走れ! 俺
高校二年が始まって、一週間が過ぎた。
桜は今だ咲き誇っている。
段々とこの学校にも慣れてきたかな、と思い始めていた。
「あれ?」
昼休み終了五分前。
二年B組の教室のドアに手を掛けると、ふと違和感がする。
見上げると、そこには三年B組の文字が書かれた札が。
「ああ、またか……」
俺は思わず肩を落として呟いてしまう。
この学校、なぜか、一年生が一階。二年生が三階。三年生が二階。という、ちょっと複雑な教室配置になっている。
俺はいまだに慣れなくて、よく三年生の二階の教室に向かおうとしてしまうのだ。
まあ、教室に入る直前に気付いてよかった。
俺は踵を返して階段の方へと向かう。
二階の階段の前は、少し大きめのスペースになっていて、コミュニティースペースとなっている。お昼をここで食べるもよし、友達としゃべるもよし。時たま、学年のイベントで使われることもあるようだ。
まあ、今は授業開始まで僅かしか時間がないし、人の姿はみられないが……ん?
そのコミュニティー広場の奥の方、左側が、少し窪んだスペースになっていて、ここからは見えにくいけど、そこだけ明かりがついている?
普段ここのスペースは消灯されていて、昼休みの間は付いている。一応最後の人が消すことにはなっているのだが……
でも、全部電気がつけっぱなしならともかく、そこだけ電気がついているのはおかしい。スイッチの場所は同じところなのに………
俺は気になってそのスペースを覗いてみることにした。
壁伝いにそっと覗いてみると、
「!!」
俺は一瞬、驚いた後、すぐさま駆け寄った。
スペースの奥の壁に、人が寄りかかって座り込んでいた。
茶髪のウェーブヘアに、すらっとした手足の女生徒。
駆け寄って、しゃがんで顔をのぞきこむと、顔は青ざめ、汗がにじんで、呼吸が荒い。
「大丈夫ですか!?」
俺は右の肩をつかんで軽くゆするようにして、半ば叫ぶようにして、訊く。
「大………丈、夫……」
彼女は弱弱しい声で、そう呟くのがやっとのようだった。
どう見ても、大丈夫のようには見えない。
保健室。確か場所は………一階の西の端―――ここは東の端に近いから、ちょうど正反対の場所か――
この様子だとけっこう切羽詰まってる感じだ。急がないと―――
俺は彼女の体を一度持ち上げ、自らは背を向けると、背中に乗せるようにして、立ち上がる。
おんぶした後はひたすら走る。
廊下だろうと階段だろうとひたすら走る。
それにしても………この人、軽すぎないか………?
俺より少し低いぐらいなのに……俺の身長が173センチだから168センチぐらいだろうと思う。それなのに、背負っているのが感じられないぐらい、羽のように軽い。
一階の廊下を、全力疾走した俺は、保健室のドアを開け放つ。
「先生!」
なんたることか、こんな時に限って保健の先生は不在である。
とりあえず、俺はベッドに寝かして、布団をかける。
が、荒い息が収まらない。やきもきしながら見ていることしかできない俺だったが、ふと彼女の喉元から、ヒュー、ヒューと音が漏れているのが聞こえる。
この症状……………
「喘息か!」
俺は急いで、近くにあった薬箱をあさり始める。
ぜんそくの薬の細かいことはわからない。けど、必ずある薬でなんとか…………
「あった!」
せきどめ錠。市販の薬でも、一時しのぎぐらいにはなるはず…………
俺はコップに水を汲み、彼女のもとへ持っていく。
「つらいかもしれませんが、飲んで下さい」
俺は彼女の体を右手で起こすようにして錠剤を口にふくませる。そしてコップを口に近付けて、少しづつ、注ぐようにする。
どうやら、飲んでくれたようで、とりあえずこれで一安心だ。三十分もすれば、息もおさまるだろう。
さっきはあせっていて気付かなかったが、このベッド、上半身の角度を調節できるようで、俺は角度を三十度ぐらいにしておいた。
はぁ、疲れた。そりゃそうか。人一人背負って、猛ダッシュしたんだから。
それにしても………改めてみると、この人、すっげぇ綺麗だ。線が細くて、まつ毛長くて、色が白くて………って変態見たいだな、俺。
でも、妙と言えば妙である。なんでこの人、あんな場所で苦しんでたんだろう。それに、あそこにいれば、誰か見ているはずである。
…………………まあ、考えても仕方ない。
「あら? だれかいるの?」
ガラガラと音がして、保健の先生が入ってくる。
若い女性の先生。
「えっと、二年B組の小日向悠也、と言います。実は………」
俺はあったことを、そのまま話した。
その先生は時折、びっくりしたような表情で俺の話を聞いていた。
「そう……ありがとう」
「いえ…………」
「彼女………中島綾乃さんというのだけど、ぜんそく持ちで体が弱くて、よくここにくるのよ。でも、喘息の常備薬はもってるはずなんだけど………」
そう、だったのか。大変だな、体が弱いのに、学校に通うというのは。
「それにしても、よく知ってたわね。せき止めの薬が、喘息に効くって」
「ああ、俺も………小さいころ、喘息にはだいぶ悩まされましたから。今ではもうほとんどおさまっているんですが………」
俺自身、喘息持ちで、小さい頃は本当に風邪をひくと、せきがとまらなくて、滅茶苦茶苦しい想いをした経験がある。
病院でやる「吸引」もすっげぇ苦いし………
「じゃあ、俺はこれで。授業がありますし」
「ええ。本当にありがとうね」
俺はそういって保健室を後にした。




