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Second to Third  作者: 弥勒
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第一章第一節

この作品は非常に長いストーリーになる予定です。

書き進めてはいますが、ストック的には序盤をやっと終わるかも、というような所です。

それだけでもかなりの長さですし、投稿もスローペースです。

気長にお付き合いして頂ける方がいらっしゃいましたら、幸いです。


まずは投稿を続けて、挿絵等描いて頂ける方が現れれば、小躍りして喜びます。それを目標に頑張ります。


それでは、Second to Thirdをお楽しみ下さいませ。

第一章 これから


第一節 皆川正優


 これから何時へ行こうか…。これから何が起こるのだろうか。これから誰と出会うのだろうか…。それは、神様でも分からないのであろう。


 「う~ん…」

彼の目の前は真っ暗だ。当然、まだ目を閉じているからだ。浅い眠りから目覚めた皆川正優みながわせいゆうは、今まで見ていた夢を思い出そうと、眠気と闘いながら奮起していた。

「あと五分…」

しかし、すぐに諦めた。その瞬間目覚ましが鳴った。今日は珍しく自分の力で起きていたようだ。いつも目覚ましが鳴って起きる習慣がついていたので、眠りから覚めるには、頭よりもまず体が反応してしまうのだろう。自然と動く全身は、まず耳から遠ざけたい音であった目覚ましを切った。あんな音がしていてはご近所に迷惑だ…という事も、普通の家庭ならあるところだろう。だが幸運ながら、この皆川邸には広大な庭がある。隣近所といっても、両隣とも二十メートルは離れている。この皆川邸の主人は今現在、皆川家の長男、皆川正優になっていた。

 静まり返った家の中を、洗顔という二文字を頭の中に引っさげながら階段を下りていく。二階にもお手洗い兼洗面所というものがあるのだが、そこはいつも素通りする事が多い。というより、自分で掃除をしていないあの中に入るのは、業者が定期的に綺麗にしているという事が分かっていても、何故かためらってしまう正優だった。

二階から一階へと移動する際に、ふと夢の事を思い起こした。何故か自分の腕に抱かれている血だらけの誰か。自分の涙が滲んだ景色を生みだす。そして……。はて?どうなったのだろう。

「ま、夢ってのはこんなもんか」

誰にも聞かれるはずのない台詞。夢の儚さか、一人という孤独感か、どちらにせよ寂しい気持ちになってしまった。彼は一人顔を洗う。ジャブジャブと水の音を立てて、いつもながらの自分しかいない音。ただ、正優自身はもう慣れてしまっている。

彼の両親は十五年前に死んだのである。正確には行方不明なのだが十五年経つと警察も、誰もかれもが忘れてしまっていた。正優でさえもう思い出す事はなかった。十五年前、正優は姉の響子きょうこと共に祖父である兼房かねふさの所に預けられた。正優と響子の両親は、あるファッション会社を経営していた社長とその社長婦人だった。その社長の父である兼房は会長を営んでいて、それはもう裕福な家庭だった。彼らに若すぎる死が訪れたという事で遺言はなかったかに思われたが、彼らが死んでから一年半後、兼房は皆川夫妻の家(現在の正優の住んでいる家)を売り払おうと思っていた矢先に、二階にある書斎の机の上に遺書が置いてあるのが発見された。間違いなく正優の父の筆跡で、間違いなく彼の机の上に置いてあった。前に訪れた時には、こんなものは確かになかった。だが、本人に間違いないその筆跡を父である兼房が間違えるはずもないのである。色々な不思議が頭をよぎる中、兼房はその遺書を開けた。埃がかぶってはいるが、それにしては綺麗すぎるくらいの手紙だった。内容は、こう書かれていた。“私達夫妻の全ての財産は、響子と正優両当人に五割の条件で譲る”……全ての財産。これは明らかに多額であった。元々兼房が興した会社は世界的にシェアが確立されているほどの大会社である。その社長の全ての財産となると、尋常ではなかった。おおよそ何百億円ほどの金があっただろう。しかし、二人の子供にはそのような多額のお金は扱えないということで、正優と響子は(正優は小さかったので正確には響子が)同意の上、兼房に預けた。兼房は、十五歳になった際に少しの(といっても数百万だが)金を分け与える事にした。そして、響子が十五歳になった時、兼房の家から現在の家に住み移したのである。その時正優も十歳であったが、姉と一緒に住むことになった。兼房は残念そうだったが、二人の成長を喜びもした。そして西暦二千一年。正優は十七歳の高校二年生になっていた。響子は二十三歳という若さながらも兼房の会社の副社長ポストに入り、渡米して仕事をこなしている。そういった理由で正優は結果的に一人暮らしをしているという事になっているのだ。時々は姉も帰ってきたり、兼房も顔を見せに来てくれたりするのだが、一ヶ月に一回あれば多い方だ。半年も音沙汰無しの時もあった。しかし、正優自身はそんなに辛いとは思っていなかい。姉がいなくなってからもう既に一年が過ぎた。一年もあれば、一人暮らしなぞ慣れてしまうものだ。それにオプションとして数百万円が銀行に入っている。こんなに贅沢な暮らしが許されるだろうか。だが、正優の財産目当てで恋人ができたり、友人ができる事は避けたかった。正優にとって遺産とは、本当に緊急時にしか使わない非常用食料のような扱われ方になっていた。食費だけはその遺産から引き落としていってはいるみたいだが。

