるはずだ。ダイダーは幸いにも近い場所にいる。
ハリーは一旦止まり、抱きかかえるエリスを背負い直して、走る速度を上げた。揺れるランプの心許ない明かりを頼りに、ハリーは玉の汗を散らしながら走った。夏の夜空に浮かぶ雲の合間から大きな月が世界を濃紺に染め上げ輝かせていた。いつもは美しく感じる月光が、ハリーには酷薄に感じられた。ハリーはその夜空の下を戦慄しながら全力で駆けた。
ダイダーは石造りの円柱状の古びた塔に住んでいた。村の長老の記憶よりも古くから建っている古塔は風雪に削られてボロボロだった。ハリーがこの村に来た時には玄関の扉すらなかった。ハリーと同じよそ者であるダイダーを手助けする村人はいなかったから、長いことダイダーは玄関扉も無い状態で生活をしていたようだった。同じよそ者仲間として親近感を覚えたハリーが窓や玄関を拵えた。その時には、ダイダーが随分と喜んだものだ。その自分が拵えた半円型の古びた木の扉をハリーは力まかせに殴りつけ、肺腑の底から叫んだ。
「ダイダー!」
ハリーはずり落ちるエリスを背負い直しながら扉をガンガンと叩き続けた。この後に及んでもエリスは眠り続けている。
「くそお…ダイダー!」
扉の隙間から光が漏れた。ハリーはなお一層力を込めて扉を叩いた。
「早くしてくれ、ダイダー! エリスが、エリスが…!」
扉が開いた。ほっそりとした顔立ちに黒ぶちの眼鏡をかけた黒髪の若い女性が、寝間着に長袖の紺の上着を肩に掛けていた。おっとりした感じの女性魔術士は目を丸くして、外見通りのおっとりした口調で驚いた声を出した。
「ハリーさん、どうしたのですか?!」
「ダイダー、エリスが…!」
取り乱すハリーに、落ち着くようにとダイダーが言った。ハリーは息を飲み込むようにして整えた。 ハリーがかいつまんで説明をすると、ダイダーの眼鏡の向こうの目つきが真剣なものに変わった。ダイダーはハリーを中に招きいれた。ハリーは礼を言って中に入り、暖炉前の古びたソファの上にエリスを下ろした。
「支度します。エリスさんを屋上に運んでください。除霊を試みます」
「ありがとうダイダー。恩に着る」
「お礼は終わった後にしてください。エリスさんを屋上へ運んで下さい」
ダイダーはそう言って身を翻し、おっとりとした見かけと違って素早い動きで準備を整えはじめた。
ハリーは額に張りついた髪を掻き上げると、再びエリスを抱き上げ屋上へと続く階段を上がった。最上部には、これまたハリーの作った木製の天井扉があり、それを肩と頭で跳ね上げた。
屋上は何もない所だった。月明りに辛うじて、床の石に刻み込まれた魔方陣を見ることができる。風もなく、虫の鳴く声が遠くに聞こえるだけだった。この魔方陣はダイダーの作ったものではなく、最初からあったものらしい。魔法陣の部分だけは全く風雪の侵食を受けていないのだとダイダーは言っていた。
ハリーはエリスを抱きかかえたまま立ち尽くした。ハリーはエリスを眺めた。静かな寝息を立てて、エリスは眠っている。寝顔には初めて出会ったときの面影がまだ強く残っていた。あの時エリスは四歳かそこらの幼児だった。そうハリーが思っただけで事実は違うのかも知れない。正確な事実はもう確かめようもない。それにどうでもいい。
エリスはハリーの実の子供ではない。ハリーは結婚をしたこともないし、特定の女性と懇ろになったこともない。傭兵として戦場回りをしていたときにエリスを拾った。その時、ハリーは十九歳だった。
ハリーは貧しい農村の出だった。ハリーが十二歳になったその年、例年にない長雨のせいで村は大凶作に見舞われた。食料の不足に恐怖した領主は、救済のための対処をするのではなく、自らの足を食らうがごとく領民に容赦のない税を掛けた。食料を貯えるためだった。徴税はほとんど強奪だった。
