第一章第七節
第七節 柳原 永加
柳原永加は皆川正優の事が好きである。人を好きになる理由というのはこの世に山ほどあるけれども、その中では少しばかり稀なケースで皆川正優を好きになったと言えるだろう。一年前、二千年の十月二十日。一年と少し前に、塾の帰りで夜中十時をまわっていた。塾のせいで遅れたのではなく、年を取ると井戸端会議なんて名前に昇華される、女同士の喋りあいに興じていたせいである。親は意外と放任主義である為、門限なんてものはないのだが、やはりそれも度がすぎると少しばかりうるさく言われる。そんなこんなで、永加は普段通らない近道を通っていた。永加の住んでいる地域は治安が良く、不安はなかった。永加は参考書等で重くなっている鞄を肩から提げ、持ち前のスタミナを活かしてかなりの速度で走っていた。
「……この調子ならっ…はっ…はっ…はっ…あと五分位で帰れるっ……はっ…はっ…はっ…かな……」
そう口にした直後、彼女は自分の速度に比例した衝撃を感じる事になってしまった。
「きゃぁっ!!」「おわっ!!」
永加は後ろにつんのめってしまった。目の前には二人の男性がいて、一人は倒れていた。
「あ、す、すみません!私、急いでて…」
息を切らしているのも忘れ、人の良い性格の永加はぶつかった人物に謝る。が、その男は明らかに悪そうな、いわゆるヤンキーだった。髪も金髪で、ジャケットもいかにも悪そうな永加の最も苦手とする人間達だ。永加の通っている学校は進学校なので、頭の悪い人間や、素行の悪い人間はあまり入ってこない。例外もいるのだが、そうゆう輩は厳しい生活指導の先生に処罰されていく。永加はそういう人間達とは関わりあいになる事が無かったのだ。映像の中に映る彼らの事を、一般人のイメージと変わりないイメージを持っていた彼女にとって、この遭遇は、彼女を怯えさせるのは当たり前であった。
「っくぅ…いってぇ……なぁ、あんた夜中にそんな速さで走ってたら危ないって分かってるよなぁ…」
「あ、は、はい…本当にすみませんでした…」
怯えていて声が震えてしまう。
「はははっ!!可愛い女の子がぶつかってきたんだから、いいじゃねぇの。なぁ、君何歳?」
「えっ…十六歳です…」
初めての恐怖に、咄嗟に答えてしまう。
「えぇ~?!犯罪じゃねぇの?!いやぁ、可愛いねぇ。君今から暇?」
「今、帰り途中なんで…」
「はぁ?帰り途中?俺がどれだけ痛い思いしてると思ってんだ?俺達と一緒に来ないとヤッちまうぞ?!」
先程永加とぶつかった男がキレている。永加は叫びたかったが、あまりに恐ろしい体験で声が出なくなった。そして、男の手が永加の肩に触れた瞬間、永加は目をつぶった。
「ぐああぁぁぁっ!!」「ぐげぇぇぇぇ!!」
目の前に居た男達が奇妙な声を上げた。目の前の光景をおそるおそる確かめてみると、そこには一人の制服を着た男子生徒が居た。
皆川正優は真の家に遊びに行って、その帰りであった。飯を真の母にたらふく食わされて、腹ごなしに歩いて帰っている最中だ。いつも帰っている道を通っていると、二人の男を見た。完全にヤンキーだった。髪は金髪、ピアスを鼻にもつけていてだらだらと歩いている。正優の前を歩いている二人を追い越すのは躊躇われた。しかし、今更もと来た道を三分近くもタイムロスするのは面倒くさかった。なので、スピードを男達に合わせて、距離を詰めないようにして歩いていた。前の男二人が曲がり角を曲がると、おわっ、という男の声と、女性の声が聞こえた。
「うわぁ~…マンガみたいな展開だなぁ…」
正優も曲がり角に向かうと、やはり案の定の展開だった。しかし、衝撃的な画がそこにはあった。ぶつかった女性は見知った顔だった。そう、正優の学校のアイドル、柳原永加であった。柳原永加がこんな夜中に歩いていたということには多少驚きはしたが、まず目の前の問題を片付けるのが先だ。明らかに男達は柳原永加に腹を立てる、もしくは気に入っている、という状況で、なおかつ彼女が怯えている。もう助けないわけにはいかなかった。正優はあまり恐怖心が無かった。何故なら、正優には恐ろしい姉が居たのだ。小さい頃から何かと取っ組み合いをして、何かとボディーブローをくらったり、何かとアッパーをくらったりしていた。身体にアザが出来たまま学校に行くと、先生に家庭内暴力でもあるのか、と危惧された事もあるのだ。もちろんその時、これは格闘技を習ってるんで、と一応嘘は言わなかった。皆川響子は名目上空手三段ではあるが、師範の先生と組み手をしても勝ってしまうという、正優にとっては熊よりも恐ろしい存在であった。その時の恐怖心に比べたら、この二人の男は見た目が派手なオウムくらいにしか思えなかった。