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Second to Third  作者: 弥勒
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第一章第三節

第三節 世界はこんなです


 正優は学校へと足を進めていた。進学校へ通っている正優は非常に頭がよく、学年トップスリーに毎回名を連ねている。

「どうした?考えるフリなんかしやがって」

いつの間にか正優の隣にいるのは、長身、良いパーツだけを組み合わせたような顔、頭脳明晰、最高の運動神経を持つ男だ。中学の頃に知り合い、高校二年生になってより深く仲良くなっている、端野真(はたのまこと)という男だ。秀才というよりは、天才の部類に属される、天は何物を与えるのか、嫉妬すら起きない事象の具現化だ。正優は勉強をコンスタントに行なっていたが、真は学校での勉強で充分だといって家であまり勉強をしない。二人とも一般人とは違う部分を持ち、周りからは遠巻きに見られがちな人間だった。そういった所で正優と気が合ったのだろう。学校でも外でも、気を許して遊んでいる唯一無二の親友だろう。ただ周りからの評価で言うと、正優の顔が悪いというほどでもないのだが、真といるとどうしてもオマケのような扱いを受ける事が多い。当然の流れなのかどうかは分からないが、ファンクラブまである。しかし、正優はそんな事を気にしない。気楽に付き合えるという事で、真も正優と一緒にいると気が休まるのだろう。

「んだよ。俺が少しでも考え事してたらおかしいってか?」

「んな事は誰も言ってない。しかし、あの天才の皆川君の眉間に、いつになくしわが寄ってるからな」

「う~ん…じゃぁ、ちょいと相談」

「お?何だ?」

正優から相談される事はあまりない事なので、端野は少し興味を持つ。

「ん…夜中に歩いてて、空から女の子が降ってきて、その子が俺の…」

「あ、もうそろそろ校門だなぁ」

「おい、こら」

「いや、そういった事は精神科医に相談してくれ。俺は医学部志望じゃないんだよ」

「は~いはいはい。そうですかぁ~」

軽口を言い合いながら校門近くまで来ると、声をかけられた。

「お、おはよう。皆川君、端野君」

可愛い声が正優と真の耳に響き渡る。朝から幸せを感じずにはいられない。

「おはよう委員長」

真がダルそうに手を上げながら言う。

「今日はえらく遅いね。珍しいな」

正優がほんわかとした気持ちになりながら真の後に続く。声をかけて来たのは、学校のアイドル、柳原永加(やなぎはらえいか)である。彼女もまた、学年で三番以内を常にキープしている完璧超人である。学年での成績上位者三人は、この三人でほぼ決まっていた。身長は百五十六センチで、髪はショートヘアーで肩ににぎりぎりかからないくらい。視力は悪く、眼鏡をかけているのだが、眼鏡を外した時の可愛さたるや…と、むしろ肯定的な意見しかない。運動神経もこれまたよかった。基本的に明るく、誰にでも平等に優しい彼女は、容姿においても、性格においても、アイドルになるのに十分なものを持っていた。もちろん男共によるファンクラブはできている。ファンクラブというものが出来ている事自体を知らない永加だったが、その鈍さがまた良い!!と、男共は永加にすっかりはまっているようだ。いつか、彼女を我が手に入れようと日々画策をしている。しかし、その男共の夢は儚く、叶うはずもなかった。彼女には、好きな人がもういたからだ。

 「委員長って家どこだっけ?」

正優は彼女に問いかけながら、校門に入っていく。永加は、顔が赤くなりながらも、正優と真の後につきながら正優の問いに答える。永加は、分かり易すぎる程に正優が好きなのだ。

「私の家、あっちの方だから」

「委員長、そんな指差しても、距離が分かる訳ないでしょが」

「あ、あ~、そ、そうだよね。えっと、小暮橋の方に歩いていって、そこから五分くらいかな?」

「……あぁ、なるほど…。じゃぁ、遅刻なんてあんまりしないか」

いつもの事だが、真と永加を従えていると、周囲の視線が刺さりまくる。最初に真と一緒に登校した時には、女子にとって食い殺されるんじゃないかと思うくらいの気迫が漂っていたのだが、最近ではそれがもう慣れてきてしまっていて何とも思わなかったのだが、真と永加が一緒にいると、そこに男共の気迫が加わる訳で、いつもの二倍増しのプレッシャーに耐えるのが辛かった。そして、質の悪いことに、真はまだモテている自覚があるのだが、永加は一切自分がもてているという自覚がないのだ。だから、正優に気を遣う以前の問題だし、正優に迷惑がかかっている事等知る由もない。鈍すぎる永加は正優に近付きたい。正優は学園のアイドルに話しかけられて嫌な気はしないが、周りが恐い。知られざる正優のストレスがここにあった。

「皆川。完璧超人の委員長が遅刻なんてするはずないだろう?聞いたぜ?前の全国模試、三番とったんだろ?」

「そ、そんな。端野君こそ凄かったって聞いてるよ?」

永加が手をぶんぶんと振ってリアクションをする。真が鞄を右肩から左肩にかけなおし、左側を歩く正優に鞄をぶつけながら言う。

「今回はこいつに軍配が上がったから、いばれないんだよ。お前何位だっけ?」

「俺は十二位。お前は確か十八位だろ?」

「こら!俺の順位を勝手に発表すんじゃねぇ!!」

真は正優の首を絞めようと腕を正優に回そうとしたが、正優は来るのが分かっていたかのように、左下に体重移動をかけ、避けた…と…後ろにいた永加が正優の隣にいつの間にか来ていた。ぼよよん。ん?何だ?今の?かなりベタベタに、彼女の胸に正優の肩がずっぷり沈んでいた。その瞬間、永加よりも、正優の心臓がとんでもない事になっていた。主に恐怖で。