凶作で食料が不足しているところへのこの徴税は、村の人々への死刑宣告にも等しかった。ハリーの両親と姉は衰弱し、弟は死んでしまった。ハリーは家族を捨てて、生きるために村を脱出した。盗みをしながら食い繋ぎ、流れた先で斬り合いの大騒動に巻き込まれてしまったところ、唯一人生き残ったのを見込まれて名うての傭兵団に拾われた。
人殺しの才能のおかげで食い繋ぐことが出来たのかと自嘲気味に自分の才覚を理解し、即戦力として実戦に投入されて運が悪ければ短命に終わる運命なのだろうなと諦観したハリーだったが、意外にも二年以上もの間、実戦で兵士として投入されることもなく飯炊きをさせられた。この飯炊きの二年間は、ハリーにとって極めて有意義な学習期間となった。他の飯炊き女と同様に傭兵に買われることがあったが、ハリーの買い主は女傭兵ばかりで、当時の女傭兵はほとんどが魔術士や魔導士だった。給餌の仕事の傍らで剣術を学び、更には懇意の女傭兵達から魔法を学ぶことが出来たハリーは、魔法も使える剣士として特異な成長を遂げ、実戦にては見事に戦力として役に立つことを示してみせた。ハリーは団の主力としての地位を獲得し、その後も、様々な戦場を回り武勲を立てていた。
そうしている中で、エリスと出会った。あれは移動の時のことだったように記憶している。幼い少女が泣いてた。着ているものは薄っぺらいただの布キレのようなものだった。ハリーは何故か急に昔を思い出した。家族のことを思い出したハリーは、少女を捨て置いて行くことができなくなっていた。しかし、当然、団は幼児などの入団を認めなかった。ハリーは決心した。団長の説得をふりきって傭兵家業をやめ、剣と魔法を捨て、ハリーはエリスとともに暮らすことを選んだ。
あれから七年。
ハリーは二十八歳になっていた。実年齢をごまかすために髭をたくわえ、手に職をつけるため植物栽培を覚え、どうにか今日まで漕ぎ着けていた。
奇跡的としかハリーには思えなかったが、エリスとの間には父と子の愛情が育っている。エリスも大きくなり、最近少しだけ大人びてきた。自分も髭を剃っても大丈夫な年になりつつある。若いパパは他にもいる。それで通じるだろう。そのうちエリスは誰かと結婚し、パパを号泣させ、孫の顔を見せながら微笑んでくれるだろう。
なのに。
「お待たせしました」
後ろから、ダイダーの声が聞こえた。寝間着とは全く違う、金糸の装飾が入った胸元も顕な厚手のワンピースを纏っていた。それは魔術士としての真を示す正装だった。ハリーはダイダーの真剣な姿勢に心から感謝した。
「どうすればいいんだ?」
「いま準備しますから」
言いながら、ダイダーはルーンの彫り込まれたランタン型の魔道具を四方に配置した。配置後にダイダーが呪文とともに手を振ると、ランタン型の魔道具に青い炎が灯り、真暗だった屋上は青みかがった光に照らされた。
「魔方陣の中心に、頭を西に、足を東に向けて寝かせてください」
ダイダーの声質が、硬質で冷静なものに変わっていた。ハリーは言われた通りに、エリスを床に刻まれた魔方陣の中心に横たえた。
ダイダーは魔方陣の北側に立ち、二つの魔導器を両脇においた。その魔導器は、台座のようなものにガラスのような球が乗っているという代物だった。
「ハリーさんは私の後ろに。何があっても決して動いてはいけませんよ」
ハリーは黙ったまま頷いた。
「除霊の前に、エリスさんに何が憑いているのかを調べます」
ダイダーがエリスのほうを向いた。二つの魔導器から二つの球が浮き上がり、ダイダーの肩の高さで静止する。そして、それぞれが光を放ち始めた。
