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Second to Third  作者: 弥勒
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第一章第八節

第八節 世界を拒む


 皆川正優は、ある場所に連れてこられていた。正優が第四救護室で起きた時間は明朝の五時だったらしい。それから何時間か精神安定処置を受け、ディミの前で泣いた。そして現在、十二時二十分。国王が大きな椅子に鎮座し、その周りには官僚らしき人物、ディミ、白浜海、戦士らしき人物が何人か。その中には正優より年下の女の子までいる。正優は本当に世知辛い世の中なのだと思った。国王が喋り出す。

「皆川正優殿。貴殿を危険な目に合わせてしまい、このクラフト・エンプティ、不徳の致す所。大変申し訳なかった。もうディミ・エンプティから話を聞いていると思うのだが、我が国は戦争中にある。城の中に敵国の生物兵器であるバイザーが現れてしまったのは、今まで無かった事件だっただけに、我が国一同、心より謝罪を申し上げる」

「一同、礼‼︎‼︎」

ディミは大きな声を出すイメージはさほど無かったが、今の号令でハッとした。彼女もまた、戦士なのだなと実感する。その号令と共に、周りにいた人間全員がきちっと揃った礼を正優に行った。正優はどうしてよいか分からず、何も反応できないでいた。礼から全員が戻ると、国王が再び喋り出す。

「その事件に対応をしている際、ディミ・エンプティが助けられたそうで、ご迷惑をおかけした。申し訳ない」

すると、またディミが前へ出て礼をした。そして一歩戻る。

「さてさて、こんな場ではあるのだが、皆川正優殿に頼みがある」

頼み事とは何か。そこに居た全員が頭の中によぎった。

「そなたにこの世界に残って頂きたい」

周りがどよめき出した。国王が勝手に決めた意見なのだろう。

「それは、どういう意味ですか…?」

正優が国王に眼を向けながら言う。国王の目は深い笑みをたたえてはいるが、正優には非常に冷徹な眼をしているように見えた。

「…君に戦士として敵国と戦って欲しい」

「え…?」

正優の驚きよりも、ざわめきが周りから起きた。ディミが口を開く。

「国王、それは…」

「国王の発言中に口を挟むな!!」

クーガーがディミに厳しい声で責める。ディミは口をつぐんだ。

「いかがかね…?」

「…………………俺は、ここに居たくありません」

「……そうか。仕方ないですな。あのように強い能力開眼された者はおらなんだので、我が戦力になればと思い……。いや、それでは仕方ない。この世界からお帰り願いましょう」

「はい…。お願いします」

正優は少し驚いた。こんなに早く帰る事ができるのか…。

「この世界から帰るのにはディミ・エンプティの能力で帰らなければいけないので、多少時間がかかる。それまでは待って頂けるかな?」

「はい…。分かりました」

「それでは、この会議は終わりとする。以上、解散」

国王の一言で、その場に居た人が皆解散する。正優は途中何人かと目が合った気がするのだが、ほとんど覚えていなかった。会議室は城の三階にあり、窓が無い場所にある。窮屈な場所に三十人以上の人間がひしめきあっていたので、少しばかり蒸し暑かった。そういえば、この世界の月日とはいつなのだろうか?と、考えてみた。しかし、馬鹿馬鹿しくなり考えるのを辞めた。