 一通り顔を洗うと、ある事に気が付いた。

「……あれ?暗い?え?」

窓の外は暗い夜の世界が展開されている。暗い夜の世界といっても、平安時代のように真っ暗闇、というわけではない。閑静な住宅街に家を構える皆川邸の近辺は、夜中でも街灯が道を照らしている。都会ではないこの場所は、ネオンが光輝くというまでではないが、目に優しい光はいつも道を照らしている。

時計を見ると夜の二時を過ぎたところだった。

「そういえば、昨日寝たのって昼の三時位だったっけ…」

 経緯を話すと、金曜の授業は午後から懇談があるという事で午前中で終了した。そして帰って、食べて、歯磨きをし、ベッドに入り、十分で夢心地についた…というわけである。要するに十二時間ちょい寝ていたわけである。起きないはずがない。しかし……何で目覚ましがこんな時間にセットされてるんだよ……。と、心の中で悪態をつく。

「参ったなぁ~。完全に目がさえちまったよ。端野もこんな時間に起きてるはずもないしなぁ~。ん~…コンビニでも行くか」

便利な世の中になったものである。二十四時間色々買える魔法のお店に行く為に、正優は用意を始めた。十二月一日。彼の運命の出会いというべき邂逅があろうとも知らずに。

 ビュウゥゥゥ!!

「ぐぁぁぁぁぁ…」

気温五度。風に吹かれると大分困る。ただでさえ夜で太陽が出ていないのだ。余計寒い。しかし、自分の行く先を風に邪魔されて逃げ帰ってしまっては、釈然としない気持ちが残る!と意思の強さを見せた正優は、歩いて十五分ほどの所にあるコンビニを目指した。

しんしんしんしんしんしん

雪が降ってきた。雪が降ってきただけならまだしも、この寒さは異常であった。急に気温が下がったのが肌で感じ取れるほどである。それに、おかしいのは…雪が降っているのに空は星が見えていて、雲が一つもない。正優が電灯の真下に位置した時、ふと違和感を感じて空を見上げた。そこには…。

「な、何だありゃ!?」

正優は目をこらすと、漆黒の空を埋め尽くさんばかりの星が、ある黒い球体に邪魔されて一部分を暗闇と化している。

ヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュ

奇妙な効果音を上げた黒い球体は、正優の目の前に落ちてくる。いや、そんなスピードではない。ゆっくり、ゆっくり。まるで階段を一段ずつ下りる時のようなスピードで進行してきた。それはある程度地面に近づくと、ある形に変化していった。

ヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュヴュ

効果音は未だに続いている。その黒い物体はいつしか、人間のような形になっていった。その形は…。

「………」

効果音はいつしか消えていた。自分の目に克明に映っているのは、幻なのではないか。混乱する頭では考えがまとまらない。的確な表現がないので、今の事象を頭の中でこう解釈してみた。突然黒い球体の中から女の子が現れた。馬鹿みたいな話だ。いや、錯覚か?ともかく、観察してみよう。身長は多分…同じ位。暗くて顔はよく分からない。彼女はこっちに気が付いたみたいで、ゆっくりと近付いてくる。正優と彼女の丁度あいだに、電灯が立っていた。その位置へ彼女は歩いてくる。そして、電灯の光線がゆっくりと顔にさしかかると、少しの衝撃を得た。まず、素直に可愛いと言えるような容姿だった。年代も自分と同じ位の年だろう。髪は赤みがかった茶色い髪をしている。髪を後ろでたばねて、ポニーテールのようにしている。前髪は、真ん中に位置する所が少し長く伸びていて、一房だけ自己主張を強くしている。正優が雑誌で見る、可愛いハーフの女の子という感じだった。普段から可愛い人間が近くにいるので、割と面食いだと自分では理解していた正優だったが、これは明らかにしてやられた。外国人だろうとは分かるが、何処と無く日本人の雰囲気も兼ね備えている。…しかし、浮かれるのもわずかに数秒。目の前の現実を理解するのが先のようで、自分の好みだとかいう低俗な問題は先送りになった。