「ご、ごめん!委員長!!い、委員長が隣にいるなんて知らなかったから!!ま、マジでごめん!!」

「い、いいよ。皆川君な……」

永加ははっとして口を押さえ、顔が真っ赤になり、校舎の方に駆けて行った。

「お前。死ぬなよ……?」

真は正優を哀れんだ。それは永加に嫌われる云々ではない。永加が正優にベタ惚れなのは気付いていた。というか、ファンクラブ会員と正優以外の皆が気付いている。真が哀れんでいるのは、永加のファンクラブに殺されるのではないか……という事だ。

「ぐ……お前のせいだろうが!!」

「あはははは~。とりあえず、俺が一緒にいる内は守ってやるぜ。まぁお前ならその心配はあまりないだろうがなぁ~」

「こいつ…」

「まぁまぁ。ほれ。早くしねぇと予鈴なっちまうぞ?」

土曜の朝。いつもより人通りの少ない道に、いつもの鐘が響き渡る。

キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……


 正優の家。彼女は暖かい毛布の中に入っているのに気付いた。多分、彼がかけてくれたのだろう。低血圧らしき彼女はふらふらと頭が揺れている。回りを見てみる。中々趣味の良いインテリアや、大きなテレビがある。電化製品には慣れていたつもりではあったが、彼女の目にはあの情景が一瞬思い浮かぶ。しかし、この部屋には緑も多々ある。彼が手入れをしているのだろうか?起き上がると、寒い部屋の中を歩いてみた。棚の上にある写真に目がいった。彼の父親と母親だろうか?不精髭をこさえた父親らしき人と、ウェーブのかかった長い髪の母親らしき人が、彼のお姉さんらしき人と彼を真ん中に挟んで抱き合っている。彼はまだ赤ん坊のようだが、幼くとも、やはり彼の顔だ。

「何だか、頼りなさそうな顔をしていたけど、でも、優しいみたいだし」

くすりと笑う。テレビに近づいてみると、紙に《学校の電話番号、住所》とメモ書きがあった。にやりと笑うディミ・エンプティ。その頃正優は、授業中に背中が冷たくなった。


 キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……

「ふぅ。やっと昼休みか。何か長かったなぁ…」

正優は机の上にあった教科書を片付けて、真の席へ近づく。このクラスでは土曜でも授業が午後の部まであるのだった。カリキュラムとは別に、特進クラスの特別授業というのがある。その特進クラスに属しているのが正優と永加と真だった。そいつらがいるおかげで食堂も開いているし、購買も開いている。

「おう、じゃぁ行くか」

真と正優は昼休憩を大抵食堂で過ごしていた。真には弁当を作ってきてくれる女の子が沢山居たが、以前睡眠薬が入っていて、寝込みを襲われかけたという恐ろしい経験があった為、食堂に行くようにしている。母に頼んだところ「梅干しと白飯だけなら作ってやらん事もない」と昭和の漫画を彷彿とさせるような弁当の提案に、丁重にお断りを申し上げたとの事。正優は弁当を作ってくれる家族もいないし、自分で朝早く起きて作る気になんてなれない。夏にはやったりするが、冬はベッドの暖かさが忘れられないとかでギリギリまで寝てしまうようだ。

「なぁ、今日A定食なんだっけ?」

「あぁ。唐揚げとパスタじゃなかったっけか?」

と、廊下を歩いていると、窓にこぞって集まる生徒の群れ(男が主に)が目にとまった。

「ん?何かあったのかな?事故とか?」

正優は近場にいる知り合いに声をかけてみた。

「おい、梶原。。何かあった?」

「皆川!あれ見ろよ!誰か探してるのかな?!」

梶原の指先へ目をやると、そこには今朝正優の家に半強制的にやってきた女の子だった。

「って、何でここが分かった?!もしかして、テレビの横の貼り紙でも見たのか……?」

その通りだった。

「どうした?もしかして知り合いか?!」

梶原がそう言うと、周りに居た男子ほぼ全員…というより、真以外が正優を振り返った。

「え?あ…あははは……あはあは……失礼!!!!」

「あ、逃げやがった!!多分知り合いだ!!」

梶原他、何十名の生徒は正優を追いかけた。真は一人、思案に耽る。

「あいつに女ができるとは……良かった良かった」

心底嬉しそうに、息子を見るような親父の目をしていた。


 少女は注目の視線を浴びまくっていた。というより、囲まれてると言ってもいい。

『何かすっごい見られてるけど、もしかして服装まずかったのかな……。おっかしいなぁ。この時代の服には研究してたはずなんだけど。あ、ここ、学校だから変に思われてるんだ。う~ん、でも、さすがに服を奪う訳にもいかないし……』

と、向こうの建物の方から見知った顔と、その他有象無象が走ってきた。

「ディミさん!ちょっと、逃げて!!」

大声で駆けてくる彼を見て、ディミは意地悪心が出てしまい、少しニヤニヤしながらその場に居続けた。

「ちょ、逃げて!って!」

正優はそのままディミの所についてしまった。

「あっと…と、とにかく!」

すぐ様ディミの手を引っ張って校舎の外まで走った。と、校門にいる人影が正優の目にうつった。

「って、あれ?校門に居る先生どうしたの?!」

「何かうるさかったから眠らせた~」

校門の外に出ると、体育の先生の青木と、生活指導の大村が、椅子の上にぐで~となっている姿を見つけた。

「のぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「あ、セーちゃん今の顔面白い!!も一回!!」

「くぉらぁぁぁぁ!!!!」

もうやけっぱちで校舎の外に出て、人気の無い公園に向かった。さすがに校舎の外までは追いかけて来なかったらしく、有象無象は居なくなっている。

 「はぁ…はぁ…な、何で来たの…?」

「セーちゃんと離れ離れになりたくなかったから」

「え……?あ、いや、そういう冗談の話じゃなくてさ!学校までの道とかどうやって?」

「ん?テレビの横に学校の電話番号ってのがあって、電話してみたんだ。学校の名前と、どこにあるか」

「よく先生が話したね…」

「セーちゃんの恋人だって話したらすぐに教えてくれた」

「受け持った先生誰だよ……」

それ程大きくない公園で、彼ら二人以外は誰もいなかった。滑り台とブランコ、うんてい位しか置いていない小さい公園だった。そのブランコの上にディミは飛び乗った。それだけ見ていても、運動神経の良さが分かる。