皆川正優の心は今、非常に落ち着いていた。目の前で子供が死に、生物兵器をこの手で殺した今の状況でさえ確実に自分の意識は不動。少しも揺らいでいなかった。それは何も感じなくなったからではない。受け入れたのだ。彼の頭の良さはそこにある。日常生活にはこのように深い問題を考える事件など起こりようもないのだが、今の彼は物事を合理的に見つめる事ができた。冷静でいる為に自分が何をすればいいかを、計算や知識で導き出していた。子供が目の前で死ぬ事はあまり無いように思える。しかし、世界には戦争が起こっている地域も沢山あり、ニュース番組でさえ何人もの子供が戦争で死んでいる事を伝える。それを肌身に感じていなかったのは、そういうものだと思っていたからだ。日本では殺されるという概念が希薄に感じられるもの。それは日本がそういう国だからである。しかし、今現在の正優の居る世界では違う。大人から子供まで、戦争に駆り立てられるこの時代に、死、というものは仕方のない事だという一般概論が出来上がっているのだろう。その中で、自分の目の前で子供が二人死んだという事を周りにわめき散らしても、誰も同情もしてくれないだろうし、誰もそれに構ってる余裕もないのだ。それは仕方ない事。何故なら、自分がいつ死ぬかも分からない状態なのだから。しかし、感情論で言うとそれはただのごまかしに過ぎない、という思いもある。子供たちが何故死ななければいけないんだ、という思いが錯綜しているのも事実だ。泣き喚くという行為はもう充分に済ませたとは言え、心に深く刻み込まれたのだ。それは日本人の平均的な十七歳の心には重い。だから、帰ろうと思った。自分には耐えられないのだと思った。人の生き死にを仕方のないものと捉えている人間の中にこのような人間がいられ続けるはずがない。………正直、あの化け物達を生み出している人間達…SANの連中の事は腹が立って仕方がない。この手でそいつらをぶちのめす事ができるのであれば……。だが、それ以上にその考えに思い至る自分が恐かった。一晩にして怪物に生まれ変わったようで……そう、あんな怪物を殺したというのに何も…思わない自分が…怪物に思えて………………

「セーちゃん…」

はっ…

「ディミ…」

会議室を出た後、正優は役員の一人に連れられて、客用の大きな一室に連れられて来ていた。色々な考えが錯綜している正優は、どうやってここに来たのか覚えていない。ディミに声をかけられてから気が戻った感じがした。

「セーちゃん、あと数時間で帰ってもらうわけなんだけど…」

「そっか…ディミには迷惑をかけたな」

「それはこっちの台詞だよ。本当に迷惑かけちゃって…」

「………なぁ、ちょっと聞きたいんだけど、俺の目の前で死んだ人達って…ちゃんと埋葬されたのかな…?」

「………彼らはまだ身元が分かっていないの。ほとんど原型が残っていなくて…」

「子供達の名前がリノとリオンって言うんだ。……できればでいいから、ちゃんと埋葬してあげてくれないかな…」

「……うん…必ず」

「こんな事言っても信じられないかもしれないけど、ディミには感謝してるんだ」

「え……?」

「俺さ、将来物書きになろうと思ってて、色々な体験をしたいと思ってたんだ…」

「……………」

「ま、こんなに異常な体験なんか普通は出来ないだろうし、感謝してるんだ。だから、出来れば責任とか感じないで欲しい」

「……………」

「…まぁ…なかなか気持ちの整理はつかないと思うけど、折角出会ったんだし……もうすぐ会えなくなるけど…人の重荷になるのはいやじゃん?」

「……何で…責めないの?」

「うん……戦争ってこんなに辛いものなんだなぁ、って思った。その中で、ディミは戦士として色んな辛い思いや悲しい思いをしてるんだろうって思ったら…責める訳にはいかないだろ?俺なんか平和な生活して、それでも文句ばっか言って、色んな人に迷惑かけないと生きていけない人間なんだ。俺はディミみたいに人を守る事なんて出来ない人間だから、そんな偉い人間に責める口なんて持ち合わせてないんだ……」

正優の言葉に嘘偽りはない。ディミはそれを感じ取り、自分の感情を抑えられなくなってきた。普通なら自分が彼を慰めなければいけない状態で、不意に自分を分かってくれた人に、少しだけ甘えてもいいのかも…とディミは一気に十六歳の少女に戻った。

「うっ………くっ…セーちゃん、ごめん…っく…後ろ向いてもらっていいかな…」

「あぁ」

「うぅっ……うっ…うああぁぁぁぁぁぁぁ」

正優は女の子が泣くのを見るのは二回目だった。別に慣れるとかそういう事はない。ただ、何となく彼女の涙にはうろたえる事はなかった。ただ、かわいそうに思えたからだ。人に涙を流す所を見られてもいけないという彼女を哀れまずにはいられなかった。そう思うと、彼は自然に、振り返って彼女の肩に手をおいた。