ダイダーの詠唱が始まった。ダイダーの纏う服ははためき、金糸はぼうとした光を帯びて輝いた。ハリーは息を詰めて見守った。ダイダーの唱える呪文はハリーのまったく知らないものだった。ハリーが知る魔法は傷つけることしかできないものばかりだった。傭兵に必要なものはそれだけだ。敵を傷つけ、殺すだけ。だから捨てた。
その呪文の詠唱が、突如跡絶えた。
「あら?」
「どうした?」
ダイダーが振り返って、困惑した表情でハリーを見た。
「その…、エリスさんには何も憑いてはいないようなのですが…」
「そんな馬鹿な!」
「本当ですよ!」
怒鳴ったハリーに、ダイダーは声を大きくして言い返した。
「何も反応がありません。何も憑いていないんです」
「嘘だ」
「嘘じゃありません。たぶん、エリスさんはなんらかの病気でしょう。下で治療をしましょう」
「ふざけるな。何も憑いていないって? 病気だって?」
ハリーの怒りを押し殺した声に、ダイダーは頷いた。
「ええ、そうです」
そうダイダーが言いかけたとき、ハリーの手が伸び、ダイダーの背後を指した。
「じゃあ、あれは何なんだ? どうしてエリスは宙に浮いているんだ!」
ダイダーの目が、ぎょっとしたように大きくなった。振り返ったダイダーは、音を立てて息を呑んだ。
横たわっていたはずのエリスが、立ち上がっていた。強い風に吹かれているように髪がなびき、服がはためき、射貫くような鋭い眼差しでこちらを見ていた。その足は、床の石から離れて宙に浮いていた。
魔導器の球が猛烈な勢いで動き始めた。錯乱したような、無秩序で不規則で激しい動きだった。
「こ、これは…何なの…!」
ダイダーは口元に手を当てて呆然として声を漏らした。
「何者なんだ、エリスに取り憑いたお前は!」
ハリーは、わめきながらダイダーを押し退けて前に出た。
「アトリー」
エリスの口から、少年の声が静かに出た。
「僕は悪霊なんかじゃない」
ハリーは思わず逆上しそうになった。
「名前なんざ訊いてない、化物め、エリスに何の用だ!」
「うるさい、ちゃんと話を聞け!」
駆け寄ろうとしたとしたハリーは、自分の足がそれ以上一歩も前にでないということに気がついた。張り付けられたように動かなかった。足だけではない。身体も、縛られたように動かなかった。渾身の力を込めても動かない。
「フラットヤンハーに向かえ。そこで全てが解かる。僕達はフラットヤンハーに行かなくてはならない」
アトリーと名乗った声の主は、有無を言わさぬ迫力を込めて言い放った。その圧力に、ハリーは身体の動くばかりでなく呼吸すら止まりそうになった。
「でも、化物というのは当たってるかな…」
アトリーの、いやエリスの目が閉じ始めた。
「僕は仮眠に入る。ノルンに負担がかかるから……」
エリスの足が地に着いた。かくんと膝が折れ、エリスは崩れるように横たわった。その途端ハリーの体は呪縛から解き放たれた。ハリーは弾かれたようにエリスに向かって駆け寄っていった。
「あれは…精霊に近いけれど…」
ダイダーの掠れた声が流れた。
「半ば融合しているような…」
「除霊できないのか?」
「除霊もなにも、例の無いことで…」
「融合だと?」
「半ば…」
「つまり?」
「私の知る限り、エリスさんを元に戻す方法は…その…」
「フラットヤンハーに行くしかないということか」
エリスの頭を抱いたハリーが、顔を上げてダイダーを見た。ダイダーはたじろいだ。
フラットヤンハーとかいう所に、行くしかない。それしかない。このままではエリスが、もしかしたら死んでしまうかも知れない。
エリスが死ぬ。そう考えただけでハリーの全身は耐え難い戦慄に震えた。死なせてたまるか。絶対に。
慄える唇を噛み締め、恐怖を押し殺し、悪寒にも似たものに、ハリーは必死で耐えた。