正優自身は格闘技は習っていないのだが、姉の技という技をほとんどくらって、見よう見まねで姉に対抗するくらいの事はできるようになった。第三者が皆川家の戦いを見ると、プロ同士の組み手か何かか、と勘違いできるだろう。もちろん姉の圧勝で終わりなのだが。そして初めて姉以外と対戦したのが、姉の所属していた空手の道場の一人で、都大会準優勝という成績を残す高校三年生であった。響子がアメリカに行くのが決定してから、姉に「一緒にアメリカに行かないなら、一人で生活しても大丈夫なように、空手を習いなさい」と言われた。しかし正優は自由に生きたい人間なので、「いやだ!せめて条件をつけてくれ」という事で、その道場の一人と組み手をして相手を気絶させたら好きにしていい、という条件を響子が提示した。そして正優は知らなかったが、その対戦相手は都大会準優勝。確実に正優が負けると誰もが…正優自身もが予想していたが、意外な事に一発の蹴りが相手の側頭部に決まり、ワンラウンドKOを取得。そして正優は自由を勝ち取った。そんなこんなで、二人の男は腹に強烈な姉譲りのボディーブロー。あごに一発、これまた姉譲りのアッパーが決まり、二人とも一瞬にして倒れた。
永加はその二人が正優に倒された瞬間を見てはいなかった。しかし、そんな事はもうどうでもいいのだ。男の背中がこれほどまでに格好よく見えた事はない。そして振り向いた男子高校生は見た事があった。学校に入って成績の首位争いを繰り広げるうちの一人、皆川という男の子だった。他に端野真という有名人がいるのは分かってたけど、秀才コンビという事で、皆川正優も有名だったのだ。
「えっと…柳原さん。大丈夫?」
と、正優に手を差し伸べられる。
「あ…は、はい。って、あれ?名前…」
「え?いや、柳原さん有名人だから」
「そ、そんな。皆川君だって」
「へ?俺が?」
「いつも端野君と歩いてるし…」
「あぁ、そうゆう事か。まぁ、やつとは中学からの知り合いだから、金魚のフンみたいにいつも一緒に居るやつ、っていう感じで見られてるんだろうけど…」
「あ、いや、そういうんじゃなくて、皆川君いつも学年で三番以内だから、確認した事があって…」
「あ、なるほど!でも、柳原さんも凄いよねぇ~。いつも三番以内で。今の所一位取ってる回数が一番多いの柳原さんじゃない?」
「いや、そんな事ないよ。多分端野君が一番かな」
「奴は医者志望だからなぁ。出来るだけ争わないようにしてるんだ。人体実験されるのがいやだから」
「あっははは‼︎」
「お。笑ったね」
「え?」
「いや、こんなに恐い目に遭ったばかりだから、恐い思いしてるんじゃないかと思って」
そういえば、と、永加は自分の心におかしさを感じた。心の穏やかさの原因は恐らく目の前の男の子なのだと思った。
「じゃぁ、こいつらが気絶してるうちに行きますか」
「え?……あ、う、うん」
そして、その後正優に家まで送ってもらったのである。これが、多少稀なケースであるが、永加が正優を好きになった旨である。好きになる原因は多少稀なケースであったが、好きになった後は大抵の女子高校生と同じものであった。正に、年頃の女の子である。
それから半年あまり、彼女は一切行動を起こさなかった。皆川正優という男の子の事が好きだ、という事実が自分には分不相応なのではないかと感じた。別にそんな事は無い、というより、皆川正優がその事実を知ったとしたら、正に自分なんかが柳原永加に好かれるなんて、分不相応だと言うだろう。永加は彼の家が大富豪という事は知らない。あるとしたら、頭が良い、という事と、格段に格好良い、とまでは言えないが、そこそこ見られる程度の顔。そして、自分を守ってくれたという事実。これに分不相応を感じる事ができるとしたら、かなり奇特な心を持っていると思える…が、そこはそれ。女心なのだ。自分の気持ちに意味づけをする必要はない。それが恋心と女心であるように思える。しかし、そうした謙虚な姿勢が功を奏したというのか、二千一年四月二日、新しいクラス発表では幸運が起きた。特進クラスは学年に二つあるのだが、二年六組と二年七組になっている。新しいクラス表に群がっている人ごみの中に永加も入っていく。永加の眼に映るのは、柳原永加という自分の文字と、皆川正優という思い人の文字。そしてその文字が、二年七組という一つの枠の中に入っていた。そしてそこには、確実に意図的なものが見られた。学年トップクラスの頭の良い柳原永加、皆川正優、端野真が一同に勢ぞろいしたのだ。
「おぉ~、端野、今回は同じクラスだぞ!!」
「おぉ~、じゃぁこれで簡単にお前と勝負できんな!!」
と、はしゃいだ声が聞こえる。