「はぁ……本当に困るよ。俺あんまり騒ぎの中心とかになりたくないんだけど…」

「あ、そうなんだ。うん。ごめん」

その謝る彼女の顔は、綺麗で、可憐で、どことなく嬉しそうな顔だった。

「………」

正優は彼女の顔を直視できなくなっていた。今まで見てきた女の子とは、何か違う感じがする。何か…守ってあげなきゃいけないような、包んでおかねば消えてしまいそうな…。

「あ~、まぁ、それはともかく、俺今日まだ学校あるから、それまでは家で我慢しててくれないかな?」

「えー、どれくらいに帰ってこられる?」

「え?あ~、多分二時半くらいかな」

「今何時?」

「今は…十二時四十五分」

正優は携帯で確認した。

「…?それは何?」

「え?携帯を知らないの?」

「形態?形態があるの?今は何形態?」

「これはド○モだよ?」

「ド○モ形態……」

話が変にかみ合っているのがおかしかった。正優はとりあえず、ディミを家に帰らせた。携帯の事を知らないような素振りをしていて、その技術に感嘆していたようにも見えた。まだ演技を続けているのかと思うと、非常に馬鹿馬鹿しく思えた正優だった。正優は学校への帰り道、一人思案していた。学校の連中にどうやって説明すればいいんだか……ってか、先生気絶させるなよ!!どうすりゃいいんだ!!正優の額には冷や汗が浮かんでいた。

 学校へ帰ると、放課後で帰る生徒と、部活に汗を流す生徒が入り混じっていた。その生徒達は校門の前でぐで~…という態勢になっている先生二人を無視していた。誰もこの二人を起こそうと考える者はおらず、ただただ気絶したままだった。そのまま校舎の中に入り、こそこそとできるだけ人の通らないゴミ捨て場の方から歩いていく。食堂でB定食を食べる真を運良く見つけられた(いつもなら女子が群がってるのに)ので、A定食を買ってとりあえず隣に座る。

「おかえり」

「……ただいま」

何も言わない真だが、にや~っと笑っているようだ。正優と眼を合わせない。

「お前にもかの……」

「頼む。何も言わずに俺の隣で飯を食うだけにしてくれ」

「………」

顔を伏せてぷるぷる震えて、時折くくく、という声を発している。失礼な野郎だ。と正優はA定食についている味噌汁をすすり、やっと少し落ち着いた。


 教室に戻ると、クラスの男子が一斉に正優の元に集まった。

「お前外国人さんと付き合ってるのか?!」

とか…

「お前の生き別れの妹なんだって?!」

とか…

「奴隷にされてて今来ないとロウソクに鞭なんだって?!」

とか………そして極めつけは永加が正優見る目である。異常なまでに殺気立っているので、ふと、姉である響子の顔が永加と重なって、身震いした。恐ろしい……。端野は未だに正優を見て笑っている。『……くそぅ!今日は厄日か?!』と、心の中で嘆く。もう周りの声には反応しきれず、正優はその鬱陶しい時間が過ぎるのを半笑いで待っていた。


 放課後、正優は担任の先生、鈴村に職員室に呼び出しをくらった。鈴村に連れられていった先は生活指導室で、体育の青木が先に入っていて、首を押さえていた。

「え~、今日はあんな事になるとは思いませんでしたが……」

鈴村は三十六歳の割に生徒と話も合うので人気がある。なので、正優が推測するに、ディミの電話をとったのは鈴村ではないかと推測していた。そして、目の前に立っている体育の青木は生徒にやたらと嫌われている先生だった。特に女子に。生活指導の大村ならまだ話が分かるのだが……居ない。

「鈴村先生。そんな前口上はどうでもいいですよ。大村先生はまだ首が痛くて保健室で寝ていらっしゃるのに……皆川!!お前の知り合いのあの女!何者だ!!」

「はぁ…姉貴の会社が外国にあって、姉貴がホームステイをさせるからと家に住まわせた女の子で、昨日家に着いて……」

「そうじゃなくて、何であの女は俺や大村先生に首に手刀をくれやがったんだ?!」

『あんたが何者か聞いたんじゃないかよ……全く面倒なおっさんだ』

正優は全く動じていなかった。

「はぁ、何でも、うるさかったからだそうで……」

正優は目を下へ伏せた。

「ふざけるな?!勝手に校内に入ろうとしたのを止めただけだぞ?!」

青木がパイプ椅子から勢いよく立ち上がり、ガシャガシャとうるさい音が鳴る。

『本当にそれだけか…?多分青木の事だから、厭らしい目で視姦でもしたんじゃねぇのか?』

少しの間を取った正優に、青木はどんどん激昂していく。

「はぁ……どうも、彼女の学校と大分制度が違うみたいで、何か困惑したらしくて…」

正優の鬱陶しいという態度が青木の我慢に水を差し、いよいよ本気の怒鳴りが始まろうとしていた所を、鈴村が緩和させた。

「皆川。彼女はどこ出身なんだ?」

「アメリカらしいです」

「アメリカならそういう事もあるかもしれないですねぇ」

「あるわけないでしょう!!」

鈴村先生の穏やかな良い返答に青木の怒号がとんだ。そして、青木がため息をつく。

「皆川、お前は頭が良いんだか悪いんだか……。とにかく、今回の事は皆が知っているわけで、今日の放課後、職員会議で話される事になるから、覚悟しておけよ。内容如何では親に来てもらうからな」