「やっぽ~」

先に糸口に針を刺したのは彼女の方だった。しかし、正優は動けない。言葉を完全に聞き取れていなかったのだ。

『駄目だ!気絶するなよ!俺っ!こういうのってよく漫画とかであるじゃないか!』

気絶するなよ…と言っている時点でもう既に大ショックを受けている事は明白であった。何しろ、空から女の子が降ってきた。親方と叫びたくなる気持ちも芽生えつつ。しかも黒い球体が映画のCGのように発生したのだ。。ショックを受けるなという方が難しいだろうか。

「お~い?」

いい加減硬直時間が長すぎたのか、彼女はもう一度声をかけてみた。

「え?あ、え?ナニ?」

正優は少し声が裏返ってしまう。寒いはずなのに、手には汗が浮かび上がっていた。

「えっと…。私の名前はディミ・エンプティっていうの。あなたは?」

エンプティ?虚無とか、何もないとか、そんな単語が名前に入ってるとは。ご先祖様は何を考えてその名をつけたのだろうか。ただひとまず、正優は焦っていた。何も考えずに個人情報を漏洩した。

「俺の…名前は…皆川正優…」

一つ一つ確かめるように言う。うんうんと頷いた少女は、次に突飛な言葉を口にした。

「私は、二千百九年から来たの。つまり、ここからしてみれば、未来って事になるのかな?」

………………はぁ?というような顔をする正優に対し、少女はすこしムッとする。

「本当の話なんだけど?」

「本当の話って、言われても。ふざけてるようにしか聞こえないよ」

そうだ。自分は夢を見ているんだ!とか、もしかしたら催眠術かもしれない!等の、現在を拒絶する否定が頭に浮かんできた。

「証拠なんて無いしなぁ…。う~ん……。まぁ、いいや。ねぇ、君の家までどれくらい時間かかる?」

「え?四、五分で帰れるけど…どうして?」

「そりゃぁ、もちろん…」

「家に来るの?!」

ディミが言う前に悟ってしまい、口から言葉が飛び出してしまった。それにしても、かなり飛躍した発想である。そうなってほしい願望が口をついて出たとしか思えない。

「ご明察~!!……ん?何?その顔は…?………はっ!もしかして、こんな可愛い乙女をこんな寒い冬の夜に置き去りにするの?!あぁ、そう。君ってそんな人だったんだ。ふ~ん。もういいよ。私はここで野垂れ死にして、もう一生お父様に会う事はできないんだわ。ごめんね。皆。ここに酷い男の子がいるから私はもう無理なの…!死ぬの!あぁ、なんて残酷な世の中なの?!せちがらいわ!!あぁ‼︎あぁ!!あぁ~~~!!!!」

「わ、分かった!分かったからやめてくれ!他の家の迷惑になるだろ?!」

「うんっ!」

やけに反応がよかったので、ひとまず一安心だ。

「ふぅ……。とりあえず分かったよ。俺の家には来てもいいけど…。両親はいないし、今は姉貴もいないから、俺一人なんだけど?」

「ん?それが何か?」

「え……?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

『これは、もしや、誘ってる?!うわ!やばい!これで俺も童貞卒業なのか?!えぇ?!あぁ、どうしよ!マジで?!うわぁ~!』

「お~い……?」


「はっ!!あ、あぁ。ごめん。……分かった。家に来てもいいよ」

目をつむって少しため息をつく。いや、むしろ緊張を隠すための、欺くための、巧妙な高校二年生の溜息だ。

「やったぁ~!セーちゃん大好き!!」

その声は後ろから響いた。よく見ると、今まで目の前に立っていた彼女が、今の一瞬で自分の背後に周り、自分の腕が彼女の腕と交差している。つまり、腕組みをしているのだった。

「い、今のどうやって?」

「ん?にゃ~にが~ん?」

…………

「いや、何でもない……」

少し不可思議な顔になってはいるが、女の子に…しかも可愛い女の子に腕組みなんて今まで無かった経験で、正優の十七年間の経験は少し彩った。しかし、帰る途中におじさんがこっちを見て笑いながら通り過ぎたのを見た時、彼の至福は少し恥ずかしい青春の一ページに刻まれた。そして彼女の馴れ馴れしさにも驚いた。皆川正優をかつて「セーちゃん」と呼んだ人間はいなかった。最近の女の子というのはそういうものなのか?と、自分の年齢を鑑みない考えを抱く。