「ん?おぉ?今回あの柳原も同じクラスだぞ?!」
「え?うぉ!!マジだ!!やった!!」
という二人の声に反応したのは永加ではなく、永加のファンである男どもで、調子にのるな、という罵声を浴びせられたのであった。永加は既にクラスにいた。元のクラスで一緒だった友達と話をする。クラスの男達は、学園のアイドルが自分と同じクラスだという事でぎらついていたが、話しかけるのは躊躇われた。何故なら、他のクラスの永加のファンが、出し抜けするのは許さんぞ、という圧力をかけていたからだ。派閥が起こっていた。もちろん永加の預かり知らぬ所ではあるのだが。
「なぁ、七組って階段から遠くないか…」
「いや、食堂に近いからある意味ラッキーだって」
半年振りの声が聞こえた。永加は入り口の方に目を向ける。すると、皆川正優と、端野真という有名人が二人仲良くクラスに入ってきた。正優と端野は真っ先に柳原永加に目を向けたが、何も言わなかった。もちろん、ファン同士の派閥争いが恐ろしいからである。その反応を見て、永加はこの世の終わりのような顔をし、うなだれた。周りの友達が一体どうしたのか、と心配したのだが、永加は元の調子には戻らなかった。
始業式が終わり、ホームルームに入る。この時間では、まずクラス委員を決めるのだが、これが普段は難航する。クラス委員といっても、内申点が少し上がるくらいで、他にはデメリットしかないからだ。男子と女子で委員長と副委員長が決められるのだが、誰も立候補は挙げない、という事で、担任になった鈴村先生が投票にしよう、という提案に、端野以外の誰もが賛成した。そこに名を連ねるのはもう既に決まっていた。端野真と柳原永加である。頭は良いし顔は良いし、運動神経も良い。と、三拍子揃っている人間なんてそうは居なかった。もちろんその二人に票が集まると思っていた。が、票は割れに割れた。女子は柳原永加が決まるのは決定的だったのだが、割れたのは男子の方だった。永加のファンの男達は、永加が当確なのを分かっていたので、自分に票を入れたのだ。なので、鈴村先生は男子の名前を沢山書かなくてはいけなかったので大変だ。しかし、女子が入れた男子の票は、やはり真に集中した。が、正優にも票が集まった。真と永加が一緒に仕事をやるのが嫌だと思った女子(真のファン)が、正優に票を入れたのだ。また、永加の正優に対する恋心を知っていた人間は、永加と正優をくっつけようと正優に票を入れた。それでかなり荒れた委員長選になったのだった。結果、柳原永加、四十票。当確。端野真、十五票。(内一票が正優)皆川正優十六票。(内二票が永加と真)他男子一名につき一票。(これでその九人が永加のファンだとバレた)そして、委員長が柳原永加、副委員長が皆川正優となり、荒れた委員長選は終わった。委員長という仇名がついた柳原永加は、その仇名がついた不快指数よりも、正優と一緒に委員長をやれるのが嬉しくてたまらなかったのである。そして先程の落ち込みようと今の意気揚々とした感じで、一発でクラスのほとんどに、永加が正優を好きなのだという事が分かったのだった。もちろん正優本人と、永加のファンは気付いていないのだった。
「え~、では、これから新委員長と副委員長に司会をして…じゃなかった。え~、こういう時なんて言うんだっけ?」
「先生、そういう時は進行って言うんです」
ははははっ、と教室に笑いが起こる。しかし、その時正優は笑っていなかった。まず間違いなく端野が委員長になるのだと思っていた彼にとって、これはおかしい出来事だった。有り得ないと言ってもいい。何故自分が壇上に立っているのか。そして、隣には学園のアイドル、柳原永加がいる。前に助けて、家まで送って行った後、永加と仲良くなれると思っていた…が、彼女は何故か正優を見るとすぐ隠れてしまう。嫌われるような事をした覚えもないのだが、しかし、彼女は明らかに正優を避けていたのだ。それにより、永加と一緒に居る時間が多くなるのは彼女にも負担が大きくなるのかも、という心配があった。そして永加のファンの恐ろしいプレッシャーもあった。色々な感情が渦巻く顔で壇上に立ち、横に立った永加を見た。一瞬視線が合うものの、やはり、少し顔がうつむいてしまう。これは駄目だな……という雰囲気が自分の中に渦巻いた。
一方、永加は、緊張と、以前助けてもらったお礼をちゃんとしてなかった事の罪悪感で正優の顔を見られなかった。好きな人と一緒の委員になった嬉しさがあるとは言え、あの時からまともに話をしたこともないし、何より正優が話しかけてくれないという事があった。永加は自分から男子に自発的に声をかけるという事はできなかった。基本的にはシャイで、男子と話をした事があるのは小学校低学年くらいまでの話である。そんな状況で、急展開を迎えた今、正優と顔を向けて話をするという偉業を達成する事は困難であったのだ。そんな風にもじもじしていると……
