幽霊列車・ネオファントム
「おいおい勘弁してくれよ」
武田玄が音を上げた。さっきから獲物のハンマーを振り回しているが、あまり手ごたえを感じない。たかだか20体ほどなのに、当てても当ててもその数が減らない。
「くそ、龍斗、大牙、お前らでもあかんか!!」
「あっかん、こら斬れへんわ」
「たく、次々復活しよってからに!!」
双子の一人――蒼崎龍斗は薙刀で間合いを取り、双子のもう一人――蒼崎大牙は2刀流で相手を崩していく。しかし、彼が最初の方でつぶした敵が既に立ち上がってきている様子がうかがえる。
彼ら三人が戦っているのはスケルトン20体。強い衝撃で簡単に崩れる反面、一定時間がたつと復活してまた活動し始めるという非常に厄介な妖怪である。にっちもさっちもいかない状況に、大牙が文句を言った。
「たく、骨ありすぎやろ、こいつら」
「ほんま頑丈やな……てか、骨しかないがや!!」
「あ、ほんまや」
……このような危機的状況においてもツッコミができるというのは関西人の性だろうか。ただでさえ敵をを倒せず焦りがある玄にとって、このやり取りは余計なものだった。
「……漫才なら余所でやれ……オルァ!!」
今まで横薙ぎにしていた玄が振り切らずにハンマーを打ち下ろし、スケルトンの一体を粉々に叩き割った。その後は横薙ぎで敵を吹き飛ばしていく。
「やべぇな、あいつがキレよる」
「早くこいつら何とかせんと……」
崩しては復活、崩しては復活。その繰り返しで動き回っていた龍斗の足元でジャリッという音がした。足元に目を向けると、そこには粉々になった白骨の残骸。
「まさか、これ……おい、玄!!」
「ああ? 何や!!」
明らかにイラついている玄に向かって龍斗が叫ぶ。
「分かった!! こいつらの弱点!! 破壊や!!」
「破壊!? 叩き潰せってか!!」
言下で突っ込んできたスケルトン。その頭上からハンマーを振り下ろす玄。
「けどよー、それ、玄一人の仕事になるよな?」
刀に薙刀では破壊は出来ない。それが出来るのは、ハンマーの玄だけである。玄の様子はというと、だいぶ体力を消耗しているようで、肩で息をしていた。これはまずい。龍斗がそう考えた時だった。
「……え?」
カンカンカンカン……
どこからともなく踏切の音が聞こえてきた。それだけではない。ある方向から地面に2本の光が現れ、それはやがて横棒でつながれていく。龍斗が正体に気付いて叫んだ。
「線路から離れろ!! あいつが来る!!」
全員が線路上から離れたその瞬間、汽笛の音と共にD‐51を思わせる機関車が、ありえない速度で突進してきた。その速度たるや、音と同時か僅かに機関車の方が速いかという具合である。その線路上にいたスケルトンが見事に轢かれ、粉砕されていった。
いったん空へと上がっていった機関車が再び地面に戻ってきた。今度は、玄の近くに停車した。何処にあるのかわからないが、スピーカーから声が流れる。
「ご利用ありがとうござい~ます。こちらは~、特別急行、『幽霊列車ネオファントム』、ご乗車の際は、足元と、存在の確信にご注意くだっさい」
車掌独特のあの声を聞きながら、大牙、玄、龍斗は近くの車両にダッシュした。この列車には扉がない。幽霊列車の存在に対する信頼。それがなければこのネオファントムに乗車することはできない。乗り込んだ3人は2両目に集合した。そのタイミングを待っていたかのように車内アナウンスが入る。
「特別急行、『幽霊列車ネオファントム』、終着、スケルトン殲滅行き~。車掌は私、鉄真行でござい~ます。それでは発車致しま~す。急発進にご注意くださ~い」
機体が揺れたと思ったら、とんでもない重圧が体にかかった。そして時折、ガゴン、ガゴンと大きく揺れて体が跳ね上がる。
しばらくその状態が続いたが、急に普通並みの速度に落ちてしまった。玄が大声を出して聞く。
「どうした? 真行!!」
「ご利用のお客様に申し上げます。ただ今ネオファントムは終着に向けて各駅停車しておりますが、いかんせんマナーの悪い連中で、おまけに警戒して避けていくので困っております。つきましては外でお待ちの方々が整列するように上手くおびき出していただきたい。武田君は後始末っちゅうことで一つ、お願い申し上げます」
車掌口調が乱れ、途中に刑事が本庁に連絡を入れるときのような、乱雑な口調になっていた。それほど焦りがあるということだろう。3人は即答した。
「了解」
一斉に飛び出して残りを確認する。すると、あちこちで粉々になった白の塊が目に見えた。幽霊列車の餌食となったスケルトンの成れの果てである。龍斗たちは改めて列車の威力を実感した。
「おらっよっよっ」
残っていたのは約8体。相手の攻撃をうまく避けながら、何とか一か所に集めることに成功した。
「で? この後は?」
玄の質問には誰も答えを持っていない。……ただ一人、鉄を除いては。
「それでは、乗客の皆様、50m以上全力ダッシュで逃げて下さい」
光のレールが迫ってくるのを確認し、慌てて逃げる3人。スケルトンの注意もそちらへ移る。
「速度超過、ATS無効、極めつけの直角カーブ!! ……それでは皆様、脱線事故にご注意くださぁい!!」
そのアナウンス通り、スピードを出しすぎてカーブを曲がりきれなかった客車が脱線、横転し、集められたスケルトンに容赦なく襲いかかる。その下敷きになった骸骨は、骨が砕かれて灰へと変わっていった。……因みにこの急カーブによる脱線・横転攻撃は『尼崎プレス』という名前が付けられている。
これによって7体が一気に潰され、ギリギリ逃れた1体も玄に叩かれる運びとなった。
「幽霊列車ネオファントム~、終着~、スケルトン殲滅です」
停車しているネオファントムからアナウンスが響いた。因みに倒れた車両はネオファントム自身の意志によって起き上がっている。
「アリガトな、鉄ちゃん」
玄がそう呼びかけた。鉄真行のニックネームが「鉄ちゃん」なのだ。運転席の真行は軽く笑っていたが、それに気づいたものはいなかっただろう。
「幽霊列車ネオファントム、ご利用ありがとうございました~。またのご利用お待ちしております」
そのアナウンスと共に幽霊列車は空へと消えていった。
「さって、俺らも帰るかな」
大牙が伸びをしながらそう言った。何十mか進んだところで玄が声を上げた。
「……あ!!」
「ん? どうした?」
「よう考えたら、ネオファントムに家まで送ってもろた方が良かったんじゃ……」
「……あ!!」