ただいま、美優
俺、小日向悠也は高校二年の春。下田に戻ってきた。
中学卒業とともに、親の転勤で東京に行くことになった。東京の暮らしを結構楽しかったし、何より便利だったけど、俺にとっては静岡の空気の方が性に合った。
俺が転入することになったのは『私立 風切高等学校』。
始業式の日、先生に呼ばれるまで俺はB組の廊下で待っていた。
「どうぞ、入って」
先生の呼びかけに、ガラガラと引き戸を開けて教室に入る。クラス全員の視線が自分に向いていると思うと、緊張する。
先生に促され、自己紹介するように言われる。
「え~っと。小日向悠也と言います。東京から来ました。中学までは下田にいて、一年間親の仕事の都合で東京に行ってました。だから生まれも育ちも下田です。えっと……よろしくお願いします」
パチ、パチ……とまばらな拍手が起こる。
「悠也! 久しぶりだな!」
「おう! 亮! 一年ぶりだな! つうかお前もこの高校だったんだな」
「まあな。っつうか、一年間まったく連絡寄こさねえで……友情薄いぜ?」
「ゴメンゴメン。色々忙しくて……」
昼休み。俺に話しかけてきたのは、昔馴染みの香田亮。
小、中と一緒で、東京に行っても連絡すると約束したのだが、まったく音信不通になっちまった。
ちょっと悪いことしたかな……
「フン、どうせ東京の暮らしが楽しくて、俺らの事なんて忘れちまったんだろ」
「そんなわけないだろ。………ゴメン」
「嘘嘘。冗談だって。でも、あいつにも挨拶してやれよ」
「あいつ?」
「井口」
「井口…………って美優か!? あいつもこの高校なのか!?」
「ああ」
井口美優は俺と亮の昔馴染みで、中学にいた時は、俺と美優はすごく仲が良くて、東京に行くといった時は、泣かせてしまった。最後は納得してくれて、笑顔で送ってくれたけど……
「悠也。井口はC組だ。行こうぜ」
「あ、ああ………」
美優に会えるのはもちろん、嬉しい。でも、俺はどんな顔をして会えばいいのだろうか。
亮の後に続いて、C組に入ると、……いた。
教室の一番左後ろ。窓際の席で、友達と談笑していた。セミロングの黒髪に華奢な体。笑うとできるえくぼも、一年前と何ら変わっていなかった。
「井口」
「あ、亮。どうしたの? 後ろにいるのは、友達?………」
美優が亮の後ろ。つまり俺の方を覗きこんだとき、ばっちり眼があった。
「…………悠也?」
「久しぶり、美優」
俺は少し気まずくなって俯いてしまった。
「悠也。帰ってきたの……?」
「うん。ただいま、美優」
「………………………一年、一年間。ずっと、ずっと……」
美優は俯いたまま、声をくぐもらせている。
まずい! このままだと、このままだとまた泣かせてしまう。
俺はとっさに美優に駆け寄って、肩を支えるようにする。
「ごめん。ごめん、美優。…………ただいま」
「…………うっ……っ………おかえり、悠也」
「えっ、じゃあお前独り暮らしなのか?」
「まあね。気楽でいいよ」
「ちょっと羨ましいね」
帰り道。三人で帰る一年ぶりの帰り道だ。
あの後、美優の友達には、「突然ごめんね」と謝ったら、「全然気にしないで」と言ってくれた。なぜか、とってもニコニコした笑顔とともに。
「東京はどうだった?」
「うん、まあ楽しかったよ」
「やっぱ、空気は汚いのか?」
しばらく俺は2人に東京の出来事をしゃべって聞かせた。
話がひと段落すると、亮が途端にニヤニヤしだした。
「悠也~。お前、東京で女つくってないだろうな~」
「えっ? まさか。俺が相手にされるわけないじゃん」
「いや~。お前の事だから、悪い女に引っかかったりして、一人大人の階段を上っちまったのかと……」
「……まったく。しょうがないなあ、亮は……ねえ、美優……!?」
美優の方をみると、大変ご機嫌斜めの様子で、眉をよせてじと~っとした眼を俺に向けていた。
「あ、あの、み、美優さん? 何をそんなに……」
「本当なのね」
「え?」
「本当に、彼女も作ってないし、悪い女に引っかかってもいないのね!?」
すごい剣幕で迫ってくる。
「あ、ああ、っていうか。俺がモテるわけもないんだから、そんなことあるわけないだろ」
「フン、ならいいのよ」
美優はプイッとそっぽを向いてしまう。
「な、なあ亮。なんで美優あんな怒ってんだ?」
「……………お前の鈍感ぶりも相変わらずだな」
はぁ~とため息を吐かれてしまった。
鈍い、だろうか俺は。
「2人とも、この後俺の家にこない? お土産の浅草の和菓子があるんだけど?」
「ホント!?」
俺のこの台詞に真っ先に反応したのは美優だった。相も変わらずの和菓子好きだな。
「ああ、美優和菓子好きだろ? 浅草と言えば本場だし、喜ぶんじゃないかと思って」
美優にニコッと笑ってやる。
「……………ずるい」
美優がそっぽを向いて何事か呟いたが、よく聞き取れなかった。
「はぁ。この鈍感天然女たらし野郎が」
後ろでは亮も何事か呟いていた。
新連載です。何とぞよろしくお願いします。