「それじゃぁ、票の多かった柳原が委員長で、皆川は副委員長で。じゃぁ、他の係りを決めていって下さい」
鈴村先生が言った。それからはもう二人ともたんたんとした進め方だった。正優にとっては針のむしろという位か。
その日の放課後、委員長と副委員長になった者達は全体会議という事で、他の皆よりも遅く帰ることになってしまった。まぁ、始業式は午前までで終わりなのでそれほど遅くまでは残らないのだ。全体会議が終わり、教室までの道を永加と正優は他の生徒に混じりながら歩いて帰る。やはり微妙な距離がある。正優は、学園のアイドルに嫌われたと完全に思っていた。しかし、これまでは他のクラスで接点も無かったし問題も無かったが、これからは委員長と副委員長として話す機会も多くなるのだろうし、一緒に行動する機会も増えるわけだ。それでこんな危ない雰囲気ですごしていくのはもう嫌だ!!嫌われていてもいいから、せめて話くらいはしてくれ!!と思った彼は、他に生徒がいない場所だという事で、一気に行動に出た。
「委員長、あのさぁ…」
「え……?」
正優と同じ委員になれたというのに話す事ができなかった永加は、正直どうしたらいいか分からなかった。こちらが話すのは恥ずかしいが、向こうも特に話す事はないのか、会話さえない。しかし、今、正に、今、声をかけられた!これは大チャンス!しかも名前まで仇名で呼ばれた!!という事で、話をしてみようと思った。しかし顔は恥ずかしくて見られないので、少しそっぽを向いてしまう事になっているのだが。
「な、何……?」
「俺の事を嫌うのはいいんだよ…だけど、せめて同じ委員になったんだから、業務上の事位は話してくれよ……」
……………………………………ずさっ。
「い、委員長どうした?!」
正優の言葉を聞いて、あまりの衝撃に頭がまわってしまって、床に膝をついてしまった。ど、どういうこと?!私が皆川君を嫌ってる…って、えぇ?!何で?!
「い、委員長…?」
ゆらり…と、永加が立ち上がり、後ろを振り返る。その顔には、涙が浮かんでいた。
「え…………………?」
正優はあんぐりと口を開けてしまっていた。そんなにきつい事を言ったっけ?ってゆうか、やばい。どうしたらいいか分からない……。そんな状況になって、正優は口を開けなかった。
「み、皆川君、私、皆川君の事、嫌ってるように思えた…?」
「え…あ…うん…。今まで見かけても目があったら逃げられたりとか、今日も俺が決まった瞬間からうつむいて、ずっとこっちを見てくれないし、全く会話もないし……」
そ、そんな事を思われていたんだ……私のやる行動が全部裏目に出ていたんだ……。そう思うと、永加は涙が止まらなくなってきた。
「う、うぅ、…っうっ…ひっく…うぅ……」
「え?ご、ごめん!!言い過ぎた!!いや、別に嫌いなままでもいいんだって!!いや、本当に何も迷惑かけないから!!何なら今から端野に副委員長かわってもらっても…」
「うぇーーーーん!」
「えぇ?!げ、激化した?!何で?!い、委員…じゃなくて、柳原さん、ご、ごめん!!」
女の涙に慣れていない正優はもうあたふたする事しかできなかった。そして、この学園での生活はもう終わった…と思った。
「ち…ちがうの…うぅっ…ひっく…」
「……え?」
「私、ちがうの…ずずっ…あんまり、男の子と会話とかしたことなかったし…前に助けてもらったお礼もできなくて、本当に悪いと思ってて…」
「え…?あ、あぁ。あの時助けた時のか。いや、あれはもう帰りに何度もありがとうって言われたし…(というかそれしか言われなくて会話にもならなかったけど…)」
「うぅ……でも、もっとちゃんとお礼したいと思ってたんだけど、いつも端野君と一緒に居て、話しかけるのも恥ずかしかったし…」
確かに正優は学校に居るときはほとんど端野と一緒に行動していた。ホモか、という噂も流れていたほどである。本人達は気にしない様子でずっと二人でいた。確かに男子が苦手な永加にとって、端野といつも一緒にいる正優に、あの時はありがとう、そしてお礼にこれを受け取って下さい、とお弁当を渡す勇気など微塵も、これっぽっちも、地球が逆回転しても、世界が三秒で消滅する位なかった。
「た、確かにいつも一緒にいるからなぁ…」
「ごめんなさい…。自分の行動が至らないばっかりに、皆川君にそう思われてるんだって思ったら少し悲しくなってきちゃって…」
「あ、そ、そうなんだ……」
何で悲しくなってきたのか、という意味は分からなかったのだが、何となく安心してきた。