「青木先生……」

鈴村が青木を止めた。正優の家庭事情は、学校の職員、二年を担当している先生ならばほとんど全員が知っている。正優は気にも留めずに言った。

「分かりました。退室していいっすか?」

「くっ!!この!!反省しているのか?!」

「青木先生!……皆川。今回の事は一応部外者が関係している事だから、簡単にはいかないんだよ。傷害事件にもなりかねない問題だからな。もちろん、そんな難しい問題にはしたくないから、私が他の先生方に口添えはしておくけども、お前の態度も色々関係してくるんだよ。それを心に留めておいてくれよ?」

「……はい」

中々大人の意見を素直に受け入れるには正優は若すぎたが、それでも鈴村の優しい物言いが多少は正優の心に響く。

「明日は日曜だし、電話をさせてもらうからそのつもりで居てくれよ。じゃぁ、今日はもう帰ってよし」

「失礼しました」

と、正優はドアを開ける。青木はパイプ椅子にどかっと座り直した。

「ちっ。これだから最近の生徒は。礼儀も何もあったものではないですな」

「まぁ、僕も学生時代は先生に反発していましたから、言葉もありませんが…。でも、今日の皆川は大分暗い…というか、冷静でしたね」

「そうですかぁ?いつもとあまり変わりませんでしたがなぁ」

青木と鈴村先生への対応の違いが分かる会話であった。


 生活指導室の外に出ると、まずついて出た言葉。

「くっそぉ…酷い目に合ったぞ…。ディミに帰ったら言っておかなきゃな…」

愚痴をこぼしながら校門の方へ出て行くと、多くの男子が居た。否、多くの男子にディミが囲まれているのだった。

「ディ、ディミ?!な、何してるんだ?!家で待ってろって言ったのに…‼︎」

正優が近づこうにも近づけないのは、周りに肉の壁が出来ていたからだ。男共のディミへのアタックが凄い。

「ねぇ~。名前教えてよ~」

「頼むよ~。うちの青木にもう一回手刀かましてやってほしいんだけど!!」

「お茶しようぜぇ~!!」

等、大人気である。

「お~ま~え~ら~邪魔だぁぁぁ!!!!!!」

正優の怒号が辺りに響いた。男子生徒諸君はその声に全く反応しない。まるでアイドルに群がったファンのようだ。

「あ、セーちゃ~ん!!助かったよぉ~!!」

ディミは囲まれていたはずなのに、するすると間をくぐり抜けて正優の元にたどり着いた。

「え?あ…と、とにかく逃げるぞ!!」

「うん!!!!」

やけに嬉しそうなディミの声が響いた。急に先程までの男共がやる気をなくし、うなだれた。

「なんだよ…やっぱあいつと付き合ってるのか……」

「あいつ二年の皆川ってやつだぞ」

「あぁ、あの頭がメチャクチャ良いとかいう……」

「くそっ……いちゃいちゃしやがって…次学校に来たら少し可愛がってやらなきゃなぁ」

男共の会話に全く興味を持っていない人間がそこには居た。顔が赤くなっている元祖アイドル、永加だ。

『ふ、不純異性交遊は、委員長として許せないわ!!そう、これは学校に秩序を保つため為!別に、皆川君がどうのという事ではないの!風紀の為‼︎』

かなり私怨のこもった心の声だったが、うら若き乙女の純粋な声でもあった。永加は、正優とディミが走っていく方へ歩みを進めた。

 追ってくる人影もなく、意外とあっさり家の前まで戻ることができた。正優は息が切れていたのだが、このディミという女の子は汗一つもかいていなかった。

『俺結構早く走ったつもりだったんだけどな……』

「ねぇ、セーちゃん。この時代ってあんなのばっかなの?」

「え?何が?」

「あの男の子達。ちょっと疲れた……」

「いや、そんな事は断じてない。あの学校が特殊なだけだから。ともかく、もう金輪際あんな事はよしてくれよ。何か職員会議とかにまで君の話題があがりそうなんだから……」

「それって入口の所にいた青髭の大きい体の男でしょ?私の胸とかばっか見てきたりして、私の体触ってきたんだもん!!」

やっぱりそうか……と思いつつも、ディミには厳しい言葉を投げかける。

「とにかく!これ以上余計な事やったら、ディミを家には置いておけないから!!」

そう言い切ると、少し拗ねた顔になっているが、どこか嬉しそうにディミは答える。正優には、ディミが名前で呼ばれたからという事は分からなかったが。

「…うん。分かった!」

「あ、うん。お願いする」

何故か弱腰になってしまう正優であった。まぁ、女の子と…しかも、こんな可愛い女の子とこんな近い距離で話す機会なんてのはそうそう無いものだから仕方無いのである。

家に着くと、彼女はさも自分の家のようにソファーに座る。対面のソファの背もたれに手を置き、正優はディミを見据える。

「さて……俺が何を聞きたいか分かるかな?」

「うん。分かるよ。その目を見ればね。冒険がしたくてどきどきしてる瞳だもん」

正優の言葉にディミが鋭く反応する。まるで心を読まれているかのようで、正優は身震いをした。長い話になりそうだと思った正優はひとまず、お茶を汲みに行った。お茶っ葉を急須に入れつつ、話を始める。

「じゃぁ、まず。未来から来たって言ったけど、その証拠となるような物とかはないのか?」

「残念だけど、ないかなー。厳密に言えばあるけど、まずは説明したいな。私が知り得る情報を君に沢山教えてあげる」

彼女の眼が変わった。セーちゃんと呼ばずに、君という所から、正優に対するおちゃらけた雰囲気がなくなっていた。今あるのは、彼女の大きな意思と、少し寂しそうな眼。

「ん…と。まず何から話したらいいかなぁ。んー、セーちゃんは未来ってどんな感じになっていると思う?」

「え…?さぁ…。個人的には科学技術はすごく発達してるけど、今とそんなに変わらないような気がしてる」

「なるほどなるほど。ではでは、私達未来人が歩んで来た歴史から話そうかな」

ウィンクをパチリとする。少し可愛いと思ってしまうのが自分でも腹立たしかった正優は、一口お茶を飲む。

「二千二十五年には色んな国が独立しようとしていて、日本もその内の一国だった」

「独立って、別に国連に所属してる訳でもないのに?」

「それはそうなんだけど、どっちかというと、多国排斥って意味合いが強いのかなぁ。日本だと、択捉とかの北方領土問題や、沖縄には在日米軍が居座ったり。日本は、世界から見れば、大国の言いなりになってる可愛いワンちゃんみたいなもの。そんな日本が、完全に諸外国との領土関係で対立する事を決めた所から始めようか」