「うあぁぁぁっ…うぅっ…うええぇぇぇぇん……」

彼女は正優を受け入れた。彼の胸に顔をうずめ、泣いた。その瞬間、女の子に戻れた彼女は自分も気付かない想いが確実に彼女に根付いた。人を好きになる気持ちが。


 ディミは皆川正優を自分のお気に入りの場所に連れて行った。もちろん役員共や白浜にも教えない。というより、教えてしまったら止めるに決まっている。

「なぁ、ディミ。どこに行くんだ?」

正優は落ち着いていた。先程まで落ち着いていなかったのはディミなのだが、彼女は正優に「見せたい所がある」とひとしきり泣いた後、正優の手を引いてあの場所へと向かった。

「お~い、ディミってば」

「いいところ~。セーちゃん、女性に急かすとろくな事ないよ~」

「うるさいなぁ」

二人は少し足早に歩いていたが、目的地に着いたようだ。

「……階段?」

「この上にあるんだよ~」

「どれ位登るんだ?」

「六十メートル位かな」

「ろ…!六十って!!」

「安心して。エレベーターがあるから」

エレベーターがあるのなら問題はないか、と簡単に思ってしまった事が原因だ。もっと深く追求すればよかった、と正優は思っていた。

「なぁ、あれはエレベーターとは言わん」

「一瞬で高い目的地に到達できるんだから意味的には合ってるんじゃない?」

「アホかぁっ!!自分に縄をつけておもりを下におろして登るって、旧時代人間か!!」

「だってこんな所に登るのは監視役の人間か私しかいないんだもん。こんな所に機械を使う余裕なんてないよ。あははははは」

「笑ってる場合かよ…俺が高所恐怖症じゃないにしてもこの光景は恐いぞ……」

「セーちゃん、下を見ないで、遠くを見るんだよ」

ディミにそう言われるが、足がすくんで前を向けない。今は斜めの天井に四つん這いで堪える事しかできない。

「大丈夫。命綱つけてるし、何かあったら私がちゃんと助けてあげるから」

「いや、無理無理無理!無理だっつぅの!」

「もう!男らしくないぞ!セー……ちゃんっ!!」

と、正優の身体を掴んで前を向かせた。

「どわぁぁぁ!!……あ……………」

目の前に広がる光景に正優は声が出なかった。それは日本ではないかのような光景。何がしかの世界遺産が目の前に広がっているかのようだった。森、湖…青い空、白い雲…天にある一つの光の輝き…そして野生の鳥…。高い壁の向こうにはかつての日本だった物体達が緑に侵され、神秘的な世界を象っている。

「これが…日本なのか……」

「あははっ。私も最初セーちゃんの世界に行った時そんな気分だったよ。文献で残ってるから多少の知識はあったんだけど、実際に見てみると違うもんだね」

「俺もこうゆう景色ってテレビの中だけでしか見たこと無かったなぁ……ちょっと感動した」

「セーちゃん、あれ見て」

「いや、下を指さすな!下見るなって言ったのお前だろうが!」

「い~い~か~ら~」

正優はディミに頭をつかまれた。

「お前力ありすぎだぁ~!」

もちろんS級戦士に適う人間はそんなにいない。正優が力を解放する事ができれば分からないが。

「ほら」

ディミが言うと、正優は目をそろ~っと開けた。

「じょ、城下町だ」

「凄いでしょ?」

眼前に広がる景色には、栄えた都市があった。広大な土地…に煙や人々の賑わいがある。上から見ると、人がアリよりも小さい位で、ミニチュアのようだ。背の高い建物が意外と少なく、ほとんどが一階建てで、民家のようなものもそれほど無かった。