「ん?どうしたの?」

ディミが気にしていない素振りで応える。

「え?…えっと……」

どうしよう…知り合いに会ったら凄い恥ずかしい…。いや、でも待てよ。確か今二時くらいだったよな…?う~ん…でも万が一ってこともあるし……。

「いや、何でもないよ」

正優はポケットに手を突っ込んだ。まだ十七歳の高校二年生である。こんな素晴らしい経験はそう多くはないだろう。そう考えられるようになった時、別段悩む必要はなくなった。いつの間にか、雪は止み、先程の凍るような寒さは消え失せてしまっていた。もちろん、そんな事はどうでもいい事のようだった。

 正優の足が止まるのを見て、ディミもつられて止まる。門を開け、中に入り、家の鍵をジーパンの小さなポケットの中をてさぐりで探す。

「ここがセーちゃんの……」

『俺の家はこの辺りでは一番でかい家だからな。驚いてるみたいだな』

「倉庫だね?」

ガンッ‼‼

額に扉がジャストミートした。自分の手でそれを招き入れたのだから文句は言えないが、倉庫はないだろう。と心の中で呟いた。

「ワタクシの、家、にいらっしゃいませ……」

「あ、そうなんだ~。おっじゃまっしま~す!」

 正優の家は、先程も言ったようにかなりの大きさである。両親ともにセンスがよかったらしく、誰が見ても、欠陥の「欠」の字はどこにも見られなかった。見た目は洋館風なので、少し人を寄せ付けない外観を持っていながらも、庭園にあるガーデニングの仕方によって、きれいな印象をたたきつける。冬なので花などは一輪も咲いてはいなかったが、庭師が一年中手入れをしているおかげで、天然の芝は綺麗にそびえ立っていた。門から玄関まで少しある道には石の絨毯があるので、その綺麗にそびえ立っている芝を踏み潰す事もなかった。正優は庭園には興味がさらさらなかったが、祖父の兼房は、「家に庭がある事自体少ない事なのに、その庭を汚くするのは、心が腐ってしまうよ」というもっともらしい事を言われて正優は、「そうだね」としか言えなかった。金は兼房が払ってくれているし、綺麗なのはいい事だ。だから特に反対する理由もなく、今の庭は一年、春・夏・秋・冬を通してずっと綺麗な状態を保っている。ちなみに、その庭師が超一流の庭師で、金が一回数十万近くもかかっている事を正優は知らなかった。

 しかし、その庭を見ても、ディミは何の感慨も沸かなかった。興味が無い、というわけではなさそうなのだが…

 家の構造はオーソドックスな出来になっているようだ。あまりに広大な作りだると、庶民的感覚のなくなった成金にしか見えないだろ?と言っていたらしい父の言葉が上手く反映されている家になっていた。ただ、正優の部屋や姉の部屋、そしてリビングは異常なまでに広い。二階は実際は倉庫として使われる予定だったのだ。一階があまりにも大きいので、二階を使う必要がなかったのだ。だが、両親が死んで、少しは姉と住んでいたらしいのだが、いかんせん大きすぎる。そこで、生活空間を狭めようという事で、二階で使う部屋は階段の手前にある部屋二つで、それを彼ら二人の部屋とし、一階で使うのは、リビング・台所(専用の料理場があるのだが、リビングから少し遠いので、リビングにある小さな一般家庭で使うような台所で済ませてる)お手洗い・トイレ・お風呂。といった感じである。どの部屋も月に一度業者がやってきては綺麗にしていくので、これといった掃除をする必要はなかった。…しかし、リビングがもう既にホール?というような広さなので、一般市民から見れば、どうでもいいよ…と言った感想を持たれること受けあいである。

 「うっわ~!これが二十一世紀前後の部屋なんだ~!」

またそんな事を…リビングのドアを開けた瞬間そう言ったディミを、少しうざったそうな目をして見る。ディミはそんな事はお構い無しに、今の今まで組んでいた腕をはずして広いリビングの中央の所を見定めて、そこに立って、三百六十度見回した。少し歩きやすくなった正優は、初めて自分の家の中に女の子を入れたという実感が沸いてきたのか、少し顔が緊張している。

「えっと…お茶でも淹れようか?」

「あ、おかまいなく~」

この日本語はどうもおかしくてならないと正優は思った。明らかに要らないと言っているような表現なのに、何故か大体出す事になっている。しかし、二千百九年から来たという割には、ちゃんと昔の言語も使えるんだな。と自分の中で冗談のように思った。つまり、まだ信じてはいない。漫画やアニメの世界に浸っていたのは中学校までだった。今の所はもっぱら小説(官能)やビデオ鑑賞エロに興味がある、普通の高校二年生を満喫している。