ディミの言葉は一つ一つ確かめるようだった。信じていないと言っていた正優は真剣な表情で見つめている。ディミは真剣に聞く皆川正優に興味が沸いてきた。

「日本は…というより日本政府は、民衆の支持を得たいが為に、アメリカやロシアに、退去勧告を出したの。二千二十九年にはアメリカ軍基地を撤廃させたし、今までの日本の政治を統括していた弱々しさがなかった。というのも、二千三十一年に内閣総理大臣になった高倉信彦という男が大日本帝国に憧れを抱いていた妄信者で、非常に強い発言権を持った政治家が台頭して来たから。よくそんな人間が首相になれたなって話なんだけど、頭は良かったし、選挙戦は他を圧倒していた位だったらしいよ。でも高倉信彦の政治が始まると….。というか、政治とは言えない、まるで小さな子供がおもちゃをわざと壊すように、今まで積み上げてきた日本の体制を壊そうとした。大日本帝国だった時代の、日本自衛体制や、教育制度の見直し。ま、教育制度の見直しについてはそこそこ善政だったかもね。あの時代には日本の学生の偏差値なんか、他の先進国の三十パーセントにも満たなかったらしいし。そして民主制の撤廃。尊皇攘夷を二十一世紀に!って、有名なフレーズがある位のセンセーショナルな出来事だよね。でも、そんな事を日本の国民が許すはずもなく、反対デモや、クーデターが起こった。しかし、政府は警察や…当時は自衛隊と呼ばれていたものまで使って、民衆の弾圧を決行。高倉政権を解散に追い込む為にアメリカに頼る必要があったけど、日本独立を促していた日本の印象は最悪。重い腰を上げないアメリカだったけど、民衆が自衛隊に傷つけられているのを見てさすがに動き出そうとした…所に、ある事件が起きた」

「事件…?」

「核攻撃」

「か、か、核攻撃?!」

「二千三十四年三月十日、山梨県に小型核爆弾が投下。範囲は山梨全域と長野の一部で、レベル7。人が近寄れない地域となって、日本は核の被害に最も遭った。放射能レベルは最も高いC-1レベル。もしそれ以上のランクがあれば、その名前を使っていただろうけどね。山梨は第二のチェルノブイリ…というか、範囲としては山梨全域と長野の一部に警報発令してあるから、チェルノブイリ以上の汚染だね」

「どこがそんな事をしたんだ…」

「未だに分かってないの。その頃って、独立路線を突っ走ってたから、外国はどこも怪しくて、でも証拠はどこにもない。まぁ、高倉は外国のせいだー!攻撃するぞー!で終わっちゃってたし、調査しようにも混乱真っ只中の日本は、偏西風の影響もあって首都機能をどこへ移ふのかとか、破茶滅茶だったし、日本は終わりー!って感じだったの」

ディミがわざと軽い感じで喋っているのを受けて、正優は汗をかいた。熱いお茶を飲んでいるせいか、はたまた興奮しているのか。

「その責任を追われて高倉政権は解散。内閣総理大臣の任を降ろされた高倉は、A級戦犯として処刑される予定だったけど、行方知れずとなって消えた。独房に収監されていたはずの高倉が煙に巻かれたようにね。で、ただ官房長官をしていただけで内閣総選挙も通らずに内閣総理大臣を引き継いだ伊藤泰成が就任。核攻撃の件もあったから、選挙なんかやってる場合じゃなかったってのが本当らしいけど、もうねー、この男は多分世紀のバカで、戦争を始めたくて仕方ないつていう狂人だったらしいの。二千三十四年十二月十五日に、択捉島の警察官がロシア人に射殺された事件が自衛隊、ロシア軍を巻き込む形で大きく発展し、伊藤はロシアへ防衛用ミサイルを放ち、戦いの火蓋が切って落とされた。日本とロシアを仲裁する形で入ってきたアメリカへの攻撃ももちろん抑えられない」

「もしかして、それって…」

正優の心はざわついた。

「日米露領土戦争。それが、今から三十二年後に起こる」

ガンッ!と頭を殴られたような衝撃を受けた。こんな話しは空想だと、正優は頭では馬鹿にしている。しかし、言い様のない不安を抱えている。汗が引かない。

「名前からして馬鹿な話だよね。領土問題なんか、戦争として動く為のただの名目上のお飾りなのにね」

話口調は軽いが、ディミの顔に暗色が立ち込める。正優はその顔を見て、さらに不安になる。もしこの話が本当で、もし戦争なんかが起こるとしたら…。

「日本は自衛隊を日本国軍と名を変えて十六歳以上の健康的な男子を強制的に徴兵。原爆は使われなかったものの、死者一千万人にものぼる大きな戦争になった。ロシアとアメリカに適うはずもない日本は、まず先に狙われた。板ばさみにあって、どうにもならない日本は韓国や中国と同盟を結ぼうとしたけど、失敗。そして、なす術無く、日本は敗退。そして、半年間続いた戦争はアメリカの勝利で幕を閉じた…」

