第五話
仲良しグループに分かれ、席を自由に移動してもよい。それがこのクラスの昼食時の習しである。
クラス全体が醸し出す氷上の緊迫感をかき消すかのように、剛士は何時ものように晶の横に勢いよく机をくっつけると、おもむろに教壇の方へと駆け足で向かった。
常に全体で余ってしまう牛乳を一人占めにする為だ。
本日の収穫は五本。剛士は一本目の牛乳瓶を大きな掌でワシ掴みにすると、薄紫色の花びらのようなビニールを強引に引きちぎる。そして白い液体を飛び散らせながらキャップを開け、ぐびぐびと音を立てながら一気に飲み干した。
クラスの誰とも机をくっつけさせてもらえない晶を哀れんでか、それとも晶の給食の残務処理が目当てだったのかは定かではないが、毎日給食の時間になると必ず剛士は教室に戻って来た。
剛士がいるこの時間は、決まって押し黙るクラスメイトたち。鈍色のアルミニウムとスプーンが擦れ合う音だけが、無言の空間の中で微かに響く。
肉の脂身が嫌い、野菜が嫌い、パンも嫌いと極度の偏食家である晶は、この日も給食に殆ど手を付けず剛士の器に移した。
そして大嫌いな牛乳もそっと剛士の机に置いてみたりもしたのだが。そればかりは何故だか無言で、しかも一本オツリを付けて突っ返されてしまった。
極度の偏食と生まれ付いての体質と母親似の神経質な性格が合いまみえ、晶の体はガリガリに痩せ細っていた。その体型に母親似の極端に鋭い眼光とボロボロの乾燥肌のコントラストが、晶に対する皆の苛立ちを更に助長していた。
そんな晶を尻目に剛士は物凄い勢いで給食をがっつき始めた。
コッペパンを頬張り、くちゃくちゃと音を立てながら剛士は「なあ、あきらぁ。さっき奉還町の商店街で、ぼれーえーもん見つけたんじゃ。そねーなワケでとりあえず今日ウチにけーよ」と命令口調で言い放った。
「うぉりゃー。お宝発見ハッケンジャー」
流行のヒーローの変身ポーズを決めながら、おどける剛士。野獣のような雄叫びが、皆で押し黙った静かな教室中に響き渡る。
ああ、おそらくあの店だなと、静かにほくそ笑みながら頷く晶。断る理由もなかったし、今日はたまたま塾もない。それに剛士の家に行くのは何時も楽しみでもあったので、そうする事にした。
そして、その楽しみの内の『密かな一つ』を剛士には打ち明けていなかった。