『いきなり、私は未来人ですよ。って言われても、信じられる方がおかしいよな。…姉貴ならまず信じるかな…』

彼の姉、響子は大のSF好きだ。大…と言っても、それほどでもなかろうが、信じる心に至ってはそこらにいるSFファンの比ではないだろう。今でも、彼女の部屋に入ろうものなら、宇宙船のポスターが部屋に八枚は貼ってあるのだ。正優もその熱狂ぶりに少し感化され、かの有名な、なんとかファイルのビデオを次のシリーズがいつ出るか楽しみに待っている人種でもある。

『しかし…若い男女が二人で、一つ屋根の下ってのは、明らかに誘ってるって感じがしないか?いや、決してそんな事をする為に連れてきたんじゃないぞ?!彼女が行くあてが無いから…なんだけど、緊張するもんはするよな…もしかしたら、今日で童貞卒業なのかもしれんのに…って何考えてんだ?!う~…やばい。変になっちまってるな。とりあえず、ゆっくり話でも聞くとしようか…』

正優は半分無意識にお茶を淹れていたようだが、上手く淹れてあった。長年の賜物という事だろうか。

「お~い。お茶入ったよ~?って、あれ?」

先程まで自分の視界に入っていたディミを見失った。

「うわっ。やべっ!もしかして俺の部屋に入ったとか?!やべぇっ!秘蔵本がぁっ!!」

と、お茶を台所の空いているスペースに置く。以外と綺麗好きなのか、リビングもちらかっている様子は全く見られないので、家事はできる方なのであろう。

 彼はお茶がこぼれるのも気にせず、リビングの扉へと走った…が、すぐに立ち止まる。リビングにあるソファの中にうずもれている影を見た。すぐにディミと分かったが、声はかけられなかった。寝顔にみとれていたのだ。さらさらしていそうな髪が鼻の頭のところでひっかかっている。

『か…かわいい……』

先ほどまでじっと顔を見つめる機会がなかったので、余計にまじまじと見てしまう。その時、彼女は涙を流した。

「レイチェル……」

彼女の吐息のような声が耳に届いた。

「……」

正優は声が出なかった。いや、思考そのものが一瞬停止したのだ。彼女のその涙を見た時、何故か自分も泣きたいような気持ちになった。彼女に毛布をかけ、自分の部屋に行き、童貞卒業することが出来なくなり、涙を一人流すことになった。

 翌朝、昨日あれだけ寝たのにも関わらず、正優は快眠の目覚めを味わった。そして、昨日の事が夢であったかのように思えた。そもそも、正優自身あまり夢なんて見ないたちだった為、リアルな夢を見てしまうと現実の世界までごちゃ混ぜになってしまう事もあった。正優はすぐさま高いベッドから降りると、広い玄関を通り、リビングへと入った。まだ寝ているかもしれないのでそっと扉を開ける。中から暖房の暖かい空気が流れてきた。正優の部屋は南東に位置する部屋なので、朝は日があたり、冬のわりには寒すぎるという事はなかった。だが、リビングは一階のせいもあるし、何しろ異常な広さのせいで、やはり日光も届かず寒い外の気温そのままを反映させてしまう。ディミの為に暖房を付けたのだが正解だったようだ。そんな中にある無機質な緑のソファーの上に、彼女は…居た。彼女の姿を確認すると、昨日の事が夢でなかった安心感で胸が満たされた。どちらにしろ、何か物語が紡がれそうではないか。漫画の主人公になれるチャンスかもしれない。平和な日本の中でぬくぬくと育っていく事は普通の少年には物足りない。何か刺激がある方がいいのである。といいつつ、正優は何の部活にも所属していないし、将来の夢の為に頑張っている…という事もしてはいない。ちなみに、彼の夢はフリーライターと適当に言っている。考え方としては、「人がやっている事をやるってのは面白くない」だそうだが、特に努力もしていない今では、夢追い人と呼ぶには足りていない所が多い。

 正優は突然思い出した。学校。そう、学校だ。私立学校に通っており、土曜日が休みなわけではない。しかしながら、昨日十二時間寝て、更にまた寝た為に逆に体が動かない。ソファーに横たわる彼女の顔を離れた場所から少し覗き込み、行って来ます。と、久しぶりの言葉を小声で伝えた。ディミはそれに応えるかのように小さく寝返りを打つ。

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