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FLATYANHER ~2万年の狂気~  作者: 氷上砂刻
3/9

エリスとハリーの親子

「大きなとりさん飛んできてぇ、ピーヨ、ピーヨと鳴きましたぁ。小さなとりさん飛んできてぇ、ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨと鳴きましたぁ」

「おや、随分ピヨが多いねぇ」

 のんびりした声をかけられたエリスは、スキップをはたと止め、くるっと一回転した後にっこりと微笑んだ。トウモロコシの皮で編んだ買い物籠を腕に抱え、水色の半袖ワンピースの裾をつまみ、ちょこんとお辞儀をする。

「こんにちは。リリーおばさん」

「はい、こんにちは」

 リリーおばさんもにっこり笑った。

「大人っぽくなってきたねぇ」

「ありがとう」

 喜んでいいのか分からなかったが、エリスはにこっと笑ってみせた。エリスは十一歳だ、とパパが言っていた。しかし、十一歳の割に、他の子と比べて成長が早すぎる気がしていた。胸の膨らみ方も早かった。個人差があるらしく、みんな同じというわけにはいかないよ、とパパが言っていたので気にしないことにしていたが、それでもやっぱり、違いすぎて気になってしまうのである。

「芝居か何かの練習かい?」

「そうなの。秋のお祭りに劇をやるの」

 エリスは、ウサギにくくった長い髪を揺らして、楽しそうに笑った。

「どんな役をやるんだい?」

「森の妖精よ。深い森に住んでる女の子の妖精なの。独りぼっちで寂しがり屋で、いつも歌を唄っているの」

「すごいじゃないかい。それでピヨが多いんだねぇ。そりゃあ、喉に良いものを沢山食べとかないとねぇ」

 リリーおばさんは、皺の多い顔ににっこり笑顔を浮かべた。

 エリスは、きた、と思った。パパの言うところ「八百屋のばーさん」は、商売上手で売り込み名人なのだ。エリスもパパも、何回もしてやられている。余計なものを買っちゃいけませんと、いつも言われているのに買わされてしまうし、パパもおばさんをあしらい切れずにいろいろと買わされてしまい、夕飯の時にちょっとブルーになるのだ。

「この夏みかんがいいよ。ジューシーだし、喉に良いんだよ」

 リリーおばさんは、黄色く光る丸々としたみかんを、三つ一度に掴んでみせた。

「あ、あのね、おばさん…」

「わかってるよ、エリスちゃん」

 何をわかっているのかは知らないが、おばさんはぱたぱたと手を振った。遮られたエリスは黙るしかなかった。おばさんが次に何をするつもりなのか読めていたが、パパの影響か、エリスは断るのが苦手だ。

「焼き立てのアップルパイがあるんだけど、分けてあげようか? おいしいおいしいアップルパイ」

「えっ!」

 エリスのうさみみが縦に跳ねた。リリーおばさんの焼いたアップルパイは本当においしい。香ばしい匂いとリンゴの甘い香りがエリスの鼻に蘇ってきた。

 しかし、ここで簡単に手玉に取られるほどエリスは子供ではなかった。アップルパイをもらうためには夏みかんを買わなくてはならない、ということぐらいは解かる。つまり、余計なものを買わなくてはならない。

 アップルパイは食べたい。でも、パイに目が眩んでみかんを買うとパパに怒られてしまう。

「ううっ…」

 難しい顔をして考えるエリスの耳元でリリーおばさんは優しく囁いた。

「パパも、アップルパイが大好物だったわねぇ。喜ぶよ」

 パパも大好物!

 がちゃっと、何かの鍵が開いた。

「買います!」

「あらぁ、エリスちゃんはえらいねぇ!」

 結局エリスは、夏みかんばかりかモモまで買わされてしまった。なんて恐ろしいおばさんなのだろう。

 この余計なもの二つをアップルパイ一つで許してもらえるかどうか……うんうん唸りながらテクテク歩くエリスの近くへ、同い年くらいの男の子が三人忍び寄ってきた。籠の一番上に置いたパイを見つめるエリスには、気づくことは無理だった。

 至近距離にまで近寄った男の子達は、手に持っていた蛙を一斉にエリスに向かって放り投げた。放たれた三発の蛙は放物線を描きながら飛行し、ゲコッと一声鳴いてから、エリスの頭部に次々と命中した。

 一瞬何が起こったかわからなかったエリスは、足下に着地した蛙三匹を目にした途端、声にならない悲鳴を上げた。

 男の子達は、少し離れたところに素早く逃げ、愉快そうに手を打ち鳴らした。

「ボボが蛙とキスした!」

「ボボ、ボボ!」

「ボボー!」

「うるさい、馬鹿! キスなんかしてない! ボボって言うな!」

 ひっくり返さないように籠を死守したエリスは、半鳴きになるのをこらえて、思いっきり叫び返した。

「ボボ!」

「ボボ!」

「バカー! ガキー!」

 エリスは、鼻が青くなるぐらい頭に来たが、籠を持っているので怒鳴り返すしかできなかった。籠が無ければ、追いかけて鉄拳をお見舞いしてやるのに。

「あんた達、いい加減にしなさい!」

 見とがめた乳児を抱いた女性が、叱りつけながら近寄ってきた。男の子は腹が立つぐらいの速さで逃げ去っていった。エリスは怒りが収まらず、肩を激しく上下させ、逃げていく三人をなじり続けた。