「じゃぁ、嫌われたってわけじゃない……のかな?」
「そ、そんなっ!!嫌うなんて、命の恩人に対してそんな事思うわけないよ!!」
「お、おぅ……」
凄い気迫に襲われて、正優は少しビビってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。でも、とにかく感謝はするけど、嫌いになんてならないよ…」
「そ、そっか………っはぁぁぁぁぁぁ!!よかったぁぁぁぁぁぁ!!」
「え?」
「いや、え?じゃなくてさ。俺確実に委員…じゃなくて、柳原さん」
「あ、い、委員長でいいよ。柳原っていいにくいし…」
「マジで?じゃぁ、委員長に嫌われてると思ったからさぁ…いや~~、よかった~。安心した」
「本当にごめんなさい…」
永加の頬に少し涙の痕があるが、泣き顔ではない。安心した顔である。
「いやいや、俺も悪いんだからさ。でも、ま、これからは仲良くやろうぜ?同じクラスの委員長と副委員長として」
「え……う、うん!!」
「はははっ!!良かった良かった。委員長って案外早計なんだな」
「え、そ、そうかな…」
「いやぁ、学園の完璧超人にも少しだけ欠点があって良かったよ。馴染みやすくなった」
「か、完璧超人なんかじゃないんだけど…ほ、ホントに?」
「あぁ。ホントに。あぁ、完璧超人っつぅのは端野みたいなやつの事かな」
「そうだね。端野君は本当に完璧超人だね」
「くっ…あっははははは」「ぷっ…ふふふっ…」
誰もいない教室に二人の笑いがこみ上げる。それだけで寂しい雰囲気は色づく。色で例えるとオレンジ色や赤色のように暖かい色になっていた。それだけ二人とも安心したのだろう。自然にこみ上げてくる笑いをひとしきり終えると、正優が鞄を持ち上げた。
「じゃぁ、委員長、飯食いにいこうぜ?」
「え…?ご飯?」
「あぁ。会議の時から腹が減っててさぁ。ちょっと入り組んだ場所にある定食屋見つけてさ。美味しくて安いんだ。泣かせたお礼に奢るぜ」
「え、あ、いや、そんな!私の方が迷惑かけてるのに、それにあの時のお礼もまだだし、私が奢るよ!」
「お…?委員長なのに学校規則破っていいのかい?帰りに買い食いはいけないんだ~」
「ふふっ…いいの。私友達といつも買い食いしてるもの」
「へぇ~、意外~。やるじゃん、委員長。それじゃぁ、お言葉に甘えて奢ってもらおっと!」
「うん!」
そんな会話をやり取りしながら、彼らはさっきまでの殺伐とした雰囲気をかき消した。永加にとっては、人生において、最高の一日になったのであった。
時は変わって二千一年、十二月一日。彼女の幸せな日々に動きがおきた。なんとあろうことか、皆川正優に彼女がいたのかもしれなかったのだ。それというのも、噂が聞こえてきたのだ。「さっき、校門に可愛い女の子がいて、皆川が手を引いて走り去っていった」という噂を聞いたのだ。そんな馬鹿な、と思ったのだが、永加は別に正優と彼女がいるかとかいないとか、そういう話を一度もした事がなかったのだ。確かに、確認しないといけない事象だった。と、昼食から正優がいつものように真と帰ってきたようだった。真は笑っていて、正優はうなだれている。何かあったのだろうか。聞いてみたい。しかし、他の男子に正優が囲まれて質問攻めにあっている。つまり、その事象は本当に起こったのだ。その事実が、永加に怒りを蓄えさせた。正優はちらっと永加を見ると、そこに鬼の形相の永加がいる。何故かは分からないが、正優は永加に恐ろしさと罪悪感を感じた。男子に囲まれている正優を見続けていると、永加と少し眼が合う時があったが、どうも怒りがおさまらず、睨んでしまっているような構図になり、正優も目を逸らすのだった。
特進クラスの午後の授業が終わり、ホームルームが終わり、いよいよ帰る時に、永加はいつもの癖でついと正優の席の方を見る。正優は鞄を持っていつものように真と話をしている。普段なら正優は真と一緒に帰るところなのだが、正優が真にすまない、みたいなジェスチャーをして先に帰らせた。何かあったというのだろうか?永加はそう思って、彼についていこうと決めた。永加は先程正優をずっと睨んでしまったようだから、急に話しかけるのも難しい気持ちになってしまって、少し後をつけるような形になってしまう。というか、完全に尾行だ。正優が訪れた場所は意外な場所だった。生徒指導室。生徒指導室といえば、学校の中において、最も行きたくない場所の内の一つである。教師に色々と問い詰められ、果ては色々な制約をつけられる場所なのである。永加には予想がついた。先程、噂が流れてきた時に、体育の青木先生や、生活指導の大村先生が謎の美女に気絶させられた、という件だった。