「なぁ、ここってどれ位の人が暮らしてるんだ?」

「城の関係者や戦士、あと一般人合わせて八十万人位かな?」

「はち……って、嘘だろ?反対側の土地を合わせてもそんな多い人数は無理だろう?多くても五万人位じゃないのか?」

「この都市は地下構造が凄いのよ」

「なるほど。地下か…」

「そ。地下には地上とは比べ物にならない位広い空間があって、そこで大抵の人達は生活しているの」

「へぇ~…………でさ、もう頭を離してくれ」

「ん?あ、ごっめ~ん」

ディミが手でごめんなさいのポーズをして正優に謝る。そのポーズに憮然とした顔で答える正優だが、もう恐くはなくなっていた。

「…ん~~…良い気持ちだな…」

ごろんと屋根に寝転がる。ディミはいつも自分がしている事をされてお株を奪われたと思い、自分もそれに倣った。

「なぁ、ディミ…」

「ん?なぁに?」

「ありがとな」

「え?」

「俺にこの世界の思い出で、悪い思い出ばかりじゃ可哀想って思ったんだろ?」

「あははっ。セーちゃん心理学者か何か?考えをよくお見通しだねぇ」

「正直、こっちに来てから良い思い出は何もないかな……って思ってたんだけど、こんな良い場所を紹介してもらってさ…嬉しかったよ…」

「……私も、ありがとう」

今度は正優が驚く番だった。彼女は半身を起こし、遠くを見た。風に煽られるその姿に、誰か見知った人の面影を感じた。

「……」

「私、今までお姫様として、そしてこの国の重要戦力として見られていた事が多かったの。同い年位の人間で私と友達として接してくれたのは一人だけだった。レイチェルって言うんだけど、彼女は私の目の前で死んじゃった…」

「……そんな…」

「あ、ごめん。そんな話じゃなくて……えっと、対等に扱ってくれたのはそのレイチェルと、セーちゃんだけだったの。だから、とても嬉しかった。セーちゃんの事、友達だと思っていていいかな…?もう会えなくなっちゃうけど、それでも友達で居てくれるかな?」

