第二話
翌朝の登校時。晶は通学路である商店街の出入り口付近に差し掛かった。
薄曇の秋空の下、オレンジの電飾を支える白い支柱が僅かに錆びれたアーケード。通勤渋滞の排ガスが十月の透明な空気を汚す町並みに、ゴミ収集車の撒き散らす匂いが鼻を突く。
アーケード脇の路地裏から、のそりと剛士は現れた。
何時ものふて腐れた赤ら顔を見かけた晶は、どうして昨夜のだんじり祭りに姿を表さなかったのかと何時になく食って掛かった。事故や急病ではなかったんだという安堵感が背中を強く押すかのように。
しばらく剛士は視線を逸らして黙りこくっていたが、「しょうがねーじゃろー。おかんが仕事休めんかったんじゃけー」と言い放つと、何時ものように晶の頭をカツンと小突いた。
眉間に皺を寄せ、神経質そうに両手で頭をさする晶。その姿を尻目に剛士は、吹きぬける木枯らしと共に通学路を駆け抜けて行った。
その足取りはクラスの誰よりも速く、クラスの誰よりも足の遅い晶に到底追いつける術もなかった。
大きな肩を揺らしながら、赤と黒のちいさな雑踏の中に紛れて行く剛士。その後ろ姿を、晶は目を細めながら視線で追い掛けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
始業前の教室に剛士の姿は無かった。
晶を置いて走り去って行ったのだから、とっくに学校に着いていてもおかしくない筈なのに。されどそれは、この空間では珍しい光景ではない。
剛士には逃亡癖があり、しょっちゅう学校を抜け出しては補導されるといった悪行を繰り返していたのだ。
典型的なクラスの問題児。そんな剛士の存在をクラスの誰もが疎ましく思っていた。しかし剛士の無類のケンカっ速さにクラスの誰もが逆らえずにいた。
こいつを用心棒にしておけばきっとみんなにいじめられる事もないだろう。最初は自分たちの関係をそんな風に解釈していた晶だった。だけどそんな策謀も、今ではすっかり忘れてしまう程に二人は仲が良かった。
神経質で理屈っぽい晶と粗野で破天荒な剛士。その組み合わせは誰の目にも不自然に写ったことであろう。
一見、いじめられっ子がいじめっ子に絡まれているといった雰囲気だったが、彼らの間には不思議と得もいえぬ友情が芽生えていたのだ。
クラスメイトの話し声と共に、所々で椅子と床の擦れ合う音がひしめく。そんな後方の窓際席で、所在なさげに佇む晶の細い肩。干からびた鎖骨と首筋を、伏し目がちにがりがりと爪先を立てて掻き毟る。
白い粉を吹いたかさ突く肌に、糸のような筋が赤黒く滲む。剛士の居ない見慣れた空間が、晶には何時もより広く思えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
始業のチャイムが鳴り響く。ガラリと乾いた軋む音と共に開く、立て付けの悪い教室の扉。
そして今朝も『生贄の儀式』が開催された。