何の冗談かと思ったが、何人もの目撃者がいたらしく、皆はせいせいした、と言っていた。青木は女子の間では最悪の教師というレッテルを貼られている教師で、いやらしい眼で体育の時にこちらを見てきたりするのだから、これに関しては謎の美女に感謝するほかない、ということだった。しかし、部外者が学校関係者に手を出すというのは、明らかに犯罪チックな臭いもしないでもない。そこで、知り合いでありそうな正優が呼ばれたのだ、と永加は合点した。だが、それが分かった所で、永加には何をする事もできなかった。生徒指導室に乗り込む訳にもいかないし、盗み聞きしている所を誰かに見られでもしたら、恥ずかしくて、ミャンマーの山奥で逗留生活をしてしまいそうだ。なので、ここは大人しく校門の近くで待つしかない。そして正優が来たら色々話をしてみよう、と考え、校門に向かう。後ろの方で体育の青木の怒号が聞こえた気がした。
靴を上靴から下履きに代える。靴箱からグラウンドを通って校門に出なければいけないのだが、その校門の辺りに人だかりが出来ている。何だろうと思い、近付いていく。と、そこには私服を着た女の子…それも、かなりの美少女。何人もの男子生徒に囲まれている。帰り途中の男子、部活中の男子、はたまたどこからか噂を聞きつけて私服なのに学校に戻ってきている男子。真ん中で、あたふたしている女の子は恐らく同じ位の年代か、それより少し年上位の感じだ。髪が茶髪より少し赤めで、顔立ちが日本人らしくもあり、どことなく外国人のようでもあった。足が長いし、綺麗な長い髪の後ろの部分をポニーテールにしていて、とてもスマートな感じだった。それを見て、もちろん分かってしまった。この子が皆川と手を繋いで走り抜けていった子だという事を。もし仮に彼女が皆川正優の彼女だったとして、自分に何ができるのだろう…。そう思ってしまった永加は、またいつもの落ち込みやすい性格が災いしてか、すこしがくりときてしまった。あんな美少女に適うはずも無い。自分なんか男子とろくに話も出来ないし、あんなに足が長いわけではないし、綺麗な顔立ちをしているわけでもない。そうずるずると悲観的な場所に自分を追い込んでいった。その美少女の周りの男子達はやれそれと質問を投げかけている。質問に答えようにも次々と質問されていて、答える暇が無い彼女は大分困った感じになっていった。
「ディ、ディミ?!な、何してるんだ?!」
と、不意に意中の彼の声が聞こえた。永加は一団のごちゃごちゃとうるさい声でかき消されるような正優の声を聞き分けた。これぞ本当に愛の力なのであろうか。しかし、声をかけられたディミという名の美少女はまだ質問攻めにあっていて、正優の声を聞き取れなかったようだ。何故か永加は少し勝ち誇った気分になっていた。正優はその光景に苛立ちを感じているのか、肩がわなわなと震え出している。
「お~ま~え~ら~邪魔だぁぁぁ!!!!!!」
突然正優が大きな声で叫んだ。が、男子達は気にも留めず美少女に話しかけ続けている。しかし、さすがにこの怒声に美少女は気付いたようで、
「あ、セーちゃ~ん!!助かったよぉ~!!」
などと愛称を込めて正優を呼ぶものだから、永加は静かな怒りで膨れてきた。多分周りに友達が居たら、永加の事を静かな虎、と表現したのかもしれない。
「え?あ…と、とにかく逃げるぞ!!」
「うん!!!!」
と、二人してかなりの速度で走って行った。愛の逃避行という感じで(永加にはそう見えた)逃げて行った二人を見ていた永加は、怒りのマークを額に浮かべながら、冷静ではない頭で、『ふ、不純異性交遊は、委員長として許せないわ!!』と、二人の後をつけて行った。自分が正優と付き合うことになったら不純異性交遊になるという考えは除外している所が、恋する乙女は盲目、という事なのだろうか…。
皆川正優の家の住所を永加は知っていた。クラスで体育祭をやった際、委員長と副委員長ということで、何かと相談しあう事もあるだろうからと、お互いの電話番号を教えあい、それと住所もついでに教えておくよ、という正優の気楽さに当初は感激したものだった。しかし、その住所を使う事は今まで決してなかったのだった。正優と委員として話す事は大抵学校でできたし、正優自身人を家に呼んだ事があるのは真位だから…と、あまり家に人を呼ばないようにしているらしかったのだ。そういう事もあってか、永加は彼の家に訪ねる事は無かった。しかし、丁度メモをしたのが生徒手帳という事で、生徒手帳に載っている住所を頼りに移動していく。土地勘もあったので、意外とすんなり到着したのだが、にわかには信じられなかった。
「うそ…………」