「半年?」

意外に期間は少なかった。

「そ、半年。半年で、一千万人が死んだの」

一千万人をこの目で見た事のない正優には想像がつかなかった。

「んな馬鹿な。これから、この平和な日本が戦争に巻き込まれて、負けるのか?んな馬鹿な話…」

「馬鹿な話…?馬鹿な話なんかしないよ。私はただ、私の生きた世界の過去の話を語ってるだけ。今の日本は平和だから、分かり難いよね?でも、人類の歴史の中で、世界中が、それこそ一秒でも本当に平和だった時があったと思う?二千一年には、アメリカのNY同時多発テロ、あったよね?平和な世界で、大変な事になってるなぁ…ぐらいにしか思わなかったんじゃない?テロを受けた人々は三ヶ月近く過ぎても、未だにテロに怯え続けてる。日本はいつでも平和で、戦争も起きなくて、争いなんか一つもないのが当たり前…なんて事がある?その方が馬鹿な話だとは思わない?」

「……」

「信じても信じなくてもいいから、まずは聞いてよ」

「………分かった」

「ん、ありがとー。じゃぁ、話戻すね。二千三十五年八月三日。ロシアはアメリカに北方領土の返還と、金融制裁の緩和ん条件に降伏し、受理。日米露領土戦争終結した。もちろん伊藤内閣は解散したんだけど、今度は戦争後の日本を舵取りする人物がいなくなってしまった。戦争難民問題がどーんどん深刻化していった。穴だらけになった日本ではあらゆる人が戦争の副産物で死んでいった」

「飢餓…」

「正解。日本の弱い面は、食料自給率が極端にに低い事。最多輸入量を誇っていた中国、そしてアメリカとも国交は断絶。他の国とは同盟も結べず、ただ少しの食糧支援があるだけ。そして、国民の一万五千人は飢餓で死んだ。もう戦意なんて無いも同然。アメリカに頼るしかなかったから、次期首相は誰かとてんやわんや。そして、次期首相は、救世主、フラッグ・D・アシュレー」

「…が、外国人が…首相?」

「日本のプライドはがたがただし、天皇はそれを受け入れた。アメリカに負けた事実だけを突きつけられて何も言えなかった日本は、その条件で辛酸をなめながら受理したってわけ。でも、国民にしてみたら、神の一手だったよ。飢餓に苦しんでいた彼らを助けたのは、間違いなくフラッグ・D・アシュレーなんだから」

外国人首相って、もうそれ日本じゃないよな…。と正優は思う。

「彼は社会主義化していた政治を民主主義へと戻し、彼はもーー!素晴らしい政治手腕を発揮!特に産業と農業に特化する方針を打ち出したアシュレー政権は、火山の中からマグマ中にある金を抽出して形成する技術や、アメリカの砂漠を農耕地化させる技術を取り入れて財源を確保、更には民衆を苦しめた税金のほとんどを今までの半分以下にしたり、私利私欲の為に動いていた高官をつきつめては解雇したりと、本当に素晴らしいリーダーだった」

「戦後日本がアメリカからの政治介入って、第二次世界大戦のGHQまるままだな」

「第二次世界大戦のGHQと違う所は、軍ではなかった所かな。もんのすごーく献身的な政治家がやってきた、って感じ。もちろん、戦争難民による犯罪が横行していたし、警察組織なんて真っ当には機能してなかったから、アメリカ軍からの介入もあったけど、軍の横暴、みたいなのはなかったらしいよ。…まぁ、私が見たわけじゃないから分からないけどさ」

ディミが最後に言い淀んだのは、リアリティがあった。歴史のノートには、いつも消しゴムで消された跡があるはずなのだ。

「でも、なんだかんだで十年くらい経って、二千四十五年位には大分平和にはなっていたんだ。農業、畜産系の教育が義務化されて、そちらに興味のある人間が増加して、農村の増加とか、科学の進歩とか。犯罪の件数はやっぱり復興後だから多かったみたいだけど、大分日本らしい姿になっていったんだ。って、大丈夫?」

「あぁ、いや、なんか壮大な話すぎて信じられないわ。…まぁ、仮に今までの話が本当だとして何でディミがここに来る必要があるんだ?」

不穏な静寂が流れる。正優は張り詰めた雰囲気を感じ取る。

「うん、それなんだけど、二千五十年、アメリカ政府が全世界に公表した最悪の事態が関係してるの」

「最悪の事態…?」

正優の目線に彼女の目線がのらない。

「火山活発化に伴う地震活発化。それによる巨大な津波。自然災害が連鎖的に起こる事が判明したの。通称ボルケーノ現象…。それにより、日本の本州は死の国になると予想された。それらが二千六十三年に起こる事が判明したの」

「ちょ、ちょっと待った。そんな詳しく時間まで分かるなんて無理なんじゃ……」

「科学の進歩って事らしいよ。それを発見したのがとある学者らしいんだけど、名前は分かっていないの。その科学者は二千五十九年十月十九日に関東大震災が起こる事も分かっていたから、日本国民にどうにか伝える術を探したけど、アメリカ政府は妨害した」

「え、何で?」

「実は、関東大震災が起きる事をキール政権は信じていたようなの。それも、かなり正確な発生時間を知っていたようで、関東大震災直前にアメリカは日本の所有株をひたすら売りに走った。キールや主要大臣は大震災当日、関西への視察や、他地域への出張という名目で関東にはいなかった。そこからはもー、しっちゃかめっちゃか。大震災により、東京は首都機能を無くし、民衆の混乱は広がり、津波が千葉、東京を襲い、数万人が死亡。戦争から何とか持ち直そうとした日本は一気にまた深いどん底に逆戻り。そして、キール政権は二日後の十月二十一日にかーんたんに日本から撤退。言葉では、一度本国へ戻り対策を取るとかなんとか言ってたけどね」

「マジかよ…」

正優の呟いた言葉をディミは聞き逃さなかった。この話を真剣に聞いているのだという事が分かる。

「日本は既に、廃国同然。世界で一番安全な国と謳われた日本は、犯罪者や浮浪者で埋め尽くされ、日本の人口は五千万人をきってしまった」

「そ、それが日本の未来なのかよ……」

「そ。これが日本の未来だよ」

「………」

この自分の家で繰り広げられる日本の未来。信じる事が全くできない……はずだった。しかし何故か、信じないようにと思えば思う程、話にのめり込んでしまった。何故かは分からない。ただ、彼女の真剣さや、事実を話しているという感覚が伝わってくるから…なのだと、正優は思った。

