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秋祭  作者: 祭人
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第一話

197X年 秋

 祭りの夜に剛士たけしの姿は無かった。



 毎年十月恒例である町内会主催の『秋のだんじり祭り』。紅い鉢巻、黄色の帯紐、青い法被はっぴを羽織った小学生たちが、桃色に頬を染めながら保護者同伴で太鼓を乗せた『だんじり』を引いて夜の町内を闊歩する。


 そんな趣向の恒例イベントは、最後に配られるお菓子と玩具の人気と相まって『秋の風物詩』として町に住む人々に古くから親しまれていた。


 普段、夜の町を自由に出歩く権利など当然持たされていない小学五年生のあきらの目には、見慣れた町の景色が見慣れぬ艶やかな光彩を放つ新鮮さよりも、普段見慣れた人物が、そこに見当たらぬそこはかとない苛立ちの方が、より色濃く映し出されている。


 晶は行進の最中、ひたすらに剛士の姿を探した。


 しかし、町中に鳴り響くだんじりに乗せた太鼓の音と、引率者たちの「こちゃえ、こちゃえ」という備前太鼓歌の威勢のよい祭囃子に圧倒され、何時しか諦めの胸中に伏してしまっていた。


「晶。きょろきょろしないで、ちゃんと前を向いて歩きなさい」


 母親の叱咤の声が混じり合う。


 枯葉舞う秋夜の肌寒い風が、晶の乾いた体に突き刺さる。晶は常日ごろ引っ掻きすぎてボロボロになった頬や首筋や腕の関節の付け根を貪るように掻き毟った。


 生まれ付いての極度な乾燥肌体質。剛士が祭りに来ていないという苛立ちが、彼の得もいえぬ痛痒さを更に助長する。


「またボリボリして。そんなことしてると余計痒くなっちゃうのよ。我慢なさい」


 ――かあさんにはこの痒さが分からないんだ、だからそんな事が言えるんだ。この痒さはきっと僕にしか分からない。絶対誰にも理解なんかしてもらえない――


 そう言いたげな表情を浮かべ、晶は自分とよく似た神経質そうな母親の顔の眉間の皺を見た。


 視線を感じた彼女はそれを逸らし、正面を向きながら言った。


「きっと剛士くん風邪でも引いたのよ。晶も家に帰ったら、ちゃんとうがいと手洗いをしなさいよ」


 ――定石マニュアル通りのお題目。それで母親の献身的な愛情って奴を全うして、いい気になってるつもりなんだろうけど。まったく、安っぽくてくだらない。とうさんと違って学がない人間はこれだから――


 晶は無言で返答した。


「お風呂がら上がったら、ちゃんとかゆみ止めの薬塗るのよ」




【備前岡山西大寺町大火事に 今屋が火元で五十五軒 こちゃえ こちゃえ】~「おかやまの伝承民謡 備前太鼓唄こちゃえ」より



(つづく)

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