そう呟いてしまった永加の心に異論はない。正優の家は、大豪邸の家だったのだから。
「こ、これが皆川君の家…?す、凄い…」
庭があり、きれいに刈られた芝があり、石畳の歩道があり、豪華な造りの家があり…どこのメルヘンの世界に飛ばされたのかと思ってしまった。
「み、皆川君の家って大富豪だったのね……」
「そうだな。まぁ、あいつがひた隠しにするのも分からなくはねぇな」
「そ、そうだね。確かにこんな凄い家があったら、色んな悪い人に捕まっちゃうかも………って、きゃぁぁぁ~!!」
「げぇっ!!おいおい、俺だよ委員長!!俺!!端野!!」
よく見てみると、学校一の完璧超人、端野真だった。
「な、何だ…端野君か…」
「おいおい…何だとは何だよ。委員長は皆川が居ないと俺に冷たいもんなぁ…」
「な、何言ってるの?!そ、そんな事ないよ!!」
「だぁ、分かった分かった。いいから少しボリュームを小さくしてくれ。ご近所さんに迷惑になるぞ」
確かに閑静な住宅街の大豪邸の前で男と女が大きな声で話し合っていたら何かしら思われるだろう。永加は少し落ち着いて来た。
「んで、委員長は皆川に何か用だったのか?」
「え…?あ、その、そ…そう!ちょっと委員会の事で話をしたいと思って…」
「…………………そうか」
と、全く信じていない眼であった。
「ま、とりあえず、俺もさっきの女の子の事は皆川に聞いた事が無かったから、問いただして見ようと思ってな、遊びに来たわけ」
「俺も、って…私はそんな事一言も言ってない……って、端野君もあの女の子の事聞いてなかったの?」
「あぁ、全く。変化があった時は大抵俺には教えてくれていたんだが、珍しいな。あ、でも今朝、空から女の子がとか言ってたけどな」
真はカラカラと笑う。
「そうだったんだ……」
「委員長はどう思う?」
「え…?何が?」
「いや、あの女の子だよ。何か変な感じしなかった?」
「変な感じ?ん~、可愛い女の子で私達と同じくらいの年代で…足が長くて…とかそれ位しか思い浮かばないけど…」
「そうか。んー、ま、あいつに聞けば分かるだろう」
真がそう言うと、インターホンを押した。
ピンポーン、ピンポーン
「え?あ、じゃぁ、私帰るね!!邪魔だろうし!!」
「何で?いいじゃん。せっかく来たんだし、あいつの家の高級菓子でも頂こうぜ」
ぐらっ…←永加の心の揺れる音
「ついでにあいつの部屋でゲームでもやっていこう」
ぐらぐらっ…←永加の心の揺れる音
「そういやあいつ、委員長にご自慢の手料理でもお見舞いしたいとか言ってたなぁ(嘘)」
ぐらぐらぐらっ←永加の心の揺れる音
「委員長も料理できるって言ってたから、一緒に出来たらいいなって言ってたなぁ(これは本当)」
ばきん←永加の心が折れた音
「行ってみようか。ちょっと迷惑になるかもしれないけど…」
「よしきたっ!って、全然出てこないな。何してんだ?」
「家に帰ってきてないのかな?」
「いや、玄関の所の電気とかリビングの電気がついてるからそれはないと思うんだが…居留守でも使ってんのかな?………はっ…」
「何で居留守なんて使う必要が………はっ…」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「そ、そんな事は…まさか、あの奥手の権化の皆川がそれは…」
「そ、それは…え?うそっ…皆川君がそんな……」
二人の妄想は膨らんでいく。
「…………………」「…………………」
言葉がなくなり、二人は同じ見解に辿り着く。
「乗り込むか」「二人を止めましょう」
うん、と二人とも首を縦に振る。永加の方が直接的表現なのが気になるが、二人の考えはまとまった。真は永加をちょいちょいと招き、皆川家の塀の周りを少し歩いていく。真は昔からの付き合いで、正優に何かあった時の為に、合鍵の場所を教えてもらっていたのだ。
「委員長、ちょいそこで待ってて」
と、曲がり角の手前で永加はストップさせられた。と、十秒程待つと、真が鍵を二つ持ってきた。
「一つが門の鍵で、一つが玄関の鍵。まさかこんな時に使う事になろうとはな」
「じゃぁ、早く行こう…!」
永加は焦っているようだった。不安になっているのは、正優の為なのか、ディミの為なのか。真はニヤニヤしており、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
「よし、じゃぁ、開けるぜ」
外から見たら侵入しているようにも見えたが、上手い事人は通らなかった。門の鍵を開けると、すぐさま門を閉め、広い庭を扉の方へとかけて行った。そして、ドアに着くと、すぐさま鍵穴に鍵を差し込む。できるだけ音が鳴らないように…
ガチャン
