身体の違い
一応、会話はそこで終了。
兄ちゃんは薬開発のために部屋に閉じこもってしまった。
僕はというと――
「夏休み初日、って事がせめてもの救い…なのかな。」
風邪気味には変わりないので、ベッドに横になっていた。
……それにしても。
(これが、女の身体……。)
男子たるもの、1度はその構造が気になるものだが、それでも、僕のような内気な性格の人間は、想像だけで終わらせてしまうことが多い。内気な性格でも、本物をみたいと思う奴だって少なからずいるはずなのだ。
それが今―――僕がその女の身体を手に入れてしまった。
改めて部屋にある姿見で確認する。
(……本物の女の子だ…。)
顔も、体型も、身長も……服装こそは元の姿の僕と同じだが、それ以外は元の姿の僕からはかけ離れている。
でも、それでもこれは僕なんだ。
今なら、何でもしていいんだ。例えば――
(――って、何考えてるんだ僕は。そんなのは人としてダメだよ、人として…。でも……。)
邪心と理性が激しくぶつかる。思春期って怖い。
(……そういえば、朝からパジャマのままだった……着替えないと。)
何気なくそう思ったのだが、ここでトラブル発生。
(…女の子って、何を着るんだ?)
それともう一つ
(やっぱり、見ちゃうよね……胸が。)
さすがの僕も、目隠しで着替えられるなんて高度な技は持ち合わせていない。
(……いや、何を戸惑ってるんだ。これだって自分の身体じゃないか。…普通でいいんだよ、普通で。)
僕はタンスから、なるべく女の子が着そうな服を選び、ベッドに放り投げる。
そして、自分の着ているパジャマのボタンを少しずつ外した。
(……な、なんか、ドキドキする…自分の身体なのに…。)
邪心と戦いながら、上半身に着ていた物を脱いだ。
(……うあっ…肌が真っ白だ。)
自然と、目の行きどころは決まってしまう。
自分の裸体を見てドキドキしてしまうのは、今の所、僕しかいない気がする。
(肌のさわり心地も違う………別人みたいだ。)
時間はかかったが、何とか着替えた。
(…ふぅ…できた……。)
これは骨が折れる作業だ。
ベッドに横になり、これからのことを考える。
……夏休み中に元に戻らなかったら、僕はどうなるんだろう?
高校3年という大事な時期。学校を休むわけにはいかない。
今は兄ちゃんを信じるしかない……。
「おい。」
ノックも無しに扉が開き、兄ちゃんが入ってきた。
「な、何?」
僕は起き上がってそれに答える。
「お前、さっきの薬何錠飲んだ?」
「えっと……1錠。それしか無かったから。」
「そうか。」
「どうかしたの?」
「あの1錠が最後だったらしいな。」
「?」
「薬本体が無いと、解毒剤を作るのは難しいんだ。」
「えっ……じゃあ、作れないってこと……?」
「誰もそんな事は言っていない。俺は"作るのは難しい"と言っただけだ。夏休みが終わるまでは必ず完成させる。」
「……信じて、いいんだよね?」
「ああ。」
兄ちゃんは力強く頷いた。
「それにしても……」
そして、こう続けた。
「こうも様変わりするとは思ってなかった。」
「そ、そう?」
すると、兄ちゃんは自分の顔を近づけ、至近距離で僕の顔をしばらく見つめ始めた。
「あ、あの、近いんだけど……。」
戸惑っていると、兄ちゃんがいきなりこんなことを言い出した。
「似てる気がする…。」
「え?」
「母さんの若い頃に似てる気がする。」
「ほ、本当?」
「嘘だと言ったらどうする?」
なんなんだこの人。
「……何が言いたいの?」
「別に。……可愛いなと思って。」
「それは…嘘?」
「今のは本当。…多分」
「多分って…。」
兄ちゃんは僕から顔を離した。
「ところで、何も変化はないか?」
「へ、変化って?」
「身体以外の変化だ。感情とか。」
「…今の所、無い。」
「わかった。…風邪引いてんだったら安静にしてろよ。」
「う、うん、ありがと。」
僕がそう言い終わる前に、兄ちゃんは部屋を出て行ってしまった。
兄ちゃんは、以前とは違い、積極的に話しかけてくれている。
その事実が何よりも嬉しい。
(女の身体になって、悪いことばかりじゃないんだな……。)
僕はまだ、自分の心境の変化に気付かずにいた。