「でも、安心して。キールが撤退してすぐ、日本に二人の指導者が現れた」

「指導者?」

「そう。一人は謎の科学者で、もう一人は、アウグス・ブレゼーヌというインディアンだった人。」

「科学者と、インディアン?」

「そ!科学者とアウグス・ブレゼーヌの祈りの力がなければ、私は今ここにはいなかったのだー!」

ババーンッとディミは自分で効果音を言った。

「え?何、祈りの力?」

正優は少し気が緩んだ。ぬるくなったお茶をすする。

「話は最後まで聞くー!まず、科学者は火山と地震の問題を鑑みるに、プレートにたどり着いた」

「プレートって、日本で重なってるあのプレート?」

「そ。何プレートか知ってる?」

「ユーラシアプレート、北アメリカプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート」

「大当たり~。プレートの何たら理論っていうんだけど、話すと日が暮れちゃうから、また今度」

「あぁ、そう…」

「で、日本人に運命的なものを授けたのがこの人。アウグス・ブレゼーヌ!実は、大震災前日に日本に来るなり、自然の恩恵を忘れている者達ばかりだぁっ!って言って、即逮捕されちゃったの」

「何しに来たんだその人は…」

「端から見ればただの危ない人なんだけど、それがそうでもないんだよ」

「…?どういう事?」

「その人はある特殊能力を持っていた!!」

ババーンッと、自分でまた効果音を言いながら、ディミのオーバーなアクションが入る。

「特殊能力~?スプーンまげるとか?」

「それじゃ超能力だね。厳密に言うとそれもできなくはないんだけど」

「……」

正優のジト目がディミに突き刺さる。しかし、ディミは全く気にしないで話を続ける。

「大震災前日、アウグスは、空港の税関で捕まって、拘置室に入れられたはずなのに、何故か外にいて、急に日本全国にいる人々に念話をしだしたの。いわゆるテレパシー」

「は?んなバカな」

「バカじゃないもんっ!私のお父様とか、周りの人達も皆若い頃に聞いたって言ってたよ!」

「はーん…」

正優は胡散臭さが増した話に、緊張を忘れた。

「むぅー。ま、いいや。で、その念話で言ってた事なんだけど、『明日、この地に災厄が訪れる。今から私はこの日本という国を救う。それには二つ条件がある。一つは、科学の力を捨て、自然と共に歩むこと。そして、私を信じる者は、一緒に願って欲しい。この日本が救われる事を』ってね」

「テレパシーとか、頭がおかしくなったようにしか思えないだろ」

「誰もが思ったらしいよ。自分の気が狂ったんじゃないかー、とか。でも、大震災が終わり、キールがアメリカに撤退し、誰も頼る事が出来ない世界で、人々はわらにもすがる思いだった。何でもよかったんだね。信じる事でも救われるっていう宗教的なものにも近かったんだけど、それでも危機的状況においては、すがれるものにはすがりたいし」

ディミの瞳は少し下を向く。しかし、すぐに正優を見つめ直す。

「忘れてはいけないのが、アウグスだけでなく、科学者がいたということ」

「名前は?」

「不明なの。自分の名前が世に出るのを嫌う人っているから、そういう事なのかなぁ…と私個人では思っているんだけど」

ディミもお茶を少しすすった。

「科学者はテレビやラジオで声明を出した。『天変地異を抑える事は可能だが、それには技術者や労働力がいる。力を貸して欲しい』ってね。で、当時の五千万人弱の内、信心深い二百万程がアウグス派になり、その他は皆科学者派になって分かれたの。そして、どちらの功績かは分からないんだけど、ずっと続いていた余震、そして活発化していた火山や、舞い上がっていた灰さえも無くなって、二千五十九年十月二十三日、日本に束の間よ平穏が訪れた」

「完璧SFだ…って、ん?束の間?」

「その科学者派とアウグス派が対立。つまり、日本国内で内戦が勃発した。戦争が起こっちゃったの」

「マジか」

「もっとも、戦争が起こったのは二千九十二年で、大分後の話なんだけどね。で、その二千九十二年までの間は両派とも、冷戦…というか、小さい争いがチョコチョコとあったわけ。その中で、西日本が科学者派の領域。東日本がアウグス派の領域となっていった」

「その二人は日本を救っただけだったんだろ?何で争いなんかに」

「アウグスは元々八十一歳という高齢で日本へ入国し、大震災の翌年には死んでたんだ。偉大な科学者は、全く姿も現さなかったし、声明文もその後はぱったり出なかったのね。英雄二人を英雄視するあまり、自分とは違う価値観を持つ者達を許さなくなる。だから、排斥にかかったってわけ」

「……………」

「話は少し戻って、二千五十九年にアウグスを信じて祈りを捧げた人間の中に不思議な事が起こり始めた。特殊能力を開花させる人が出てきたの」

「特殊能力~?まーたファンタジーか…。んで、具体的にどんな?」

正優があからさまに信じていない態度を取ったので、少しイラッとしたディミは少しそっけなく、

「人それぞれ」

と言った。

「…あそう…」

信じてないのが気に食わないディミは、たんたんと話しを続ける。

「んで、二千九十二年には概算だけど、約五万人という人達が特殊能力を開花させていた。そして、十月四日、科学者派がアウグスの王様を狙って暗殺を仕掛け、未遂に終わる。これにより、SL異能大戦という戦争が勃発。そして、二千百九年。それは私が育った時代でも続いているの」

「SL異能大戦……」

「なんか物語のタイトルのみたいでしょ?Sっていうのは、元科学者派で西日本を統治してる国の名前。S、A、N、サイエンス・アローン・ネイションから。Lは、アウグス派で、東日本の国の名前。L、A、N、ライフ・アローン・ネイションという名前からとったのね」