 三人が見えなくなるとエリスはようやくなじるのを止め、滲んだ涙を拭いた。

「あらあら、大丈夫?」

「はい」

 本音はまったく大丈夫ではないけれど、それ以外に言い様が無い。がっかりさせない期待に応えて素敵で明るいいつものエリスを演じるために、いつまでも引きずるわけにも行かない。エリスは努めて丁寧にお礼を言ってその場を離れた。

 エリスの家は村外れにあるため、途中からは細い野道を歩くことになった。回りに人の気配が無くなると、エリスの腹はまたムカムカとし始めた。エリスは四年前に引っ越してきて身で、村の中ではあきらかによそ者扱いされている。あのガキどもはその雰囲気を敏感に感じて嫌がらせをしてきているのだ。それはエリスにもわかっているし、我慢するしかないということも何となくわかっていた。

 でも、それにしてもなんと嫌なガキだろう。あのガキ達がパパのような大人になるなんて考えられない。絶対信じられない。ありえない。あったら嘘だ。

 それに加えて、ボボと言われたこともエリスには随分堪えた。エリスはボボというミドルネームが嫌いだった。パパが付けてくれた名前だし、今更外してくれとは言えないから仕方なく我慢している。でも、はっきり言ってカッコ悪い。何なのボボって? どこから来たの……?

 大人顔負けのドギツイしかめっ面で、エリスは入り口のアーチをくぐり小さな庭に入った。小さな庭の先にある小さい木造の家が本宅である。部屋が四つしかなく、入り口をくぐったところが食堂兼台所で、後は、パパの部屋、エリスの部屋、ごろごろする部屋である。

 家を囲むようにいっぱい生えている花は、パパに教えてもらってエリスが育てたものだった。花の配置はちょっと不細工だが、エリス自慢の花壇である。今の主役はひまわりだ。にょきっと立ったひまわり達は、顔を揃えて太陽を追いかけている。

 家の向こうには納屋がある。パパは薬草を栽培するのが仕事で、そのための道具やら何やらが入っている。納屋を先頭に畑が広がり、いろんな薬草が行儀よく列を作っている。

 もう一つ、本宅の四倍はある木造の建物があり、それはパパの言うところ「飯の種が育つ神殿」だった。神殿にはパパの許可無く入ってはいけないことになっている。昔に見た記憶では、畑の薬草とはまた違うへんてこな形をした植物が沢山植えられてあった。

「ただいまぁ」

 返事はなかった。今の時間はパパは畑に出ているのだ。

「よいしょっ」

 エリスは買い物籠を調理用テーブルの上に置いた。なぜこんなに重くなったのだろう。手が痛かった。

 赤く線の入った掌に息をふうふう吹き、それからぶんぶん振っていると、石を掘った流しのそばの勝手口が開いてパパが姿を見せた。エリスのパパ、ハリー・ラスは、何かの皮でできた帽子を鍔を後ろに回して被っていた。背が高く彫りの深い顔立ちに髭をたくわえ、日焼けした顔中に汗が光っていた。

「お帰り」

「ただいま!」

 エリスが返事をすると、パパは、

「じゃっ」

 と言って、がっしりした体を翻した。

「待ってパパ」

「なんだい?」

「それだけを言いに?」

「そうだよ」

「ほんとに?」

 パパは、首だけではなく体ごと傾けた。

「何かあったのかい?」

 パパは首に掛けた手拭いで汗を拭うと、膝を折って目をエリスを同じ高さにした。

「べつに」

「隠してるな。パパにはわかるんだ。パパは正直なエリスが好きだな」

「ううっ。えっとね…」

 エリスは目を泳がせながらアップルパイのことを白状した。蛙と「ボボ」のことは言えなかった。パパは苦笑と溜め息を器用に同時進行させ帽子を取った。

「リリーばーさんじゃ、しょうがない。手強いからな」

「エリスね、あのおばさんに言われると、どうしても断れないの」

 パパは、ははっと笑った。

「パパもだよ。あの人は手強いからな」

「手強いって、どういう意味なの?」

「してやられる、という意味さ」

「ふーん」

「あとは、なかなか勝てない、という意味もあるかな」

 言いながら、パパは籠の覆い布をつまんだ。籠の一番上にはアップルパイが大きな顔をして座っている。

「おお、うまそうだな」

 エリスはほっとした。ほっとしてから、なんだかあついことに気が付いた。原因はすぐにわかった。隣に立っていた。パパの体から熱気が感じられた。こんな暑い日に汗まみれになるほど働けば、無理もない。

「パパ、休憩しましょう。こんな日に太陽に当たってると、倒れちゃうよ」

 パパは、手拭いで首筋をごしごし擦りながら、エリスに向かって微笑した。

「そうだな。そうするか」

「そうしましょう!」

 エリスはぱちんと手を打った。今から休憩ということは、アップルパイを召し上がるということだ。

「エリス、ジュース作るわ」

 そう言ったが早いか、エリスは床を鳴らして外へ走り出ていった。納屋の地下にある通称「水箱」に、この前買ったみかんが入れてあるのだ。

 飛び出したエリスを追いかけるように、パパの叫ぶ声が飛んできた。

「エリス、こんな日は長袖を着なさい。日焼けが痛くて泣いても知らないぞ!」

「わかったぁ!」

 エリスは、振り返る時間も惜しいとばかりに、前を向いたまま叫び返した。みかんを抱えて帰ってきたエリスは、篭の中の新鮮な夏みかんに気が付いて、思わず抱えていたみかんを落とすことになる。


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