正優も少し半身を起こし、ディミの方に身体を向ける。そして、手を差し出す。

「ディミ、友達になるのに確認なんていらないんだよ。俺とディミは会った時から友達だ」

正優の綺麗な目を見つめる。そして、彼の差し出された手を握る。

「ありがとう」

その五文字の言葉は、何よりも強い言葉に思えた。正優とディミはもうすぐ訪れる別れの時を忘れ、固い握手を交わした。

 「姫さまぁぁぁぁぁぁーーー!!」

「まぁ~たうるさいのが来た」

「聞こえてますぞーー!!」

「聞こえるように言ってるの~~~」

「そのような所に……は、早く降りてきて下さ……あぁ、いや、前のような降り方はやめて下さい!!」

「だぁ~、もう!うるさいわね!セーちゃん。うるさいのも来たし、降りようか」

「ははっ。あぁ」

正優とディミは塔の中に戻り、白浜と合流した。

「皆川殿、申し訳ない。姫様があのような…」

「海、姫じゃなくて名前で呼びなさいって言ってるでしょ?」

白浜はディミにこつんとげんこつを肩にぶつけられた。

「あ、あぁ、そうでした。ディミ様が大変ご無礼を致しまして、誠に申し訳ございません」

「いえ、凄く貴重な経験をさせて頂きました。感動してます」

「おぉ、心が広いですな。あなたのような方がいらっしゃれば、ひ…じゃない。ディミ様も少しは落ち着くでしょうに…」

「海、余計な事言わないの。それに、セーちゃんは帰るんだから」

「…?セーちゃん?」

はて?と白浜が首を捻る。

「皆川正優だから、セーちゃん」

「……なんだかよく分かりませんが…」

「いいの!で、何しに来たの?」

「えぇ、午後十八時に、皆川殿を帰すようにとの事です。場所は能力を使用し、こちらの世界に戻ってきた場所で行うこと。その場には国王のみが立ち会う事を伝えるようにと」

「え?お父様が?」

「えぇ、何でも最後に皆川殿に話がしたいと…」

正優とディミは目を合わせた。お互い不思議な顔をしている。

「何だろう……?」

正優は正直国王を苦手としていた。あの眼が、冷たい眼が恐ろしかった。

「分かったわ。場所はテッドさんと圭吾さんの所に行けば、私が待機していると伝えて」

「了解しました。それでは、皆川殿。ご壮健をお祈りしております」

「はい。ありがとうございます。白浜さんもお元気で」

「名前を覚えて頂けて光栄です。では……」

そして白浜は城の廊下を歩いて行った。大きな巨体を揺らして廊下の角を曲がると、一瞬ディミと正優に視線を送ったが、すぐに見えなくなった。

「ん…じゃぁ、セーちゃん。もうちょっと付き合ってもらおっかな?」

「そうだな。あと何時間位あるんだ?」

「ん~、十七時五十分位に帰る場所に着けばいいから、あと二時間とちょっとかな」

「そっか…」

ディミは正優の手を握る。

「行こ!」

手を握られる事には慣れていない正優だったが、彼はディミに対しては緊張とかそうゆう類のものを感じなかった。正優は確実に何がしかの成長をしたのであろう。


 国王は一人自分の部屋で高級な酒を飲んでいた。この世界には高級酒はあまり無い。最高権力者としての優遇という所であろう。しかし彼は驕る事はない。彼は正に善政を行う者として最高の人材だった。最高の権力者、クラフト・エンプティ。彼には秘密がある。秘密の無い人間はいない。しかし、彼には人の何倍かは秘密があるだろう。娘であるディミでさえ、クラフト・エンプティについては知らない部分が多いと言える。

「……皆川正優か……」

彼は国の民を守る為なら自分の命も惜しくない人間である。その人間性は人に必ず信用されるものだ。しかし、ある人間個人にとってはどうだろう……彼は非常に冷酷な人間に見えるかもしれない。今はまだ序章。彼はまだ動かない。動く時が来れば、彼は命をも辞さない覚悟で事に臨んで行く事だろう……………。


 十七時五十分。テッドと圭吾の居る場所に正優とディミは居た。テッドと圭吾は戦士の中で少し特殊な能力の持ち主である。瞬間移動。それがこの二人の能力だった。テッドは分解、構築の能力。そして圭吾は物質転送。二人の能力を掛け合わせる事で、瞬間移動という能力が使えるようになった。このように能力を掛け合わせる事でまた違う能力に発展させる事もできる。もちろんそれにはかなりの修練が必要になる。テッドと圭吾は幼馴染で相性が良かったという事もあるのだろう。圭吾の物質転送は重い物体を移動させる事はできない。移動距離やスピードは重さに反比例するのだ。なので、人間をそのまま転送しようとすると、圭吾の血管が切れてしまうだろう。そこでテッドの分解の能力が役に立つ。彼の分解の能力は、物質の細分化。人間なら生きたまま原子レベルで分解する事ができる。それを圭吾の能力と合わせて瞬間移動を使えるようにするのだ。テッドの能力は戦闘に使えるものではない。非常に集中力を必要とし、分解をしても最高でも三十秒程度でまた再構築されるのだった。なので、彼等は戦士のような隠密の行動をする人間、もしくは要人を秘密裏に城に運ぶ事を仕事としている。そんな話を正優は圭吾とテッドから聞いていた。能力だの何だのと不可思議な話を聞いているのは分かっているが、それも何か面白いものだった。話していると普通の人間で、能力があり、とても身体能力の高い人間だとは思えない。しかし、目の前で小さな石を瞬間移動させたり、草が泡の様に分解されていく様を見ていては、信じざるを得まい。と、急にテッドと圭吾が居住まいを正す。すぐ後ろにあの国王が居たからだ。国王は目立たないように豪奢な服を脱いでいて、今はただの親父のようにしか見えない。

