第八話
部屋に入ってきたのは、遅れて帰宅した剛士の三つ違いの姉だった。
「あー、あんたまた来たん。まったくモノズキじゃねぇ」
鬱陶しげに言い放つ姉。晶は小さくお辞儀で返した。
「うっせーな、おねんは」
剛士が晶の方を見ながら小声でつぶやく。
「たけし、なんか言った」
「う、ううん。別にぃ」
紅色の口元を怪訝そうに歪め、ふたりを一瞥する姉。天下無敵のホンミョウタケシも、ショッカーアジトの主には、おいそれとは楯突けない模様だ。晶もおもわず笑みがこぼれる。
彼女は何時ものように徐に制服を脱ぎ捨て、凡そ宿題とは縁がなさそうな、乱雑に散らかった横並びの学習机の上に放り投げた。片まで伸ばしたウェーブの茶髪が乱れ、その隙間から細いうなじがちらと垣間見える。
年頃の恥じらいを微塵も感じさせない粗野な立ち振る舞い。弟たちを完全に子ども扱いにしている模様だ。
純白のシミーズ姿から白い手足がすらりと伸びる。背丈は弟に似て高い。学校帰りに公衆トイレで塗りたくったであろう下手な化粧を拭い去れば、素顔は案外可愛らしいのかもしれない。
シミーズ姿の彼女は、そのまま二段ベッドの上段へと登って行った。晶の眼前で、ふくらはぎの裏面を艶めかしく揺らしながら。
しばらくして、ふたりの世界を掻き消す様に『プレイバックPart2』が大音量で頭上から流れ出した。
剛士は「ちぇ」と疎ましげな顔をしていたが、それとは逆に晶の方は満更でもないといった表情を浮かべていた。
一人っ子で家族に女性は母親だけしか居ない晶。彼にとって三つ年上の少女のシミーズ姿は、剛士の膨大な数の漫画コレクションにも勝る強烈なインパクトがあったのだ。
それが剛士には打ち明けていない、晶の『もう一つの密かな楽しみ』であった。
そういえば給食の時間に言っていた『商店街で見つけたいいもの』とは何なのか。てっきりレアな漫画の古本だと思っていたのだが。
晶は、剛士にそれを問い質した。
「へへっ、あとで教えちゃるわ。今晩七時に例の場所にけーよ。でーれーでぇ。ぼっけえ、ええもんじゃでぇ」
そんな遅い時間に出歩く事など当然、親に許してはもらえない。何故、夜なのかと問い質しても、剛士は一向に答えてはくれない。
結局、晶は明後日に塾をさぼって『例の場所』に行くと約束した。
その返答に剛士はニヤリと笑みを浮かべ、晶の目をじっと見据えながら言い返した。
「祭りじゃ祭りじゃ、ワイらのマツリが始まるんじゃあ」