「よし。じゃぁ、委員長。これからは声を出すな」
「う、うん」
そろ~りと扉を開ける。まず、その扉を開けた光景に永加は驚いた。確かに広さはあるし、高価そうな家具もあるけども、想像していたよりずっと庶民的な雰囲気だった。お金持ちの家は人を寄せ付けない雰囲気があるものなのだと映画やドラマの世界で刷り込まれていたのだが、とても入りやすい、日本人が馴染みやすい感じになっていた。玄関がかなり広いので、靴を脱ぎやすい。真がこっちだ、と指を指す。玄関から入って右の方に扉がある。まずは電気のついている所から、という事か。真がそうっと扉を開け、永加もその中を覗く。
「何だ…?」「え…?」
リビングの中はもぬけの空だった。驚いた所というのはそこではない。異常な寒さだったのだ。そう。異常。その空間はひどく凍りついた寒さに覆われていた。十二月一日の気温は確かに寒いとはいえ、ここまで極寒の寒さではない。クーラーが作動しているわけでもない。余りにも寒いのだ。窓に霜がおりている。大規模な何かの実験でも行わなければ、こんなに寒い状況になるはずがなかった。
「な、何なんだ?これ…」
「ねぇ、端野君、見て、これ」
永加がガラスの机に置いてある氷の入ったコップを真に見せた。
「こ、凍ってる…」
「こんな事って有り得るの…?」
「いや、有り得ないな…例え今のこの室温で置いておいたとしても、こんなに凝固するなんて事はない。液体窒素でもぶちまけないと……って、それの方がおかしいな…」
「……そうだ!皆川君探さないと!」
「あ、そうか。あいつに聞けば何か分かるかも…俺はあいつの部屋探すから、委員長は一階を探しておいてくれないか?」
「え、でも、勝手に探したら…」
「ちょっとおかしい感じがする。真剣に探した方がいいかもしれない」
「え…?それってあの女の子が何かするって事…?」
「………分からねぇけど…。とにかく探そう」
「うん」
真と永加は普通の家よりかなり広大な土地を持つ皆川家を探し回る。しかし、影も形も見当たらない。真と永加は一時間弱探し回ったが、何もなかった。しかし、電気がついたままになっていたり、正優の靴があったりと、何かおかしい感じがやはりあった。
「ねぇ、これ、警察に連絡した方がいいんじゃないかな…?」
「確かに、ちょっとまじぃかもな。見知らぬ女の子と帰って、しかもその後電気もつけっぱなしで正優本人は家にいない。靴もあるし鞄もある。しかし制服がない。そして訳の分からないあのリビングの寒さ。警察に連絡した方がいいかもな…」
「じゃぁ、連絡してくる」
永加はリビングに置いてある電話を取る。
「委員長、待て。これ…」
「え?……これ…」
そこには、リビングの机の上に、何か紙が置いてある。さっきは何も置いていなかったはずなのに…そこに達筆の文字でこう書いてあった。“安心しろ。これは序章に過ぎない。皆川正優は明日の十八時にはこちらに帰って来る”
「な、何だこれ…?」
「さ、さっきまで何も無かったよね?こんなの…」
「……でも、俺この字、何か見たことあるんだよな…」
「え?皆川君の文字ってこと?」
「いや、違うな。でも、知ってるやつの文字なんだよな」
「………ど、どうするの…?」
「とりあえず、ここに明日の十八時に帰って来るって書いてあるから、それまで待った方がいいんじゃないか?もし警察呼んで帰って来るようだったら、徒労に終わるしな」
「う、うん…。分かった。でも、この序章に過ぎないって、どういう意味なんだろう…?」
「分からない………。とりあえず、委員長、家に帰ろう。それで、明日また六時にここに来るようにしよう」
「分かった…」
真と永加は家の電気を切って、扉に鍵をして帰っていった。
皆川家の中は静寂に包まれた。その中に一人の男が居た。彼は白衣を脱ぎ、机にかけた。そしてソファーにもたれかかる。彼は天井を見つめる。そして言葉が口をついて出た。
「ふぅ…。やっとここまで来たか……」
その男は一つため息をつくと、嬉しそうに口元を歪めていった。
「くくくっ……くっくっ……はっはっはっはっは!!!!!!!」
皆川邸に笑いがこだまする。彼の頬に涙が流れる。
「もうすぐなんだな…もうすぐ俺は……」
…………が出来る。彼の言葉には非常に感嘆の思いが感じられる。そして、郷愁の念も感じられた……。
永加は帰り道、まだ明るい外に出ると、異世界から元に戻ってきたような錯覚に陥った。真と別れて、明日の夕方六時にまたここに戻ってくる事を考えると、少しわくわくしてしまった。何かが始まるような予感がする。しかしそれ以上に好きな人の安否が気遣われる。しかし、今はあの紙を信じるしかない。ただ祈るのみだった。