「おうおう、テッド、圭吾、元気でやっとるか?!」

「はっ!!」「はっ!!」

「はっはっはっ!!元気で何よりだ!!あまり無理はすんなよ!!疲れたらすぐにわしに言えよ!!麻雀に連れてってやるからな!!」

「………」「………」

「返事はどうしたぁ?!」」

「はっ!!」「はっ!!」

正優は驚いた。今この場に居るおっさんが先程の威厳のある、というより冷酷そうな人間か…?と。ディミはそれを見て、はぁ…とため息をついている。

「お父様、テッドさんと圭吾さんは忙しいんだから、無理言わないの」

「何だ何だ~。ディミ~、わしの味方じゃないんかい~」

「私は皆の味方」

「ちぇっ。いいもんいいもん。あ、正優君。色々ありがとうな!!」

少々適当な感がいなめない。というより、百パーセント正優に興味が無い。

「あ、はぁ……」

「え?お父様、セーちゃんに何か言いたかったんじゃないの?」

「ん~、そうだったそうだった。正優君」

「はい?」

「握手」

「は、はぁ…」

と、二人は軽く握手をする。………それだけだった。

「じゃぁ、ばいばい」

と、親父は歩いていった。と思ったらまたすぐに戻って来た。

「ディミ」

と、ディミにも何故か握手を求めた。

「握手」

と、ディミと親父は握手をする。ディミ本人も訳が分からない状態だった。

「それじゃぁ、ディミ。気をつけて…戻って来いよ。必ずな」

「そんな心配しなくても大丈夫だよ。すぐに戻って来るから」

「おう!!そんじゃな!!」

と、親父はそれだけを言ってテッドと圭吾に送ってもらっていた。

「な、何だったんだ?」

「ごめん。私もお父様の思考にはついていけない所があるから」

「そうか……ま、いいや」

「それじゃ、そろそろ行こうか」

「あぁ……テッドさん、圭吾さん。ありがとうございました。さようなら」

軽く正優が敬礼をしながら言う。

「はっ!お気をつけて」

「さようなら!!」

正優の軽い敬礼に精一杯の敬礼で応える。正優は名残もない。そのままディミに連れて行かれて見えなくなるまで二人は戦士として敬礼をずっと称えたままだった。

 ディミと正優は、二人でこちらの世界に飛んできた場所へとやってきた。彼らは言葉を交わす事もない。しかし、何かが繋がっている感じがした。それは友の誓いを交わした彼らにしか分からない何かがあったのだ。

「じゃぁ、いくね」

正優は頷く。すると、見ると少なからず畏怖を感じる黒い空間が出てきた。

ヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュ

そしてその黒い空間は二人を包み込む。空間が止まる。大きな黒い塊が二人を呑み込むと、正優はやはり何も見えなくなっていった。今回は恐くなくなった。しかし、何故か眠気が増してきて、そして、気を失った。


 少年時代を思い出す。世界が終わると思っていた。いや、その時確かに彼は死んだ。ゼロになり、全てが無になる。近付くコンクリートの壁。流れる景色。それは夢の中の出来事のようだった。そして、その通り、夢の中の出来事だったのだろう。起きたら、普通に自分のベッドの上に寝ていた。彼にはそんな勇気がなかった。彼はベッドから降り、一人泣き出す。くすんくすんと泣いても誰も助けに来ない。音も無く泣く。自分の足が汚れている。……?汚れている……?何故?自分は昨日寝てから何処にも行っていないはずなのに……。急に彼は恐怖におののいた。自分の記憶に映るものが真新しい。新鮮で残酷だ。自分は今にも死ぬという事が肌身で感じ取れた。『死』。何故昨日は恐くないと思ったのだろう。そう、今は死が恐い。そして分かった事がある。自分は昨日、確実にあのビルの十五階に居た。そして飛び降りたのだ。そして、何かに助けられた……何に?何に助けられた?そして今何で自分の家のベッドで寝ているのか?子供心に、訳の分からない恐怖がつきまとう。正優は頭からベッドを被さった。『その世界を拒絶するように』

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