もう国というレベルで、かけ離れているのか…。と、正優はたんたんと話すディミに呑み込まれていた。

「ディミの国はどっちなんだ?」

「私はLANにいるよ。SANで生まれていたらどうなっていたかは分からなかっただろうねー。で、H派の主力兵器としては生物兵器で、実は日米露領土戦争で使われていたの。実際生物兵器を誕生させたのはアメリカらしいんだけど、LANとしてはその生物兵器と今争っているような状況かな」

「日本の科学力はそこまで進歩していないって事か」

「そんな事ないよ。日本の小型化や軽量化の技術はとんでもないレベルにまで磨き到達していたらしいし」

「らしい?」

「んー、何ていえばいいのかなぁ。私は機械って使えな…じゃなくて、使『わ』ないの」

「あぁ、そういう事…」

ディミは機械音痴だった。

「二千百九年では銃や爆弾なんかの兵器はLANの領土内ではほとんど使い物にならなくなっちゃったからねー」

「…?どういう事だ?」

「さっきも言った能力ってやつ。千百九年には確認されてるだけで六万人程の能力者がLAN内で確認されてる」

「その能力ってやつで銃弾や爆弾を防ぐって?…いよいよマンガだな。嫌いじゃないけど」

「またマンガとか言ってる~。銃弾や爆弾を防いでいる『子』はアウグス・ブレゼーヌのひ孫で、私のお友達なの」

「ほぉ~。そうかいそうかい」

「むぅ~……とにかく、能力の開花した人達は普通の人間ではありえない力が得られるの。科学の力をできるだけ使わないLANは、能力者達を戦争歩兵としたの。戦争向けの能力が多かったからね」

「でも、戦争が起こってるってのに、アメリカとか、他の国は何も行動を起こさなかったのか?」

「LANもSANも鎖国をしているから」

「さ、鎖国とはまた古典的な手法だ……。って、ちょっと待て。そういえば、食糧問題とかはどうなってんだ?アメリカは撤退の二文字をぶら下げてって…」

「信じられないかもしれないけど、自給自足してるよ」

「そんな事できるんだったら、最初からやってるだろ?」

「実は、フラッグ・D・アシュレー政権時代に日本の教育方針が変わって、農業学や畜産系の授業が学校に取り入れられてから、日本の自給自足率は跳ね上がったんだ。LANの人々は一所懸命日本の大地を耕して、豊かな緑を取り戻したの。もちろん、能力って恩恵もあったからではあるんだけど。ちなみに、SANでの食糧問題がどうなっているかは全くの謎」

「そ、そうなのか」

確かに、江戸時代以前は農村があるおかげで食料自給率があまりにも低いなんて事はなかったもんな。

「とまぁ、かなーり色々端折ってはいるんだけど…。世界はこんな感じになっていくのです。…どう?」

考えている間が、ひと時の静寂を生み出した。ディミは何かを言いたげで、何も言わない。言いにくそうにしているのではなく、正優の反応を律儀に待っているのだろう。

「ん、まぁ、未来の事は分かった。そして、ディミが嘘をついていないってのも何となく分かる」

「それじゃぁ、信じてくれるの?!」

本気の、真摯な眼で正優を見つめる。正優は少し赤くなり、次の言葉を一瞬発せなくなった。

「あ…う…い、一応自分の中で仮説をたてて、その枠内で考えるだけだぞ?完璧に信じるなんて、そこに実際に行って、感じて、見て、じゃないと信じられないだろ?タイムマシンでも何でも、俺を信じさせるなら、その時代に連れて行くしかないって事!」

ビシッ!と、人差し指を立てる。と、ディミは腹を抱えてうずくまる。

「ディ、ディミ?ど、どうした?腹が痛いのか?」

と、うずくまっていたディミから発せられたのは…

「あっははははははははははははは!!!!!!」

怒声のような笑い声だった。それにつられて、正優も笑いそうになってしまった。

「ま、待った待った。な、何なんだよ!」

「いや、あっははは!くっ……き、気にしないで…」

ディミは肩をふるわせながら笑いを堪えている。何がそんなにおかしいのか、正優は自分の行った行動を反芻する。……この人差し指か?と自分でも呆れるような回答しか出せなかった。

「ふぅ…。じゃぁ、お望み通り、セーちゃんを未来に連れて行ってあげよう!!」

「……は?」

「だからぁ、さっき言ったじゃん。実際に行けば信じるんでしょ?」

「いや、でも、どうやって…」

「私の能力を教えてさしあげよう」

急に得意げな表情で人差し指を先程の正優と同じ様に立たせていた。

「私の能力は、時間移動能力」

「じ、時間移動能力?!」

「んふふふ~。驚いた?最初会ったときに、黒い塊が空中に浮かんでいたでしょ?あれは私の時代とこの時代を繋ぐ、ワープゾーンみたいなもんね」

そ、そういえば確かに変な球体みたいなのが浮かんでいた。

「じゃぁ、本当に行けるのか…?未来に…?本当に……?」

「さー!セーちゃん!行くの?!行かないの?!」

……………これでもし、本当に未来に行く事ができたら、俺は物語の主人公か?人がやれない事ができるんじゃないか?!これはもしかして、平凡な暮らしに終止符を打てる絶好の機会なんじゃないか……?う、うぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~ん…。

「…………行く?」

「オーケー!!じゃ、早速!!」

ぼそっと答えた、しかもちょっと疑問符までつけるような正優の答えを即座に反応するディミ。正優は虚をつかれたようで、何も考えられなかった。

「え?早速って…ちょ、まだ心の準備も何も……」

途端、ディミの周りにある空間が止まり、正優の周りまで広がってくる。そこで生命としての存在を定義できるのは動いているかいないか。ディミと正優しか、そこでは生きていない。ディミの周りに大きな黒い塊が恐ろしい速さでディミを包むようにして広がっていく。正優の見える風景には、ディミもいなくなり、自分しかいなかった。いつしか自分の手も見えなくなり、何も見えなくなった。恐かった。

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